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1、出会ったのは
Ⅴ
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翌日、幾分ましな気分で目を覚ましたレオンはベッドの片隅を見て表情をこわばらせた。
「おいおいおい」
突っ伏すように眠っていたのはクロエで、その片手はレオンの片手を握っていてずっと付き添ってくれていたのがわかる。だが、ここは教会の修道士たちの居室だとはいえ、未婚の男女が同じ部屋で夜を明かすのはまずいことだ。
「……」
起こさないように片手を抜いてそっとその肩に軽い毛布を掛けてやり、汗で重たい服を着替えてそっと部屋を抜け出した。
「レオン?」
様子を見に行こうとしていたらしい司祭のところに顔を出して部屋にクロエがいる旨を伝えて、行水をするために井戸場に向かう。すると、朝食が済んだのか、食器洗いにきたらしい一人の巻き毛の金髪を無造作に後ろにくくった男が親し気に笑った。厳しい表情がよく似合う顔立ちだが、そう笑うとどこか愛嬌が生まれるのが不思議な、レオンより少し年かさの男。
「よう、レオン。体の調子はどうだい?」
「ブライアン助祭」
「散々だったみたいだな? 昨日は」
「ええ。いらん客に手を煩わされてしまって」
そういいながら服を脱ぐ。いくら夏場といえども、この国は冷涼で、特に朝方は海からの風でとても冷え込む。今日も例外ではない。
寒さに肩を震わせながら、レオンはためらいなく肌をさらしてタオルを近くの濡れない場所にかけて桶を手に取った。
「ああ、行水か」
「ええ。昨日しそびれたので」
「まったく、お客さんもいい加減あきらめりゃいい話なのになあ?」
「……そうもできない事情があるんですよ。彼らには」
肩をすくめて井戸の水を汲み、肩から掛ける。
「うっわ。寒くねえのか?」
「水を使えない場所にいたらそんな贅沢言ってられませんよ」
ざっと体をすべて流してからタオルで体を拭っていく。
「それ、戦争でか?」
気づかわし気に指さされた二の腕の付け根、ちょうど太い血管が通っているであろう場所についた大きな切り傷の痕を見てレオンはひょいっと肩をすくめた。
「母にやられました」
「母ぁ?」
「……うちの母がけいこをつけてくれるとのこのこ剣を手にとったらあっという間にバッサリ切られました。……軍学校の時、そうだな、15、6の時だったでしょうか」
「おい、それ虐待案件だろ」
「将軍であればけいこをつけてやった。で始末書も書かずに医者へ、です」
「……性質悪いなそれ……」
「全くです」
嫌そうにその傷跡を一瞥したレオンは深くため息をついて自分の体を見おろした。
「この体についた傷跡はすべて母がつけました。戦場では、裏方でしたから、傷がつくようなことはありませんでした。……俺、得意な武器が剣じゃなくて、銃ですから、なおさら、ね」
そう言って、腕、脇腹、太もも、足、足の甲、手首、と、これはいついつで、と説明をし始めたレオンに、ブライアンは呆れかえった顔をして、タオルをその肩にかけてやるのだった。
「女将軍のおうちも大変なものだな」
別に隠しているわけでもない生まれをそう言われてレオンも苦笑をかみ殺すこともせずにうなずいた。
「全くです。あの婆、もともと交配実験の結果、俺たちが生まれたって考えているでしょうし」
「交配実験?」
「三兄弟、父親がそれぞれ違います」
「おい、それ……」
「神の御許にいと近きところでしゃべるにはえげつない内容ですか?」
「……なんというか、ぶっ飛んでる人だな」
「ぶっ飛んでるどころじゃないですよ。神様の懐に何か置き忘れてこっちに来たんじゃないかって最近思います」
「……それは言えてるかも」
かけられたタオルで体を拭いて替えの下着を身にまとって元の神官服に袖を通す。レオンがいつも通りの応対を見せていることにブライアンは、少し残念そうな顔をしため息を吐くと、すっとレオンの鋭い印象を見せる瞳を見据えた。
「今日は物騒な客が多い。お部屋にいるお嬢ちゃんにも気をつけるようにな」
「……ご丁寧にありがとうございます」
にやっと笑って片手を上げて踵を返したブライアンを見送って一人になったレオンはしばらく自分の手首についたまだ真新しい大きな刺し傷の痕を見おろしていたが、ふっと切り替えるようにため息をついて、洗濯物を片づけるために大きめの桶に水を張ってごしごしと、洗濯を始めるのだった。
「おいおいおい」
突っ伏すように眠っていたのはクロエで、その片手はレオンの片手を握っていてずっと付き添ってくれていたのがわかる。だが、ここは教会の修道士たちの居室だとはいえ、未婚の男女が同じ部屋で夜を明かすのはまずいことだ。
「……」
起こさないように片手を抜いてそっとその肩に軽い毛布を掛けてやり、汗で重たい服を着替えてそっと部屋を抜け出した。
「レオン?」
様子を見に行こうとしていたらしい司祭のところに顔を出して部屋にクロエがいる旨を伝えて、行水をするために井戸場に向かう。すると、朝食が済んだのか、食器洗いにきたらしい一人の巻き毛の金髪を無造作に後ろにくくった男が親し気に笑った。厳しい表情がよく似合う顔立ちだが、そう笑うとどこか愛嬌が生まれるのが不思議な、レオンより少し年かさの男。
「よう、レオン。体の調子はどうだい?」
「ブライアン助祭」
「散々だったみたいだな? 昨日は」
「ええ。いらん客に手を煩わされてしまって」
そういいながら服を脱ぐ。いくら夏場といえども、この国は冷涼で、特に朝方は海からの風でとても冷え込む。今日も例外ではない。
寒さに肩を震わせながら、レオンはためらいなく肌をさらしてタオルを近くの濡れない場所にかけて桶を手に取った。
「ああ、行水か」
「ええ。昨日しそびれたので」
「まったく、お客さんもいい加減あきらめりゃいい話なのになあ?」
「……そうもできない事情があるんですよ。彼らには」
肩をすくめて井戸の水を汲み、肩から掛ける。
「うっわ。寒くねえのか?」
「水を使えない場所にいたらそんな贅沢言ってられませんよ」
ざっと体をすべて流してからタオルで体を拭っていく。
「それ、戦争でか?」
気づかわし気に指さされた二の腕の付け根、ちょうど太い血管が通っているであろう場所についた大きな切り傷の痕を見てレオンはひょいっと肩をすくめた。
「母にやられました」
「母ぁ?」
「……うちの母がけいこをつけてくれるとのこのこ剣を手にとったらあっという間にバッサリ切られました。……軍学校の時、そうだな、15、6の時だったでしょうか」
「おい、それ虐待案件だろ」
「将軍であればけいこをつけてやった。で始末書も書かずに医者へ、です」
「……性質悪いなそれ……」
「全くです」
嫌そうにその傷跡を一瞥したレオンは深くため息をついて自分の体を見おろした。
「この体についた傷跡はすべて母がつけました。戦場では、裏方でしたから、傷がつくようなことはありませんでした。……俺、得意な武器が剣じゃなくて、銃ですから、なおさら、ね」
そう言って、腕、脇腹、太もも、足、足の甲、手首、と、これはいついつで、と説明をし始めたレオンに、ブライアンは呆れかえった顔をして、タオルをその肩にかけてやるのだった。
「女将軍のおうちも大変なものだな」
別に隠しているわけでもない生まれをそう言われてレオンも苦笑をかみ殺すこともせずにうなずいた。
「全くです。あの婆、もともと交配実験の結果、俺たちが生まれたって考えているでしょうし」
「交配実験?」
「三兄弟、父親がそれぞれ違います」
「おい、それ……」
「神の御許にいと近きところでしゃべるにはえげつない内容ですか?」
「……なんというか、ぶっ飛んでる人だな」
「ぶっ飛んでるどころじゃないですよ。神様の懐に何か置き忘れてこっちに来たんじゃないかって最近思います」
「……それは言えてるかも」
かけられたタオルで体を拭いて替えの下着を身にまとって元の神官服に袖を通す。レオンがいつも通りの応対を見せていることにブライアンは、少し残念そうな顔をしため息を吐くと、すっとレオンの鋭い印象を見せる瞳を見据えた。
「今日は物騒な客が多い。お部屋にいるお嬢ちゃんにも気をつけるようにな」
「……ご丁寧にありがとうございます」
にやっと笑って片手を上げて踵を返したブライアンを見送って一人になったレオンはしばらく自分の手首についたまだ真新しい大きな刺し傷の痕を見おろしていたが、ふっと切り替えるようにため息をついて、洗濯物を片づけるために大きめの桶に水を張ってごしごしと、洗濯を始めるのだった。
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