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1、出会ったのは
Ⅶ
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くたり、と体を預けてきたレオンに、クロエは何も言わずに受け止めて我に返るまで優しく背中をあやしていた。
「……連絡が、…………連絡が遅れてしまったんだ」
とつ。とつぶやかれた掠れた声に、クロエは慎重に相槌を打つ。その間もとんとんと優しく背中を叩くことはやめずに、抱きしめる腕の力を緩めることはしなかった。
「救難信号を受けて、二人いた。一人が弾を取りに行ってくると、帰ってこなかった。二度の救難信号で、本部に中継を送って、三度目を見ながら、武器を手に向かったんだ」
「……うん」
要領の得ない説明はまるで、その直後、のようだった。
かたかたと震えはじめる体と、吹き出す脂汗に湿る神官服。
「でも……でも、もう……」
「レオンさん」
そこでようやく腕の力を緩めて、両頬を挟み込むように捕まえて、クロエは顔を突き合わせるように目を見据える。
「今は、どこ? 私がわかる?」
焦点を失い、ぼやけた視線を彷徨わせたレオンが、クロエの榛色の瞳を見つめ返すまで時間がかかった。
「俺は……」
「誰も悪くない。貴方が行ってくれたから、将軍の最期の言葉がご家族のところに、伝えられたんでしょう?」
はっと目を見開いたレオンに、クロエはふっと微笑んでこつり、と額を合わせて目を閉じた。
「私はその人を知っている。もし、助けられなかったと気に病んでいるようならば、父は貴方を責めるなんてことしない。重たい役目をやらせてすまんというと思うと、伝えてくれ。って言っていたの」
「……クロエさ……」
「あの言葉は、貴方にも、向けられていたんじゃあ、ないかなあ?」
ふっと目を開いて、目を見開いた状態で固まるレオンを上目遣いで見て微笑むと、、その言葉を思い出したように、レオンは肩を震わせて表情をゆがませ、くう、と喉を鳴らせた。
「ぁ……」
「つらかったね。もういいのよ。レオンさん」
もう、顔は見られたくないだろうな、とクロエが額を離して、頭を抱き寄せてやると、先ほどの抵抗が嘘のように、レオンはクロエの肩口に額を預けて、声を殺して泣き始めた。時折しゃくりあげるように背中が震えるのに、クロエはただただ優しくさすっていた。
そして、どれぐらい時間が経ったのか。日は高く上り、夏の名残を残す日差しを秋を誘う風がさえぎるように吹きすぎていた。
クロエの膝に甘えるように頭を預けて呆然と涙を流しているレオンが、隙間風にはっと瞬きをする。同時にピクリと揺れた肩に、短く硬い髪をそっと細い指先で梳いていたクロエが体を倒してその顔を覗き込んでふっと笑んだ。
「ひっどい顔」
泣き腫らした目に、赤くなった鼻の頭。頬は涙でべたべたで、クロエは、机に置いてあったおしぼりをレオンに差し出した。
「……」
それを黙って受け取って体を起こして顔を拭って、バツが悪そうにしたレオンの姿に、クロエはふう、とため息をついた。
「だいぶすっきりした顔になったね」
顔を差してそういうクロエに、レオンの唇はへの字に曲がる一方で、その姿に、クロエはけらけらと笑うのだった。
「君には醜態ばかりさらしているような気がする」
「どうせ最初からよ」
ふっと笑うクロエに、うっと詰まったレオン。
他人行儀な空気はどこかに行って、二人の間には気軽い空気があった。いつの間にか二人はベッドに並んで座って肩を寄せて座っていた。
「いろいろすまない」
「謝らないで。ありがとう。って言われたほうが嬉しいわ」
覗き込まれてそう言われたレオンはすぐに腹を決めた。
「……。クロエ」
「ん?」
名を呼んで注意を引き寄せた後の動きは実に鮮やかだった。
さりげなく回した腕で腰を抱き引き寄せると、もう片手をクロエの頬に沿え、そして、上向かせて唇を奪うかのように見せかけて、顔をよけ、耳へ唇を寄せる。
「ありがとう」
腰に来る低い声でそうささやいたレオンに、クロエのぽかんとした顔が一気に真っ赤に染まる。
「な、な、な……」
「ははは。良い顔」
熟れた果実のような顔になったクロエに、レオンは顔を離してそれを見て、笑う。
初めてみる心底のその笑みに、クロエは何も言えずに、ずるい、と潤んだ目でにらむしかできなかった。
「もうっ」
「そんな顔をしても誘っているようにしか見えないぞ」
「なわけありませんっ」
「そうか?」
むっとむくれて見せるクロエの表情に、レオンの表情もどこか無邪気なものが宿り始める。
じっと見つめ合って、はたして、はじめに吹き出したのはどちらだろうか。
どちらともなく大笑いを始めて、部屋の外で出歯亀していた話題のない神官たちの意気を消沈させるのだった。
「……連絡が、…………連絡が遅れてしまったんだ」
とつ。とつぶやかれた掠れた声に、クロエは慎重に相槌を打つ。その間もとんとんと優しく背中を叩くことはやめずに、抱きしめる腕の力を緩めることはしなかった。
「救難信号を受けて、二人いた。一人が弾を取りに行ってくると、帰ってこなかった。二度の救難信号で、本部に中継を送って、三度目を見ながら、武器を手に向かったんだ」
「……うん」
要領の得ない説明はまるで、その直後、のようだった。
かたかたと震えはじめる体と、吹き出す脂汗に湿る神官服。
「でも……でも、もう……」
「レオンさん」
そこでようやく腕の力を緩めて、両頬を挟み込むように捕まえて、クロエは顔を突き合わせるように目を見据える。
「今は、どこ? 私がわかる?」
焦点を失い、ぼやけた視線を彷徨わせたレオンが、クロエの榛色の瞳を見つめ返すまで時間がかかった。
「俺は……」
「誰も悪くない。貴方が行ってくれたから、将軍の最期の言葉がご家族のところに、伝えられたんでしょう?」
はっと目を見開いたレオンに、クロエはふっと微笑んでこつり、と額を合わせて目を閉じた。
「私はその人を知っている。もし、助けられなかったと気に病んでいるようならば、父は貴方を責めるなんてことしない。重たい役目をやらせてすまんというと思うと、伝えてくれ。って言っていたの」
「……クロエさ……」
「あの言葉は、貴方にも、向けられていたんじゃあ、ないかなあ?」
ふっと目を開いて、目を見開いた状態で固まるレオンを上目遣いで見て微笑むと、、その言葉を思い出したように、レオンは肩を震わせて表情をゆがませ、くう、と喉を鳴らせた。
「ぁ……」
「つらかったね。もういいのよ。レオンさん」
もう、顔は見られたくないだろうな、とクロエが額を離して、頭を抱き寄せてやると、先ほどの抵抗が嘘のように、レオンはクロエの肩口に額を預けて、声を殺して泣き始めた。時折しゃくりあげるように背中が震えるのに、クロエはただただ優しくさすっていた。
そして、どれぐらい時間が経ったのか。日は高く上り、夏の名残を残す日差しを秋を誘う風がさえぎるように吹きすぎていた。
クロエの膝に甘えるように頭を預けて呆然と涙を流しているレオンが、隙間風にはっと瞬きをする。同時にピクリと揺れた肩に、短く硬い髪をそっと細い指先で梳いていたクロエが体を倒してその顔を覗き込んでふっと笑んだ。
「ひっどい顔」
泣き腫らした目に、赤くなった鼻の頭。頬は涙でべたべたで、クロエは、机に置いてあったおしぼりをレオンに差し出した。
「……」
それを黙って受け取って体を起こして顔を拭って、バツが悪そうにしたレオンの姿に、クロエはふう、とため息をついた。
「だいぶすっきりした顔になったね」
顔を差してそういうクロエに、レオンの唇はへの字に曲がる一方で、その姿に、クロエはけらけらと笑うのだった。
「君には醜態ばかりさらしているような気がする」
「どうせ最初からよ」
ふっと笑うクロエに、うっと詰まったレオン。
他人行儀な空気はどこかに行って、二人の間には気軽い空気があった。いつの間にか二人はベッドに並んで座って肩を寄せて座っていた。
「いろいろすまない」
「謝らないで。ありがとう。って言われたほうが嬉しいわ」
覗き込まれてそう言われたレオンはすぐに腹を決めた。
「……。クロエ」
「ん?」
名を呼んで注意を引き寄せた後の動きは実に鮮やかだった。
さりげなく回した腕で腰を抱き引き寄せると、もう片手をクロエの頬に沿え、そして、上向かせて唇を奪うかのように見せかけて、顔をよけ、耳へ唇を寄せる。
「ありがとう」
腰に来る低い声でそうささやいたレオンに、クロエのぽかんとした顔が一気に真っ赤に染まる。
「な、な、な……」
「ははは。良い顔」
熟れた果実のような顔になったクロエに、レオンは顔を離してそれを見て、笑う。
初めてみる心底のその笑みに、クロエは何も言えずに、ずるい、と潤んだ目でにらむしかできなかった。
「もうっ」
「そんな顔をしても誘っているようにしか見えないぞ」
「なわけありませんっ」
「そうか?」
むっとむくれて見せるクロエの表情に、レオンの表情もどこか無邪気なものが宿り始める。
じっと見つめ合って、はたして、はじめに吹き出したのはどちらだろうか。
どちらともなく大笑いを始めて、部屋の外で出歯亀していた話題のない神官たちの意気を消沈させるのだった。
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