【R18】Hide and Seek

Nuit Blanche

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戻りたいのか戻りたくないのか2

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「円君も苦しかった?」
「ああ、あんな終わり方したくなかった。でも、お前に何かを伝える間もなかった。余計なことを言うなと脅されたしな」

 市川はあくまで優越感に浸っているようで、秘密を握っていることをほのめかすようなことは言わなかった。
 だから、希彩はずっと自分が悪かったのだと思い続けていた。やはり自分は彼には相応しくなかったのだ、仕方ないのだと思い続けることで無理矢理自分を納得させた。

「……あの頃、私は本気で好きだったんだ、円君のこと」

 それだけは伝えておこうと希彩は思っていた。彼を憎んでいるわけではない。責める資格もないが、あの時彼に捧げた想いだけは本物だとわかってほしかった。

「本当に好きだった。だから、別れようって言われた時、すごく辛かったし、市川さんと一緒にいるのを見るのが本当に嫌だった」

 今だって苦しいのに、あの時は本当に胸が張り裂けそうで、思い出す度に涙が止まらず、この世から消えてなくなりたいとさえ何度も希彩は願っていた。

「でも、やっぱり円君みたいな格好いい人には私じゃダメだって思ったの」

 遼には市川のような人間でなければ釣り合わないし、周りも納得しないのだと認めなければならないのに、嫌だったのだ。
 彼を自分の物にでもしたつもりだったのかもしれない。
 自分の中から溢れる醜い感情に希彩は嫌悪しながら、必死に自分を納得させようとして、それでも現実を受け入れたくなかった。
 市川が遼の隣にいるのを見る度に、自分の居場所だったのに、と何度も恨めしく感じたものだ。

「んなことねぇ。俺はお前が良かった」

 真剣な表情で言う遼にドキリとするのは今でも彼を完全に拒絶しているわけではないのだろう。
 彼に愛されていたのは昔のことだ。過去形なのだから。

「卒業して、市川とも別れられて、解放されたと思った。でも、あいつの関係は広いから迂闊に動けないと思った」

 校内には他にも同じ中学の出身者がいる。それが今も市川と繋がっていても何も不思議ではない。今ここにいない人物の影に怯えても仕方ないとは思うが、希彩も安心できるようになるには時間がかかった。
 中学を卒業してすぐ、二人が別れたと聞いてほっとした部分もある。しかし、市川とは別の学校に進み、遼とは同じ高校に通うと決まっていたが、よりを戻せるなどとは思っていなかった。

「もうあいつの影に怯えなくていいってわかっても、お前には嫌われた気がして近付かなかった。いや、当然だよな……傷付けておいて、どんな顔をすればいいかもわからねぇし、時間が経つほど気まずさが増す感じもあって、逃げてた」

 遼を嫌うことなど希彩にはありえなかった。嫌いになれたなら、楽だっただろうか。自分こそ、嫌われたのだと必死に言い聞かせてきたのだ。

「あれからお前が笑わなくなったのは気付いてた。俺のせいだと思った」

 遼が悪いわけではない。そう言いたいのに、言葉は出てこなかった。
 笑わなくなったのは、ただ笑う理由がなくなったからだ。あれから希彩には何もなくなってしまった。

「だから、高校入ってからも人目を避けるようにするお前を見守ろうと思った」

 隠れてやり過ごせれば、それでいいと希彩は考えていた。遼と同じクラスになった時にはドキドキしたものが、彼の視界には入っていないのだと、自分だけが変に意識しているのだと思い知らされた。
 見守ってくれているのだとは考えもしなかった。

「光希が出てくるまではそれで良かった。もし、俺じゃない誰かが、俺が奪った笑顔を取り戻すなら、その時は俺も祝福して諦めようと思ってた」

 他の誰かなど希彩には考えられないことだった。もう笑えなくなっても構わなかった。何もかもどうでも良かったのかもしれない。
 そうでなければまた彼が他の誰かと付き合いだした時、辛くなる気がしていたのだ。

「でも、光希が、遊び半分でお前に近付くのは許せなかったし、本気だってわかったら余計に嫌だった。やっぱりお前の隣にいるのは俺がいい」

 光希のことはわからない。だが、遼のこともまたわからなくなっていた。
 こうして、また近くにいるのに、だからと言って彼の真意が見抜けるわけでもない。
 まだ、自分を好きでいてくれているのか。浮かんだ疑問を希彩は口にすることもできない。

「自分から手放したのに、独占欲でどうにかなりそうだった」

 遼も同じだったのだろうか。
 否、あれからもう一年以上経っているのだ。希彩はどう受け止めるべきか迷っていた。
 どう受け止めたらいいかわからない。

「今は俺のことをどう思ってる?」
「……ごめん、わからない」

 問いかけられて、すぐには答えることはできなかった。

「嫌い、じゃないんだな? あんなに怖がっても」
「わからない……でも、嫌いにはならないよ」

 それが希彩の正直な気持ちだった。昔のことは偽りがないと言えるが、今はわからない。
 もし、こんな形でなければ喜べていたかもしれない。光希に目を付けられていなければこんな機会はなかったのだろうが。
 そして、光希のことが脳裏をよぎることに希彩は困惑する。
 真剣な表情、あの別れが頭の中で繰り返される。
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