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後日談:私の居場所
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月曜日、光希は宣言通りいつもと変わらなかったかと言えば少し違う。
ぎこちなさなどはない。しかし、もっと距離が近づいたように感じるのは気のせいではあるまい。朝、顔を合わせれば挨拶代わりにキスをしようとしたり、肩や腰を抱こうとする。拒否すれば手を繋ぐことで妥協するとまで言い出す始末だ。あまりにあからさまである。
そうして、咲子や遼達には正式に付き合うことになったと報告したのだが――
「何で、友達からの急展開があるんだ?」
遼が呆れたように呟く。確かにまずは友達からのはずであった。
「希彩、お前が望んだことなら俺が口出しすることじゃねぇが……いつでも光希から逃げてきていいんだからな」
いつでも、と遼は強調する。そんな彼に希彩は曖昧な表情を返すことしかできない。
「うっわー、隙あらばとか思っちゃってるよー女々しい男ってやだよー」
そう言う光希に抱き寄せられ、希彩は固まった。
「しっしっ、諦めて。俺達ちょーラブラブで遼が入る隙間なんか、これっぽっちもないから」
確かに付き合うことにはなったが、人前で抱き付かれるのは希彩にとってはあまりに恥ずかしいことだ。
先ほども散々攻防を繰り広げ、そういうことはやめてほしいと本気で頼んだのだが、見せ付けてやればいいのだと言って光希は取り合ってくれなかった。
「いや、俺は兄貴の気分だ。親友に可愛い妹を持って行かれて……お前のことを知っているだけに複雑だ」
「むしろお父さんでしょ。ちょっとスカート短くしようとしたくらいで、ぎゃーぎゃー言ってさ」
落ち込んだ様子の遼を慰めるわけでもなく、咲子は言う。
「私、時々、咲子をお姉さんみたいに思うことあるよ!」
むしろ姉そのものかもしれなかった。
「あら、嬉しい。こんなに可愛い妹がいたら絶対に変な虫がつかないように全力で駆除したのに」
「自分ではママとか言ってたよね。ああ、二人、お似合いなんじゃない?」
ママとパパで、と光希は咲子と遼を指さす。その瞬間、空気が凍り付いたと希彩は感じた。
「あぁ?」
「あんた、しめるわよ?」
二人に睨まれても光希は涼しい顔をしているかと思えば急に希彩を見た。
「ところで、希彩ちゃん」
「な、何?」
何だろうかと希彩は身構える。離してほしいのだが、その気はないようである。
「手を繋ぐのがダメな理由を是非とも教えてほしいんだけど」
なぜ、今それを、この場で聞くのだろうか。人前では嫌だと何度も言ったはずだが、聞いていなかったのか。
「もしかして、今ならいけ……」
そっと手に触れた熱さに希彩の羞恥は一気に限界に達し、どうにか抜け出そうと暴れればまた蹴られるとでも思ったのか、力が弱まる。そうして抜け出した希彩はさっと咲子の後ろに隠れた。
「おっと……逃げられちゃった」
「あー、よしよし、いつでも帰ってきていいんだからね?」
咲子は振り返り、希彩の頭を撫でる。隠れ癖はそう簡単に治らないが、これはまた別だとも希彩は思う。
「実家か!」
「あんたが言ったことと同じでしょうが!」
遼の鋭いツッコミが入り、咲子が即座に言い返す。
「だから、やっぱり実家コンビで……」
「ないないない!」
「ねぇ、絶対ありえねぇ」
咲子と遼は同じタイミングで全力で否定して、それがおかしくて希彩は笑う。
そうするとつられたように近くにいた咲子や遼、光希の友人達も笑い出す。これほど笑いに包まれたのは希彩にとって初めてのようなものだった。
楽しいことなどないと思っていたが、今はこんなにも笑えることを知ってしまった。
「あーもう可愛い! 隠しちゃいたい!」
ぎゅっと咲子が抱きついてきて、頬擦りする勢いではあるが、光希とは違って蹴ってまで逃げようとも思わない。
「俺の希彩ちゃんだから隠しちゃダメ! 離れて!」
光希は言うが、引き剥がしにくるわけでもない。そして、咲子もほんのスキンシップである。解放されて希彩は光希に向き直る。
「でも、ちゃんと見つけてくれるでしょ?」
「希彩ちゃーん!」
希彩は彼が言ったことを確認したまでだが、なぜ、涙ぐんで両手を広げているのだろうか。その胸に飛び込むはずがないというのに。
「ケダモノ退散! 柊原も円もあっち行け!」
「俺を一緒にするな!」
「俺だって一緒にされたくないよ! 彼氏なのに! 彼氏なのにー!」
いよいよ咲子が追い払おうとすれば二人は喚く。
そうしている中で、希彩はどこかから突き刺さるような視線を感じないわけでもない。それは単純にうるさくしているからなのかもしれないし、まだ光希や遼に想いを寄せている女子の嫉妬なのかもしれない。
それでも、自分はもう大丈夫だ。ここに居場所があると希彩は実感するのだった。
かくれんぼはもう終わりだ。
ぎこちなさなどはない。しかし、もっと距離が近づいたように感じるのは気のせいではあるまい。朝、顔を合わせれば挨拶代わりにキスをしようとしたり、肩や腰を抱こうとする。拒否すれば手を繋ぐことで妥協するとまで言い出す始末だ。あまりにあからさまである。
そうして、咲子や遼達には正式に付き合うことになったと報告したのだが――
「何で、友達からの急展開があるんだ?」
遼が呆れたように呟く。確かにまずは友達からのはずであった。
「希彩、お前が望んだことなら俺が口出しすることじゃねぇが……いつでも光希から逃げてきていいんだからな」
いつでも、と遼は強調する。そんな彼に希彩は曖昧な表情を返すことしかできない。
「うっわー、隙あらばとか思っちゃってるよー女々しい男ってやだよー」
そう言う光希に抱き寄せられ、希彩は固まった。
「しっしっ、諦めて。俺達ちょーラブラブで遼が入る隙間なんか、これっぽっちもないから」
確かに付き合うことにはなったが、人前で抱き付かれるのは希彩にとってはあまりに恥ずかしいことだ。
先ほども散々攻防を繰り広げ、そういうことはやめてほしいと本気で頼んだのだが、見せ付けてやればいいのだと言って光希は取り合ってくれなかった。
「いや、俺は兄貴の気分だ。親友に可愛い妹を持って行かれて……お前のことを知っているだけに複雑だ」
「むしろお父さんでしょ。ちょっとスカート短くしようとしたくらいで、ぎゃーぎゃー言ってさ」
落ち込んだ様子の遼を慰めるわけでもなく、咲子は言う。
「私、時々、咲子をお姉さんみたいに思うことあるよ!」
むしろ姉そのものかもしれなかった。
「あら、嬉しい。こんなに可愛い妹がいたら絶対に変な虫がつかないように全力で駆除したのに」
「自分ではママとか言ってたよね。ああ、二人、お似合いなんじゃない?」
ママとパパで、と光希は咲子と遼を指さす。その瞬間、空気が凍り付いたと希彩は感じた。
「あぁ?」
「あんた、しめるわよ?」
二人に睨まれても光希は涼しい顔をしているかと思えば急に希彩を見た。
「ところで、希彩ちゃん」
「な、何?」
何だろうかと希彩は身構える。離してほしいのだが、その気はないようである。
「手を繋ぐのがダメな理由を是非とも教えてほしいんだけど」
なぜ、今それを、この場で聞くのだろうか。人前では嫌だと何度も言ったはずだが、聞いていなかったのか。
「もしかして、今ならいけ……」
そっと手に触れた熱さに希彩の羞恥は一気に限界に達し、どうにか抜け出そうと暴れればまた蹴られるとでも思ったのか、力が弱まる。そうして抜け出した希彩はさっと咲子の後ろに隠れた。
「おっと……逃げられちゃった」
「あー、よしよし、いつでも帰ってきていいんだからね?」
咲子は振り返り、希彩の頭を撫でる。隠れ癖はそう簡単に治らないが、これはまた別だとも希彩は思う。
「実家か!」
「あんたが言ったことと同じでしょうが!」
遼の鋭いツッコミが入り、咲子が即座に言い返す。
「だから、やっぱり実家コンビで……」
「ないないない!」
「ねぇ、絶対ありえねぇ」
咲子と遼は同じタイミングで全力で否定して、それがおかしくて希彩は笑う。
そうするとつられたように近くにいた咲子や遼、光希の友人達も笑い出す。これほど笑いに包まれたのは希彩にとって初めてのようなものだった。
楽しいことなどないと思っていたが、今はこんなにも笑えることを知ってしまった。
「あーもう可愛い! 隠しちゃいたい!」
ぎゅっと咲子が抱きついてきて、頬擦りする勢いではあるが、光希とは違って蹴ってまで逃げようとも思わない。
「俺の希彩ちゃんだから隠しちゃダメ! 離れて!」
光希は言うが、引き剥がしにくるわけでもない。そして、咲子もほんのスキンシップである。解放されて希彩は光希に向き直る。
「でも、ちゃんと見つけてくれるでしょ?」
「希彩ちゃーん!」
希彩は彼が言ったことを確認したまでだが、なぜ、涙ぐんで両手を広げているのだろうか。その胸に飛び込むはずがないというのに。
「ケダモノ退散! 柊原も円もあっち行け!」
「俺を一緒にするな!」
「俺だって一緒にされたくないよ! 彼氏なのに! 彼氏なのにー!」
いよいよ咲子が追い払おうとすれば二人は喚く。
そうしている中で、希彩はどこかから突き刺さるような視線を感じないわけでもない。それは単純にうるさくしているからなのかもしれないし、まだ光希や遼に想いを寄せている女子の嫉妬なのかもしれない。
それでも、自分はもう大丈夫だ。ここに居場所があると希彩は実感するのだった。
かくれんぼはもう終わりだ。
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