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本編
実験の内容
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「そうだ、これを身につけてほしいんだ」
思い出したようにポケットを漁り、差し出された手のひらには指輪が乗っている。彼の瞳と同じ色の宝石が煌めき、ひどく高価なものに見えた。
「危険な実験じゃないとは言ったけど、何が起こるかわからない。念には念を入れておかないとと思って、いざという時に君を守るために僕が魔力を込めた。心臓に近い指にはめるのが一般的なんだけど」
「心臓……?」
この世界では当たり前のことなのかもしれないが、茉莉愛はまだこの世界の常識を理解しきれていない。どの指だろうかと自分の手を開いて見詰めているとアルベールが左手に触れる。
「僕がはめてもいい?」
頷けば薬指に指輪がはめられ、茉莉愛は驚きを隠せなかった。これでは結婚指輪であるが、この国の常識では違うのか。
「愛する人への誓いであり、お守りでもある」
動揺を見抜いたように言われて茉莉愛は理解する。彼は後者の意味でくれたのだろう。
「僕にとっては簡単な実験で、君がすることも難しいことじゃない。でも、君は魔力を使えないから万が一僕の魔力が暴走した時にこれが君を守ってくれるようにね」
保険ということなのだろう。茉莉愛がこの世界の理から外れた存在であるから万全を期さなければならないのだろう。
結局のところ、自分は彼にとって荷物にしかなり得ないかもしれないと茉莉愛が考えたところでアルベールが指輪に口づけ、一瞬宝石が光ったように見えた。
「これで完璧。僕は絶対に君を守るよ」
その所作に茉莉愛は見惚れた。虚弱体質のアルベールがとても頼もしい騎士のように見えたからだ。丸め込まれているような気がしなくもなかったが。
「君は疑っているかもしれない。僕が本当のことを言ってないって」
「そんなことは……」
ぼんやりしてきた頭でも、ないとは言えなかった。疑いほど強くはないが、気にかかっていることならばあるのだ。
「でも、何があっても、僕がこれまで君に告げてきたことは全て本心だと信じてくれる?」
嘘は吐いていないということだろうか。
しかし、茉莉愛を味方してくれる人間はアルベール以外にはいないということを彼もわかっているはずだ。彼しか信じられないということを。
それでも頷けばアルベールは嬉しそうに微笑むのだ。
「実験の内容を説明するね」
そう言われて茉莉愛は何となく背筋を正す。簡単だと言われようと大事なことだ。しっかり聞いて理解しておかなければならないと気持ちを引き締める。
「ある生き物の成長実験なんだ」
「成長……?」
生物実験なのか、そうなると言うほど簡単でないのではないか。命を奪うことはないのか、妙な緊張感を覚えて茉莉愛はぐるぐると考える。
立ち上がり、手招きするアルベールについて行くと窓辺で止まる。一瞬ぐらりと頭が揺れたのは気のせいだと茉莉愛は思おうとした。自然に腰を抱かれて、それどころではなくなってしまったのだ。
「満月の夜に変化するんだよ」
アルベールにつられて茉莉愛も窓の外を見上げる。まるで狼男のようだ。やはりここがファンタジーの世界なのだと思い知らされた気がした。
「もう兆しは出てる」
「えっ……?」
それならば早く始めた方が良いのではないか、茉莉愛は部屋の中にその生き物の姿を探してしまう。そうして頭を揺らしたせいか、今度ははっきりと視界がぐらつき、アルベールに支えられる。
「ごめ……」
「僕だよ」
茉莉愛が言い切らない内にアルベールが言う。しかし、それは頭がぼんやりしてきて聞き間違えたのかと不安になるほどだった。
「その生き物は僕なんだよ」
もう一度、視線を合わせてはっきりと言われて茉莉愛はそれが冗談ではないのだと認識した。アルベールの目はあまりに真剣でからかう様子など微塵もない。
けれども、そうしてアルベールの顔をしっかりと見たからこそ、茉莉愛は違和感に襲われ、すぐその正体に気付く。アルベールの髪の色だ。光源のせいだろうか、青みがかった黒髪が灰色のように見える。否、つい先ほどまでは黒かったはずなのに、色が抜けているかのようだ。
「今夜、僕が変われるかどうか、それが実験。騙すみたいな言い方でごめんね」
髪を撫でられ、茉莉愛はうっとりと目を閉じそうになる。理解が追いつかないまま微睡みの世界に落ちたくなっている。茉莉愛を圧倒する雰囲気が、靄がかかったような頭が思考を阻害していたのかもしれない。
「これから起きることを受け入れてほしい。僕の全てを愛してほしい」
懇願に頷いたのかはわからない。胸の奥に秘めた気持ちを見透かされていたのかもわからない。
「ん……ぁ……」
気付けば茉莉愛はアルベールから口づけを受けていた。何度も唇を重ねられ、嫌だとは思わなかった。このまま夢に溺れてしまいたかったが、立っているのが辛くなり、ぎゅっとアルベールの服を掴む。
「ベッドに行こうね」
男としては小柄なアルベールに軽々と抱き上げられて茉莉愛が驚いたのも束の間だった。所謂お姫様抱っこでふかふかの巨大ベッドの上に下ろされる。
ぼんやりと映る視界の隅に水差しとグラスと共にたくさんの瓶が並んでいるのを茉莉愛は単純に綺麗だと思っていた。
治験のアルバイトのようなものだと言われた方がずっと楽だったのかもしれない。これから自分が何をされるかわからないのだ。
眼鏡を外して覆い被さってくるアルベールに妙な雰囲気を感じ取っているからこそ、それが実験だとは思えずにいる。
思い出したようにポケットを漁り、差し出された手のひらには指輪が乗っている。彼の瞳と同じ色の宝石が煌めき、ひどく高価なものに見えた。
「危険な実験じゃないとは言ったけど、何が起こるかわからない。念には念を入れておかないとと思って、いざという時に君を守るために僕が魔力を込めた。心臓に近い指にはめるのが一般的なんだけど」
「心臓……?」
この世界では当たり前のことなのかもしれないが、茉莉愛はまだこの世界の常識を理解しきれていない。どの指だろうかと自分の手を開いて見詰めているとアルベールが左手に触れる。
「僕がはめてもいい?」
頷けば薬指に指輪がはめられ、茉莉愛は驚きを隠せなかった。これでは結婚指輪であるが、この国の常識では違うのか。
「愛する人への誓いであり、お守りでもある」
動揺を見抜いたように言われて茉莉愛は理解する。彼は後者の意味でくれたのだろう。
「僕にとっては簡単な実験で、君がすることも難しいことじゃない。でも、君は魔力を使えないから万が一僕の魔力が暴走した時にこれが君を守ってくれるようにね」
保険ということなのだろう。茉莉愛がこの世界の理から外れた存在であるから万全を期さなければならないのだろう。
結局のところ、自分は彼にとって荷物にしかなり得ないかもしれないと茉莉愛が考えたところでアルベールが指輪に口づけ、一瞬宝石が光ったように見えた。
「これで完璧。僕は絶対に君を守るよ」
その所作に茉莉愛は見惚れた。虚弱体質のアルベールがとても頼もしい騎士のように見えたからだ。丸め込まれているような気がしなくもなかったが。
「君は疑っているかもしれない。僕が本当のことを言ってないって」
「そんなことは……」
ぼんやりしてきた頭でも、ないとは言えなかった。疑いほど強くはないが、気にかかっていることならばあるのだ。
「でも、何があっても、僕がこれまで君に告げてきたことは全て本心だと信じてくれる?」
嘘は吐いていないということだろうか。
しかし、茉莉愛を味方してくれる人間はアルベール以外にはいないということを彼もわかっているはずだ。彼しか信じられないということを。
それでも頷けばアルベールは嬉しそうに微笑むのだ。
「実験の内容を説明するね」
そう言われて茉莉愛は何となく背筋を正す。簡単だと言われようと大事なことだ。しっかり聞いて理解しておかなければならないと気持ちを引き締める。
「ある生き物の成長実験なんだ」
「成長……?」
生物実験なのか、そうなると言うほど簡単でないのではないか。命を奪うことはないのか、妙な緊張感を覚えて茉莉愛はぐるぐると考える。
立ち上がり、手招きするアルベールについて行くと窓辺で止まる。一瞬ぐらりと頭が揺れたのは気のせいだと茉莉愛は思おうとした。自然に腰を抱かれて、それどころではなくなってしまったのだ。
「満月の夜に変化するんだよ」
アルベールにつられて茉莉愛も窓の外を見上げる。まるで狼男のようだ。やはりここがファンタジーの世界なのだと思い知らされた気がした。
「もう兆しは出てる」
「えっ……?」
それならば早く始めた方が良いのではないか、茉莉愛は部屋の中にその生き物の姿を探してしまう。そうして頭を揺らしたせいか、今度ははっきりと視界がぐらつき、アルベールに支えられる。
「ごめ……」
「僕だよ」
茉莉愛が言い切らない内にアルベールが言う。しかし、それは頭がぼんやりしてきて聞き間違えたのかと不安になるほどだった。
「その生き物は僕なんだよ」
もう一度、視線を合わせてはっきりと言われて茉莉愛はそれが冗談ではないのだと認識した。アルベールの目はあまりに真剣でからかう様子など微塵もない。
けれども、そうしてアルベールの顔をしっかりと見たからこそ、茉莉愛は違和感に襲われ、すぐその正体に気付く。アルベールの髪の色だ。光源のせいだろうか、青みがかった黒髪が灰色のように見える。否、つい先ほどまでは黒かったはずなのに、色が抜けているかのようだ。
「今夜、僕が変われるかどうか、それが実験。騙すみたいな言い方でごめんね」
髪を撫でられ、茉莉愛はうっとりと目を閉じそうになる。理解が追いつかないまま微睡みの世界に落ちたくなっている。茉莉愛を圧倒する雰囲気が、靄がかかったような頭が思考を阻害していたのかもしれない。
「これから起きることを受け入れてほしい。僕の全てを愛してほしい」
懇願に頷いたのかはわからない。胸の奥に秘めた気持ちを見透かされていたのかもわからない。
「ん……ぁ……」
気付けば茉莉愛はアルベールから口づけを受けていた。何度も唇を重ねられ、嫌だとは思わなかった。このまま夢に溺れてしまいたかったが、立っているのが辛くなり、ぎゅっとアルベールの服を掴む。
「ベッドに行こうね」
男としては小柄なアルベールに軽々と抱き上げられて茉莉愛が驚いたのも束の間だった。所謂お姫様抱っこでふかふかの巨大ベッドの上に下ろされる。
ぼんやりと映る視界の隅に水差しとグラスと共にたくさんの瓶が並んでいるのを茉莉愛は単純に綺麗だと思っていた。
治験のアルバイトのようなものだと言われた方がずっと楽だったのかもしれない。これから自分が何をされるかわからないのだ。
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