14 / 16
本編
失態と胸騒ぎ-1
しおりを挟む
完全に不覚、戦場ならば死んでいてもおかしくない大失態だった。自分を責めたところで何も変わらないとテレンスもわかっていたが、何度振り返ってみても最悪の判断ミスだ。
遊びじゃないと自分で言っておきながら夜会に浮かれていたのか。
自分がしでかしたことだけに怒ることができない。怒ってくれるような人間も今ここには不在だ。
戦の神の化身などと大仰な言われようだが、所詮はただの人間にすぎないのだとテレンスは改めて思い知らされていた。
傲っていたつもりもなかったが、無意識にそうなっていたのかもしれない。
古くから知る人間には丸くなったと言われることすらある。触れれば切れるようだったのが人間らしくなったと言われるが、戦いに身を置く人間としては致命的とも言える。
それは悪いことではないと言われても切り替えができなければ意味がない。結局、ふとした瞬間に気が緩んだからこんなことになっているのだ。
夜道を歩くテレンスの足取りはおぼつかない。それでも強い意志を持って、帰ろうとしていた。誰にも見つからずに辿り着けることを柄にもなく祈りながら。
体を蝕む感覚が酒による酩酊だったならば、どれほど良かったか。毒の類ではないが、彼にとっては似たようなものだ。時間が経つほどに忌々しい熱が特に下半身に集中するように体を巡って足をもつれさせようとする。
厄介な薬を盛られてしまったものだ。社交界に蔓延する悪しき物を断つため、エリアスはその尻尾を掴もうとしていた。そのための囮がテレンスだった。
だが、あんな少女を使ってくることなど誰が想像できただろうか。戦い以外の役目もこなせることをエリアスは証明したがっていたが、実際は致命的な弱点が露呈しただけだ。少女の姿に惑わされて薬の入った酒を全て飲み干してしまったのだから。
本当は早く気付いて上手く誘われたフリでもすれば良かったのだ。情報を引き出せば尚良かっただろうが、それはエリアスの部下達がやることだろう。些か慌てた様子で助けに入ってくれたように。
今ならば、やるべきことがわかるのに、できなかった。
成功が条件だったわけでもなく、どちらにしてもエリアスはシャルロッテを受け入れるつもりでいるのだから支障があるわけでもないのだが、彼の当ては盛大に外れたことになる。
『あ、あの……お気をつけて』
そう言って見送ってくれた彼女は心配などしていないだろうか。
何度も脳裏を過ぎった心優しい少女――シャルロッテ。美しいと言うよりは、いつまでも愛らしい。
もし、気遣わしげに眉を下げているのなら、頭を撫でて安心させてやりたい。それは近い年頃のクレアやジョシュアには浮かばない感情だ。
元々、女子供の相手は得意ではないテレンスだったが、彼女だけには最初からできた。団員達にからかわれることもあったが、彼らもまたシャルロッテを可愛がっていることは間違いない。唯一無二の末っ子だ。
それもまた矜持なのか。獣の如く生きると決めたにもかかわらず、彼女の前では格好付けていたいと思ってしまうのは。
だが、長男あるいは家長としての感情なのかはわからない。
そうこう考えている内にエリアスから与えられた屋敷が見えてくる。
こうして一人で帰れば妙にしみじみと感じるものだ。家族が待っているというのがどれほど嬉しいことかを。
しばらくエリアスの下で仕事をしているが、彼から継続を望まれている。そして、団員達にとってもそれが良いとテレンスもわかっている。
だからこそ、エリアスには感謝している。今回のことで失望させたかはわからない。
何よりこんな形で帰りたくはなかった。誰にも出会わずに自室に入りたいが、難しいのかもしれない。
ブランドン達同性ならば問題ないだろう。察してくれるだろう。だが、今は異性には会いたくない。特にシャルロッテには。
一番会いたいと思ってしまうのに、一番会いたくない。そんな矛盾を抱えながら溜息一つ吐いて、より重くなった足取りでテレンスは屋敷へと近付くのだった。
* * *
遊びじゃないと自分で言っておきながら夜会に浮かれていたのか。
自分がしでかしたことだけに怒ることができない。怒ってくれるような人間も今ここには不在だ。
戦の神の化身などと大仰な言われようだが、所詮はただの人間にすぎないのだとテレンスは改めて思い知らされていた。
傲っていたつもりもなかったが、無意識にそうなっていたのかもしれない。
古くから知る人間には丸くなったと言われることすらある。触れれば切れるようだったのが人間らしくなったと言われるが、戦いに身を置く人間としては致命的とも言える。
それは悪いことではないと言われても切り替えができなければ意味がない。結局、ふとした瞬間に気が緩んだからこんなことになっているのだ。
夜道を歩くテレンスの足取りはおぼつかない。それでも強い意志を持って、帰ろうとしていた。誰にも見つからずに辿り着けることを柄にもなく祈りながら。
体を蝕む感覚が酒による酩酊だったならば、どれほど良かったか。毒の類ではないが、彼にとっては似たようなものだ。時間が経つほどに忌々しい熱が特に下半身に集中するように体を巡って足をもつれさせようとする。
厄介な薬を盛られてしまったものだ。社交界に蔓延する悪しき物を断つため、エリアスはその尻尾を掴もうとしていた。そのための囮がテレンスだった。
だが、あんな少女を使ってくることなど誰が想像できただろうか。戦い以外の役目もこなせることをエリアスは証明したがっていたが、実際は致命的な弱点が露呈しただけだ。少女の姿に惑わされて薬の入った酒を全て飲み干してしまったのだから。
本当は早く気付いて上手く誘われたフリでもすれば良かったのだ。情報を引き出せば尚良かっただろうが、それはエリアスの部下達がやることだろう。些か慌てた様子で助けに入ってくれたように。
今ならば、やるべきことがわかるのに、できなかった。
成功が条件だったわけでもなく、どちらにしてもエリアスはシャルロッテを受け入れるつもりでいるのだから支障があるわけでもないのだが、彼の当ては盛大に外れたことになる。
『あ、あの……お気をつけて』
そう言って見送ってくれた彼女は心配などしていないだろうか。
何度も脳裏を過ぎった心優しい少女――シャルロッテ。美しいと言うよりは、いつまでも愛らしい。
もし、気遣わしげに眉を下げているのなら、頭を撫でて安心させてやりたい。それは近い年頃のクレアやジョシュアには浮かばない感情だ。
元々、女子供の相手は得意ではないテレンスだったが、彼女だけには最初からできた。団員達にからかわれることもあったが、彼らもまたシャルロッテを可愛がっていることは間違いない。唯一無二の末っ子だ。
それもまた矜持なのか。獣の如く生きると決めたにもかかわらず、彼女の前では格好付けていたいと思ってしまうのは。
だが、長男あるいは家長としての感情なのかはわからない。
そうこう考えている内にエリアスから与えられた屋敷が見えてくる。
こうして一人で帰れば妙にしみじみと感じるものだ。家族が待っているというのがどれほど嬉しいことかを。
しばらくエリアスの下で仕事をしているが、彼から継続を望まれている。そして、団員達にとってもそれが良いとテレンスもわかっている。
だからこそ、エリアスには感謝している。今回のことで失望させたかはわからない。
何よりこんな形で帰りたくはなかった。誰にも出会わずに自室に入りたいが、難しいのかもしれない。
ブランドン達同性ならば問題ないだろう。察してくれるだろう。だが、今は異性には会いたくない。特にシャルロッテには。
一番会いたいと思ってしまうのに、一番会いたくない。そんな矛盾を抱えながら溜息一つ吐いて、より重くなった足取りでテレンスは屋敷へと近付くのだった。
* * *
0
あなたにおすすめの小説
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
憐れな妻は龍の夫から逃れられない
向水白音
恋愛
龍の夫ヤトと人間の妻アズサ。夫婦は新年の儀を行うべく、二人きりで山の中の館にいた。新婚夫婦が寝室で二人きり、何も起きないわけなく……。独占欲つよつよヤンデレ気味な夫が妻を愛でる作品です。そこに愛はあります。ムーンライトノベルズにも掲載しています。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる