落星

クリストファークリス

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第二章

リップの味

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「お、来た来たー、直人! おっせよー」

 店に入って店内をキョロキョロと見渡している直人を見つけた勝が、立ち上がって直人に向かって手を振りながら叫んだ。
 同じテーブルを囲んでいた勝以外の男女6人が一斉に勝が手を振る方向を見た。

「よっ!」

 直人は少し照れているように首をすくめ、挨拶をするように手を上げた。そして、ほぼほぼ客でごった返す店内のテーブル席の間を身体を捩りながら通り抜け、テーブルまでやってきた。

「どうもー、遅れて申し訳ない……」

 無愛想にぼそっと会釈をしながらそう言い、勝に促されるまま一番端の席に着いた。

「さぁさぁ、皆んな揃ったところで、仕切り直して自己紹介から……。あ、その前に、乾杯が先か……。直人、生チューでいいか? 他の人は、まだ、皆んな残ってるから大丈夫……だよね? あ、店員さん、生チューひとつ追加!」

(なんだよ、こいつのテンション……)

 直人は、勝を横目で睨みつけた。
 その睨みつけた視線の先に、自分に向けられている視線を感じた直人は、そこに視線を移した。
 直人に視線を向けてたのは、今回の合コンに参加している女の子だった。ちょうど、勝の隣に座っている。その顔には、優しそうな笑みを浮かべていた。

(お、なんかいい感じ……)

 そう思った直人は、瞬時に笑みを送り返して軽く会釈をした。一瞬で作った笑顔にしては、自分でも目一杯好印象な優しい笑顔を振りまいたつもりだった。
 それが功を奏したのか、その女の子はもう一段上の笑顔を見せ、会釈を返してきた。
 それに気が付いた勝は、直人と女の子の顔を変わるがわるに見て、

「あ、こいつ、直人。俺のダチ……。今日の講義全スッポカシ。でもー、合コンは来るー」

 そう言ってビールをあおり、高笑いをした。

「なんだよ、うっせーなー。お前が来いってメールよこしたんだろうがよっ」

 直人は、苦笑いをしてそう言った。

「直人君は、何直人君?」

 女の子は、さっきの会釈よりもさらに笑顔になってそう聞いてきた。

「あ、俺、広末。広末直人。オタクは? おいっ、勝! 席、彼女と買われよ。幹事だろ⁉︎  少しは気を利かせろよな」

 直人はそう言って、勝の腕を持ち上げるようにして彼を立たせた。

「な、なんだよぉ……、しょうがねぇなぁ……。わかったわかった、ほら……。あ、遠野さん、どうぞ、こんな奴ですが、僕のマブダチです……」

 彼女は、クスクスっと笑いながら勝にお礼を言い、自分の飲み物を持って直人の隣に座り直した。

「私は、遠野結衣……、遠い野原の結んだ衣で遠野結衣」

 結衣はそう言って、ストローを加えた。

「そう……。遠い野原の結んだ衣……ね。ふーん……。ってか、何飲んでんの? ストローって、それジュース?」

 直人は、半透明の細く白いストローの中を上下に動く赤い液体を見てそう聞いた。

「はいっ、味見すれば⁉」

「ん? あ、あぁ……。ありがとう……」

 予想外の結衣の答えに、戸惑いつつもそれを悟られなように、直人は受け取ったグラスに刺さっているストローの先端を素早く咥えた。
 素早い行動だったのと、なかばドギマギしていたのでハッキリは覚えていないが、結衣のリップの色が、先端から1センチほどのところに着いていたような気がした。そのことを裏付けるように、口の中にリップの味が広がった。

「ふーん、結構美味いね、これ……」

 直人は、口に含んだ液体の味などまったくわからなかった。意識は完全にリップの味に縛られている。

「でしょう? あたし、すきなんだぁ、これ……。たいてい、いつもこれよ」

 結衣はそう言って、悪戯っぽく微笑んだ。そして、直人が咥えたばかりのストローを自分の口唇に近づけた。半開きの唇から微かに覗く白い歯とストローに絡みつくかのように動いた舌が、なんとも言えない妖艶さを醸し出していた。
 直人はその様子をじっと目を離さずに見ていた。

(このコ、いけちゃうかもしれねー)

 直人の期待は膨らんだ。

(パッチリ二重に細い鼻先……、薄い唇……。俺の好みじゃん……。いいじゃん、いいじゃん……、て、ん? どこかで見たか? んん? 見たような気がする……。待てよ……)

 ふと直人は、ここへ来る前にビラ配りから渡された割引券を、思い出したようにポケットから引っ張り出し、テーブルの下でそっと広げた。

(マジか……。ビンゴだよ……。今はメイクをほとんどしていないからわかりにくかったけど、このコだ……。髪型に目鼻立ち……、何よりもこの涙ボクロ……間違いない)

 直人の胸は激しく高鳴った。

(落ち着け……、落ち着け広末直人……。ねっとりタイムに揉み放題に揉まれ放題……。うまくいけば、ねっとり揉み……)

「ねえ、直人君、何か飲み物頼んだんだっけ?」

 結衣が聞いてきた。

「おう、ねっとり……」

 不意をつかれた直人は、思わずそう答えた。

「えっ?」

「あ、あ、いや、生チュー頼んであるよ……」

「あ、そっかぁ、生チューね……」

(かーっ、生って、言うだけで妄想爆発だなこりゃ……)

「う、うん……。ほら、一般ピーポーだから、俺……。最初は生……」

「一般ピーポー……フフフフッ……」


 直人は、合コンの最後まで結衣としか話さなかった。席替えタイムを勝が宣言したときも、ガン無視で結衣と話をしていた。頭の中は、結衣を落とすことしかなかった。だから、大して好きでもない映画も、結衣が好きだと言えば「俺も!」と言い、全く興味のなかった作家の小説ですら「あの本は考えさせられた」とすべて話を合わせた。

「なかなかいないんだよなぁ、ここまで話の合う女のコって……。いくら合コンで酒飲んでるからって、俺、こんなにいい感じで話ができるのって、結衣ちゃんが初めてかもしれない」

 精一杯、気が合うことをアピールする直人の頭の中は、二人でベッドに入っている映像しか映ってはいないかった。もはや願望が頭の中だけでは具現化されている、と言っても過言ではない。口からはスラスラと適当な言葉が芋づる式に飛び出してくる。

「まぁたぁ、直人君、女の子と喋りなれてる感じアリアリだよ。調子いいことばかり言ってぇ……」

「いや、マジだって……。そりゃ、時と場合で、話盛り上げないとだから、エンターテイナーの俺としては、気分落ちてても明るくガツンガツン飛ばすけど、話が合うっていうか、感性が近いって感じるのは結衣ちゃんが初めてだよ……、これ、マジ……」

 自分でも流暢だと思うほど、口から調子のいい言葉が飛び出てくる。

(これだよ、この調子……、最後までこの調子でいけば、絶対落ちる……)
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