8 / 11
第7話 火の用心
しおりを挟む折西の嫌な予感は的中していた。
あの日から何件ものトークのやり取りは勿論、
寝る時や用事がある時も何時から
何時までかを伝えなければならなかった。
そして1分でも遅れると紅釈はあの日の
ように部屋の扉をドンドンドンと叩くのだ。
さらに最近はどちらか片方の部屋で
一緒に泊まるのがお決まりとなっていた。
折西は疲弊しきっていたが
それでも友達をやめようとはしなかった。
「ねえ、融くん…やっぱり紅釈くんと
離れた方がいいんじゃないかな…?」
トイレから帰る途中の廊下で
お姉さんが折西にそう言った。
目の下にくまが出来た折西を見て
心配になったのだろう。
「僕は大丈夫です。それに、
友達を続けた方が色んなことがわかるかも。」
正直折西は疲れ切っている。
しかし友達関係を続けたおかげなのか
鍵穴は最初見た時よりもくっきりと
見えるようになった。
心の鍵を開けるのが今の僕の仕事だ。
そう言い聞かせて折西の部屋へと戻る。
ガチャ
ドアを開けると紅釈が顔を上げる。
「おかえり折西!!!」
「ただいま紅釈さん」
「…って大丈夫か?顔色悪くね?」
まさか紅釈本人に貴方のせいなど
言える訳もなく。
「大丈夫ですよ、最近夜中に
目が覚めやすくて…」
「そ、そうか…俺床で寝ようか?」
「紅釈さんのせいじゃないので
大丈夫ですよ!ははは…」
上手く笑えているか分からない笑顔を
誤魔化したくて話題がないか部屋を見渡す。
すると紅釈が座っていたベッドの上には
大量の用紙が広げられていた。
「その紙はどうしたんですか?」
「おう!それがよ…暗殺の依頼が入ってきてさ。」
そう言うと紅釈はその書類を折西の
目の前に持ってきた。
その書類には
影街にある旅館【炉ノ岩】の
支配人【在多川 炒(あるたがわ いた)】の
暗殺を命ずる
…と書かれていた。
普段の暗殺依頼とは違い、
重厚感のある用紙に責任者の項目に
「垓」のサインがついていた。
計画書に目を通す。
折西が囮になり、その間に紅釈が
旅館の天井を突き破って最上階にいる
支配人を殺す…
とても暗殺と言うには大胆すぎる
計画内容が書いてあった。
…『折西が囮』?
「も、もしかして僕今回の計画で
囮になるんですか!?!?!?」
「お、俺も何度か組長に囮を変えるよう
言ったんだけど一向に引き下がらなくてさ…」
バツが悪そうにポリポリとこめかみを掻く。
「最終的には組長に頭下げられちまったよ。」
「な、なんだか組長にも紅釈さんにも
申し訳ないです…」
折西は在多川 炒のデータに目を通す。
…暗殺理由『多額の借入金の滞納』
普段紅釈が1人で請け負う依頼の
暗殺理由と全く同じだった。
滞納額を返済する見込みがない場合、
紅釈が暗殺し、その臓器を売りにかけたり
肉を買い取ってもらうことで少しでも
元をとる…という仕組みだったはずだ。
「…これ他の方と同じ理由ですよね?
ここまで大掛かりなのはどうしてでしょう?」
「どうやらそこの支配人、
うちで借金した金を旅館に全部
使っちゃったのに加えて昴が管理してた
機密情報まで盗んだらしくてさ。」
「あっ…そうなんですね…」
昴を眠らせたあの日だろうか?
自分のせいで情報が盗まれたのではないか?
そう思うと背筋が凍った。
「…計画は1週間後…って書いてあるな。」
「成功するといいんですが…」
みるみるうちに表情が暗くなる
折西を見て紅釈は
「気にすんな!俺が折西守って
計画も成功させっから!」
と背中をバシバシと叩く。
痛いくらい叩かれているはずなのに
不思議と力が解れていった。
「ちょいと外の空気でも吸いに行こうぜ!」
そう言って紅釈は折西の腕を引く。
いつもより優しい引っ張り方だった。
・・・
甘味処に行こうぜ!
と提案した紅釈と一緒に街中を歩く。
酒屋やカジノのある通りを過ぎた。
カジノエリアと打って変わって
比較的静かな場所だった。
その中に1つ、背の高い旅館がそびえ立つ。
旅館【炉ノ岩】だ。
あまりの威圧感に唾を飲む。
「ほら、あんまり立ち止まるなよ。」
そう言うとまた紅釈は折西の腕を引く。
手に力が入ってるようにも見えた。
紅釈はこの通りがあまり好きでは無いらしい。
前回甘味処に向かう時もここを通ったが
どの道を通る時よりも早足だった。
カジノエリアでは周囲の人とよく話しているが
ここのエリアの人間と喋るところは
見たことがない。
確かに紅釈とは対象的な暗い雰囲気で
気質が合わなそうではある。
折西自身もここの雰囲気だけは
何回通っても慣れない。
ただ、気になるお店が一つだけある。
中華料理店「華」だ。
いつもここを通る時美味しそうな匂いが
するため行きたいと折西は思っていた。
しかし紅釈が辛いものが苦手だと
言って行きたがらないのだ。
デザートなら!と話をしても
首を横に振るだけだった。
今回も匂いだけでも楽しもうかな。
と思い大きく息を吸い込もうとしたその時。
バチバチッ
ジューッ
という音と共に熱気を感じた。
鍋を火にかけて炒飯を作っている。
「ここって料理作るところ
見せてくれるんですね…!」
そう言って紅釈の方を見る。
人形のようにピクリとも動かない。
ただ料理を瞬きもせずにじっと見ていた。
「…紅釈さん?」
「…!」
魔法が解けたかのように紅釈が
動き出したかと思えば今度はその場で
嘔吐した。
「紅釈さん!?大丈夫ですか!?」
胃の中が空になった紅釈は
嗚咽だけを繰り返す。
そしてその場で倒れたのだった。
あれから数時間が経つ。
ここ周辺で信用出来る人が居ないため
人のいない近くの藁小屋まで
紅釈を引き摺ってきた。
先程より顔色は良くなったものの
意識は無いままだった。
いつもの折西なら不安で仕方なくて
組長に連絡をとっていただろう。
けれど
「…紅釈さんのトラウマ、
【火】なんですね。」
折西は不思議と落ち着いて
思考を巡らせていた。
先程の光景で推測できるトラウマは
「大きい物音」
「火」
の2つだ。
けれど1つ目の大きい物音に関しては
ドアの開け閉めや自身の声の大きさを
考えると絶対に違う。
…となるとトラウマは「火」のはずだ。
「…けれど。本当に火だけなんでしょうか?
何かが原因で火がトラウマになるのなら
本当のトラウマは…」
「紅釈くんの中にあるね!!!」
またもやいきなり目の前にお姉さんが現れる。
「オアッ!!!!!!」
折西は尻もちをつく。
幸いにも藁がクッション代わりとなり
痛みはなかった。
「あ、またやっちゃった!ごめんね!」
「もう…」
折西は自分のおしりをパタパタとはたく。
「えへへ…!けど何となくトラウマが
分かったから鍵探しが出来るね!」
そう言うとお姉さんは折西の耳の傍に近づく。
「鍵は、トラウマを持つ人の中にあるよ。
だから今から中に入る方法を教えるね。」
そう囁くと話を続けた。
まず、紅釈君の手を優しく握る。
そしてトラウマと関係のありそうなことを
頭に思い浮かべて手を強く握る。
そうすれば…紅釈くんの意識…の中…に…
段々とお姉さんの声が遠のき、
意識が今いる場所からそっと離れた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
