転生したので前世の記憶を消したい

みっきー・るー

文字の大きさ
2 / 16
第一章

しおりを挟む
 国王家族との謁見が終わり、フレーゼとリージはあてがわれた部屋に戻ってきた。
 侍女がお茶の用意を済ませ部屋を出て行く姿を確認してから、フレーゼは長椅子に背を預け項垂うなだれる。
 眼前には同じように腰を下ろしたリージがいる。
 既に疲労困憊だ。

「…………あんたのせいよ」

 ずっと言いたかった台詞を疲れと共に忌々しく放つ。
 リージは顔色も変えず詰襟を緩めた。
 悔しいかな、リージに用意された濃紺の礼装は、今まで平民として過ごしていたとは思えない程、彼に似合っていた。

「何が不安よ。あんた不安なんか感じたことないでしょ!」

 フレーゼは溜息をつき、緩めることの出来ないドレスのスカートをばさばさと揺らす。

「そもそもどんな嫌がらせよ! 私といたいとか、ほんっとに最低!」
「…………」

 リージはフレーズを見もせず、ティーカップに手を伸ばす。
 その姿が本当に憎たらしい。

「聞いてるの? もう! きいいい!」

 フレーズは苛々して頭を横に振る。
 腰まである長さの茶色い髪がぶんぶんと揺れ、頬に当たった。
 いつもどちらかが突っかかり喧嘩になることが多い。
 お互いがむきになり、収拾がつかなくなった頃に、両親から雷を落とされていた。
 しかし今は誰も止める者はいない。

「……いい気味」

 リージはぼそりと呟く。聞き咎めると彼は意地悪く笑んだ。

「は、よかったじゃないか。俺のおかげで王宮に上がれたんだから。義姉さん、おとぎ話とか大好きだろ。王子様との玉の輿、頑張れよ」

 フレーゼの頬にぶわっと熱が集まり始める。

「な、な、ななな、バカ言ってんじゃないわよ! 私、もう家に帰るから!」

 ドレスを持ち上げ、フレーゼは勢いよく立ち上がった。
 リージはくつくつと笑っている。
 その態度が癪に障り、一発殴ってやろうとフレーゼは一歩を踏み出す。
 刹那、フレーゼはドレスの裾を踏み、つんのめった。

「わ!」

 そのままリージを押し倒し覆い被さる。
 ごちんと、フレーゼの頭がリージの顔の何処かにぶつかった。

「いってぇ……」

 リージのくぐもった小さい悲鳴が聞こえる。
 慌てて身を起こすと、手首の豪奢なフリルを手の平で踏み、再び体勢を崩してしまう。

「ご、ご、ご、ごめん!」

 慌てれば慌てる程、フレーゼは上体を上手く起こせず、もう一度ごちんとリージにぶつかった。

「こーら」

 突然の第三者の声と共に、フレーゼは脇の下を掴まれ体を持ち上げられる。

「そういう関係になるには早いんじゃないかな?」

 フレーゼの身体は、床に立たせるようにそっと下ろされた。

(だ、誰……? この人?)

 突然、室内に背の高い青年が現れた。
 フレーゼは意味が分からず相手を凝視する。
 肩にかかる長さの橙色の髪に、赤い毛束が幾つも混じっている。
 フレーゼを見下ろす青年の背は高く、しなやかな体躯は騎士のようにも見える。
 なんて派手な見た目だろう。
 紛うことなく美丈夫だが、やや釣り目な赤い瞳は冷たい印象も抱かせる。
 彼は長椅子に押し倒された姿勢のリージに視線を向けた。

「君も大丈夫か? レディに押し倒されるなんて光栄だね」
「は……?」

 リージの眉間に皺が寄る。
 初対面だが、相手の唐突な登場に義弟は困惑を隠さない。リージは茫然としていたフレーゼの前に立ち、青年を見上げた。

「貴方は誰ですか? 侍女も通さずに」

 ちらりと室内扉に目を向けるが扉は閉じられている。
 庶子といえどリージはこの国の王子だ。面通しは侍女がリージに取り次ぐはずである。

「あー……、興味が湧いて段階すっ飛ばしちゃったね」

 扉の向こう側からばたばたと慌てた音が近づいてきた。そしてノックと同時に勢いよく扉が開く。

「失礼いたします!」

 慌てた様子の侍女は目を剥いた。もちろん、いるはずのない青年に対してだ。

「ああ、やはりここにいらしたんですね」

 侍女の後ろから部屋に入ってきた人物は苦笑している。
 先程会った第二王子ロア、その人だった。

「ごめんね、リージ、フレーゼ嬢。その方は僕らの家庭教師だよ」

 リージの片眉がぴくりと上がり、ロアはゆったりとした動きで青年の隣に立つ。

「たまたま先生にお会いして、先程君たちと会ったことを話したんだ。そうしたら興味を持たれてね。今から会ってくると突然姿を消されたんだ」

 ロアの話の内容が頭に入ってこない。
 突然姿を消し、突然部屋に現れた?
 戸惑いを隠せないでいると、ロアと目が合った。にっこりと微笑まれてしまう。

「彼は魔法使いなんだ。あらゆる分野に造詣が深い方で、魔術の教示だけでなく学問も教えて頂いている。今は僕と兄上の家庭教師だけれど、これからは君たちも共に師事することになるよ」

 青年は笑みを深くして形式的な礼の形をとる。

「王宮つき魔法使いのフレムだ。よろしく」

 手を差し出されたリージは一瞬の躊躇いの後、握手に応じている。
 いまだ義弟の顔には不信感が浮かんでいた。

「あはは、突然現れたのは謝るよ。お楽しみが始まりそうだったのにね」
「誤解です」

 強い口調でリージが返事をすると、ロアは魔法使いに一瞥をくれた。しかし何も問わずに優美な微笑みを浮かべている。

「見た目は女神と全く違うようだけど、君も強い魔力を持ってるね~。ずっと平民として暮らしてきたんだろ? 大丈夫だった?」
「大丈夫とは?」
「いやあ、子供のうちは魔力の制御ってなかなか難しいんだよ」

 リージは眉間の皺を消して、にっこりと笑んでみせる。

「ご心配いりません。今までそういった類の力を感じることはありませんでした」
「へー……」

 フレムが赤い瞳を細めてリージを見つめた。彼はにっと笑むとフレーゼに向き直る。

「君は魔力の欠片も感じないや」
「生粋の平民ですので」

 どう返事をしろというのだ。
 この世界バーハンスは幾つもの国を有し、各国は王を座する。各王家はこの世界を作った女神に愛されており、王の血筋のみ魔力という不可視の力を持つ。
 世界の中心にある大国から派生した国、そのうちの一つがこの国だ。
 この魔法使いはフレーゼが義弟のおまけで城に上がったことは知っているはずだ。王族しか魔力を持たないことは公然の事実で、平民の自分にあるわけがない。

「王族の血も大分薄くなってるから、王家の嫁ぎ先になった貴族家なんかは、微力でも魔力を継いでいたりするんだけどな」
「先祖代々平民ですので」
「そのようだね~」

 フレムはすっと手を伸ばしてフレーゼの額に触れる。フレーゼは咄嗟に身を後方に引いた。

「あれ?」

 フレーゼの驚く顔を見てフレムは首を傾げている。
 そんな彼を見てロアは呆れたように嘆息した。

「先生。レディの許可なく肌に触れるのは失礼ですよ」
「え、平民もそういうマナーなの?」
「身分は関係ありません」

 ロアの張り付けたような笑みが怖い。なんとも言えない圧が出ている。
 ふとフレムは思いついたように顔を上げた。

「そうだ。少し陛下に用が出来た。リージ殿下も一緒においで」
「は?」

 リージが驚きの声を上げると同時に、彼ら二人は一瞬で姿を消してしまう。

「ひっ」

 小さく悲鳴を上げたのは壁際に控えていた侍女だ。彼女は咄嗟に口を手で覆った。
 フレーゼは声が出せなかっただけで、内心は凄く驚いている。
 心臓が早鐘を打ち、苦しいくらいだ。

「先生はいつも唐突なんだ。大丈夫。そのうち慣れるよ」

 ロアはにっこりと微笑む。背景に綺麗な花が咲いた錯覚を感じた。
 自分と同い年だというのに、この優美さはなんだろう。
 王妃と似た顔のロアは子供なのに、雰囲気からは美が溢れている。
 文句なしの美少年だ。
 背丈はフレーゼよりも頭一つ分高く、腕も足も長い。整った造形の顔には、長い睫毛に縁取られた黒曜石のような瞳が輝いている。

「ごめんね。二人が戻るまで一緒にいてあげたいけど、僕はこれから予定があるんだ」
「あ、い、いえ! お気遣い頂いて……」

 なんと言葉を返せばよかったのだろう。喋り慣れていないせいで、敬語が上手く使えない。
 ロアはそんなフレーゼの姿を見て、僅かに目を細めた。

「またね」

 そう言って彼は部屋を出て行く。
 今までの騒ぎが嘘のように、室内が静まり返った。

(ああ、そっか……)

 本当に、ここで暮らさないといけないんだ。
 目に熱いものがこみ上げてくる気がして、フレーゼは慌てて頭を横に振る。
 リージにああは言ったけれど、きっと彼も同じような気持ちだったのだろう。
 ずっと平民として暮らしてきたのだ。
 不安だから、嫌がらせ込みで連れて来られたのかもしれない。
 腹立たしい気持ちと、少しの同情が湧いた。
 自分は役目を果たしたらこの城から出られるけれど、リージはどうなるのだろう。
 賢い義弟のことだ。きっと先のことも想定しているだろう。
 王子なんて聞こえはいいが、きっと大変なことが多いはずだ。

「少しくらいはいいか……」

 せめてリージが寂しさを感じる期間が過ぎるまでは、共にいてあげてもいいかもしれない。
 そう思いながらフレーゼは嘆息した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

悪役令嬢は死んで生き返ってついでに中身も入れ替えました

蒼黒せい
恋愛
侯爵令嬢ミリアはその性格の悪さと家の権威散らし、散財から学園内では大層嫌われていた。しかし、突如不治の病にかかった彼女は5年という長い年月苦しみ続け、そして治療の甲斐もなく亡くなってしまう。しかし、直後に彼女は息を吹き返す。病を克服して。 だが、その中身は全くの別人であった。かつて『日本人』として生きていた女性は、異世界という新たな世界で二度目の生を謳歌する… ※同名アカウントでなろう・カクヨムにも投稿しています

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

処理中です...