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第一章
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転移した先は国王の応接室の隣、控えの間だった。
フレーゼはなんて場所に転移するのだ、と思ったが後々それは正しいと分かる。事を内々で処理するため人目を避ける必要があった。
応接室に通されると長椅子に腰かける国王がいた。久しぶりに見た彼は些かやつれたように見える。
ロアとフレムに続いて部屋に入ると、扉が閉じられた。使用人は一人もいない。国王によって人払いがなされていた。
「ロア、自分が何をしたのか理解しているのか」
「はい。処罰は受けます」
「そういう問題ではない」
国王は重い溜息をつく。
「怪我は?」
「していません」
「そうか。しかし……」
彼はフレーゼに視線を移し、渋面を作る。フレーゼの破れた服には血が滲んでいた。
よく見れば傷は治療されているが、僅かに跡が残っている。
「フレーゼ。君はどうしてあそこに行った?」
びくりと背筋が伸びる。国王の声は鋭く、静かだ。
「陛下。僕が無理に連れ出したんです。フレーゼ嬢は王子である僕の願いを断れなかっただけです」
「ち、違います! 私が唆したんです! ごめんなさい!」
フレーゼは早口で告げ、頭を深く下げる。
「では二人で罰を受けるのだな」
「違います陛下、僕だけです。フレーゼは巻き込まれただけです」
ロアはそう反論するが、国王は首を横に振った。
「どうして、あの場所に行った? 目的は竜花だろう?」
そこまで告げて、国王は何かを察したようだ。
「それは駄目だ」
「父上!」
「私たちがそれを選択してはいけない」
「何故ですか!? 誰かを苦しめたりするわけではありません!」
「力のある者は理を破ってはならないと何度も教えただろう!」
「悪しきことに手を染めるわけではないのに……」
ロアは唇を噛み、固くこぶしを握る。
「あのさー」
魔法使いの素っ頓狂な声が、緊張した空気を破いた。国王は驚いた顔で声の主を見やる。
フレムはにっこりと微笑んで告げた。
「竜花を取りに行きなよって、焚き付けたのは僕だよ」
「はい?」
国王は、らしくない声を発した。
確かにフレーゼに対し、竜花の存在を教えたのはフレム。
そうだけれど。
「な、な、何を考えて?」
驚きすぎて国王の呂律が回っていない。そんな父の姿を見て、ロアは目を瞠っている。
「僕が考えていることを陛下に話す気はないな~」
「これは大事ですよ!?」
「でも竜花は手に入らなかったんでしょ?」
フレムの問いかけに、フレーゼとロアは同時に頷いた。
「それなら何もなかったんだよ。あ、封印は僕がお詫びに直してくるからね」
「当然です!」
「あと、これも言わなきゃと思ってたんだけど」
「まだ何かあるんですか!?」
父の取り乱す姿が信じられないようで、そろそろロアは倒れそうだ。
「竜の肉をフレーゼに食べてもらっちゃった」
「は……?」
国王はフレーゼを見やり、そしてフレムに視線を戻す。ロアまでも驚いた表情でフレーゼを見ている。
「彼女をアカデミーに入学させようと思うんだ。でも魔力無しは可哀想だから」
「だから……竜の肉を食べさせた?」
「うん」
「まさか、竜花を彼女に食べさせる気だった?」
「そんなつもりはないよ。魔力さえ持てば、フレーゼの居場所が分かるようになるしね」
「それが分かるのは、あなたくらいですよ……」
国王はがっくりと肩を落とした。
しばし、室内に沈黙が下りる。
さりげなくストーカー発言をされたが、気のせいだろうか。
ロアは驚きの表情のままフレーゼに問いかけた。
「君はいつ竜の肉を食べたの?」
「あの、何を言われているのかさっぱり分からなくて」
「先生から食べ物を貰わなかった?」
「食べ物?」
フレーゼは暫し考えこみ、一つ思い当たった物を口にする。
「するめを頂きました」
「するめ?」
国王とロアは同時に首を傾げた。
「あの、干して固くなったイカなんですけど……」
「イカ? 干してってことは干し肉みたいな物かな?」
「そうです。そんな感じの物で、噛めば噛むほど味が出てきて……それでしょうか?」
「先生、どなたを食べさせたんですか?」
ロアの問いに、フレムはあっけらかんと答えた。
「火竜王の髭をあげたんだ。数年前に火竜王が亡くなったでしょ? 髭を貰ってたんだよね~」
楽しげに笑うフレムの態度に、国王は眩暈を起こしたようだ。
「竜って食べてもいいんでしょうか……」
フレーゼは思わず腹を撫でる。
知らないうちに、そんな物を食べさせられているとは思わなかった。
ショックではあるが、今更遅い。
「フレーゼ、心配はいらないよ。たまに、たまーーーーに食べる人間もいるから。問題はそこではなくて」
ロアは美しい笑みで慰めてくれるが、国王の眉間の皺が不穏だ。
「君は魔力を持った。竜は食すと、その竜の持つ魔力を得ることが出来るんだ」
「え……」
国王は立ち上がりフレーゼに手を差し出した。
そっと手を重ねると、握られた手がほんのり熱を持ち始める。
「確かに魔力が宿っているね。フレーゼ、この話は終わりにしよう。今夜はもう休むといい」
「はい……陛下」
国王は手を離しフレーゼの頭を撫でた。
「ロア、お前は残りなさい。話がある」
「はい」
フレーゼは残されるロアのことが心配になり、彼を見やると、国王は諭すように優しく告げる。
「大丈夫だ。君の心配しているようなことにはならない」
その言葉を聞いて少しだけ安堵する。このままロアだけが咎めを受けることになったら居た堪れない。
フレーゼは深くお辞儀をして応接室を出た。
どっと疲れが肩にのしかかり、重い。
疲れた。
何故か共に部屋を出たフレムは、フレーゼの隣に立つ。
相変わらず何を考えているのか分からない笑顔だ。
「先生、あの」
「またパンを作りにおいでよ。その時に話をしよう」
「はい……」
暗にここでは話さない。別日に話をしようと言われたようだ。
部屋に戻ると、侍女のハンナが、ぎょっとした顔で駆け寄ってきた。
「お嬢様、怪我を!?」
「い、いえ……大丈夫です」
咄嗟に否定したが、血の滲む服を着たままでは説得力がない。
「ハンナ~、大丈夫だよ。僕の魔法で治したから」
侍女はフレムをきっと睨み上げると、丁寧にお辞儀をした。
「お嬢様をお送り下さりありがとうございます。夜も遅いですから、これで失礼致します」
ハンナは返事も待たずに扉を閉めた。くるりとフレーゼに向き直り、眉を下げる。
彼女の泣き出しそうな表情を見て、フレーゼは言葉を失った。
「遅い時間ですが、入浴の準備を致します。お待ちください」
フレーゼが頷き返すと、ハンナは慌てた様子で控えの間を出て行く。
まさか、あんな顔をされるとは思いもしなかった。
出発時もロアを案じ、同じようにフレーゼのことも案じていた。
無意識の内に相手に壁を作っていたのは自分だったのかもしれない。
フレーゼは窓際の長椅子に腰かけ、寝室に続く扉を見つめた。
義弟はちゃんと寝ているだろうか。
火竜と遭遇した時は死ぬかと思った。
前世の自分はどんな理由で死んでしまったのだろう。自分のことなのに、自分ではないような気になる。
「私は……まだ死にたくないなぁ」
フレーゼは窓から差し込む月明りを見つめ小さな声で呟くが、それを聞き取れるたった一人の耳にだけ、その声は届いた。
フレーゼはなんて場所に転移するのだ、と思ったが後々それは正しいと分かる。事を内々で処理するため人目を避ける必要があった。
応接室に通されると長椅子に腰かける国王がいた。久しぶりに見た彼は些かやつれたように見える。
ロアとフレムに続いて部屋に入ると、扉が閉じられた。使用人は一人もいない。国王によって人払いがなされていた。
「ロア、自分が何をしたのか理解しているのか」
「はい。処罰は受けます」
「そういう問題ではない」
国王は重い溜息をつく。
「怪我は?」
「していません」
「そうか。しかし……」
彼はフレーゼに視線を移し、渋面を作る。フレーゼの破れた服には血が滲んでいた。
よく見れば傷は治療されているが、僅かに跡が残っている。
「フレーゼ。君はどうしてあそこに行った?」
びくりと背筋が伸びる。国王の声は鋭く、静かだ。
「陛下。僕が無理に連れ出したんです。フレーゼ嬢は王子である僕の願いを断れなかっただけです」
「ち、違います! 私が唆したんです! ごめんなさい!」
フレーゼは早口で告げ、頭を深く下げる。
「では二人で罰を受けるのだな」
「違います陛下、僕だけです。フレーゼは巻き込まれただけです」
ロアはそう反論するが、国王は首を横に振った。
「どうして、あの場所に行った? 目的は竜花だろう?」
そこまで告げて、国王は何かを察したようだ。
「それは駄目だ」
「父上!」
「私たちがそれを選択してはいけない」
「何故ですか!? 誰かを苦しめたりするわけではありません!」
「力のある者は理を破ってはならないと何度も教えただろう!」
「悪しきことに手を染めるわけではないのに……」
ロアは唇を噛み、固くこぶしを握る。
「あのさー」
魔法使いの素っ頓狂な声が、緊張した空気を破いた。国王は驚いた顔で声の主を見やる。
フレムはにっこりと微笑んで告げた。
「竜花を取りに行きなよって、焚き付けたのは僕だよ」
「はい?」
国王は、らしくない声を発した。
確かにフレーゼに対し、竜花の存在を教えたのはフレム。
そうだけれど。
「な、な、何を考えて?」
驚きすぎて国王の呂律が回っていない。そんな父の姿を見て、ロアは目を瞠っている。
「僕が考えていることを陛下に話す気はないな~」
「これは大事ですよ!?」
「でも竜花は手に入らなかったんでしょ?」
フレムの問いかけに、フレーゼとロアは同時に頷いた。
「それなら何もなかったんだよ。あ、封印は僕がお詫びに直してくるからね」
「当然です!」
「あと、これも言わなきゃと思ってたんだけど」
「まだ何かあるんですか!?」
父の取り乱す姿が信じられないようで、そろそろロアは倒れそうだ。
「竜の肉をフレーゼに食べてもらっちゃった」
「は……?」
国王はフレーゼを見やり、そしてフレムに視線を戻す。ロアまでも驚いた表情でフレーゼを見ている。
「彼女をアカデミーに入学させようと思うんだ。でも魔力無しは可哀想だから」
「だから……竜の肉を食べさせた?」
「うん」
「まさか、竜花を彼女に食べさせる気だった?」
「そんなつもりはないよ。魔力さえ持てば、フレーゼの居場所が分かるようになるしね」
「それが分かるのは、あなたくらいですよ……」
国王はがっくりと肩を落とした。
しばし、室内に沈黙が下りる。
さりげなくストーカー発言をされたが、気のせいだろうか。
ロアは驚きの表情のままフレーゼに問いかけた。
「君はいつ竜の肉を食べたの?」
「あの、何を言われているのかさっぱり分からなくて」
「先生から食べ物を貰わなかった?」
「食べ物?」
フレーゼは暫し考えこみ、一つ思い当たった物を口にする。
「するめを頂きました」
「するめ?」
国王とロアは同時に首を傾げた。
「あの、干して固くなったイカなんですけど……」
「イカ? 干してってことは干し肉みたいな物かな?」
「そうです。そんな感じの物で、噛めば噛むほど味が出てきて……それでしょうか?」
「先生、どなたを食べさせたんですか?」
ロアの問いに、フレムはあっけらかんと答えた。
「火竜王の髭をあげたんだ。数年前に火竜王が亡くなったでしょ? 髭を貰ってたんだよね~」
楽しげに笑うフレムの態度に、国王は眩暈を起こしたようだ。
「竜って食べてもいいんでしょうか……」
フレーゼは思わず腹を撫でる。
知らないうちに、そんな物を食べさせられているとは思わなかった。
ショックではあるが、今更遅い。
「フレーゼ、心配はいらないよ。たまに、たまーーーーに食べる人間もいるから。問題はそこではなくて」
ロアは美しい笑みで慰めてくれるが、国王の眉間の皺が不穏だ。
「君は魔力を持った。竜は食すと、その竜の持つ魔力を得ることが出来るんだ」
「え……」
国王は立ち上がりフレーゼに手を差し出した。
そっと手を重ねると、握られた手がほんのり熱を持ち始める。
「確かに魔力が宿っているね。フレーゼ、この話は終わりにしよう。今夜はもう休むといい」
「はい……陛下」
国王は手を離しフレーゼの頭を撫でた。
「ロア、お前は残りなさい。話がある」
「はい」
フレーゼは残されるロアのことが心配になり、彼を見やると、国王は諭すように優しく告げる。
「大丈夫だ。君の心配しているようなことにはならない」
その言葉を聞いて少しだけ安堵する。このままロアだけが咎めを受けることになったら居た堪れない。
フレーゼは深くお辞儀をして応接室を出た。
どっと疲れが肩にのしかかり、重い。
疲れた。
何故か共に部屋を出たフレムは、フレーゼの隣に立つ。
相変わらず何を考えているのか分からない笑顔だ。
「先生、あの」
「またパンを作りにおいでよ。その時に話をしよう」
「はい……」
暗にここでは話さない。別日に話をしようと言われたようだ。
部屋に戻ると、侍女のハンナが、ぎょっとした顔で駆け寄ってきた。
「お嬢様、怪我を!?」
「い、いえ……大丈夫です」
咄嗟に否定したが、血の滲む服を着たままでは説得力がない。
「ハンナ~、大丈夫だよ。僕の魔法で治したから」
侍女はフレムをきっと睨み上げると、丁寧にお辞儀をした。
「お嬢様をお送り下さりありがとうございます。夜も遅いですから、これで失礼致します」
ハンナは返事も待たずに扉を閉めた。くるりとフレーゼに向き直り、眉を下げる。
彼女の泣き出しそうな表情を見て、フレーゼは言葉を失った。
「遅い時間ですが、入浴の準備を致します。お待ちください」
フレーゼが頷き返すと、ハンナは慌てた様子で控えの間を出て行く。
まさか、あんな顔をされるとは思いもしなかった。
出発時もロアを案じ、同じようにフレーゼのことも案じていた。
無意識の内に相手に壁を作っていたのは自分だったのかもしれない。
フレーゼは窓際の長椅子に腰かけ、寝室に続く扉を見つめた。
義弟はちゃんと寝ているだろうか。
火竜と遭遇した時は死ぬかと思った。
前世の自分はどんな理由で死んでしまったのだろう。自分のことなのに、自分ではないような気になる。
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