無敵のツルペタ剣聖

samishii kame

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第29話 (真里伊の目線)リミッターとは

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———真里伊の目線———

まだ昼に届かない時間帯。
見上げると澄み切った青空に、『HERMIT_VICTORY』の文字が大きく表示されていた。
千年戦争において9種族が8種族に勝利した結果が、地上世界に暮らしている全ての者へ告知されているのだ。
10年前に自我に目覚める前の状態にあったうちを破壊した課長を殺し、ようやく復讐を果たした。

気温、湿度共に正常。
機械人形が活動する最適な環境だ。
要塞都市の中心にある官庁機関が集まる敷地に建っている治安局建物の外壁をSKILL『壁歩』の効果にて気配を消しながら歩いていた。
下を見ると、『ホーミング爆撃』により芝生を植えていた場所の地面がめくれ、焼け焦げた課長の死骸に人が集まり始めている。
3階にある課長室へは人が押しかけているようで、課長を殺した犯人を捜そうと割られた窓ガラスから頭を出し周囲を確認しているが、SKILL『隠密』を発動させながら外壁を歩いているうちの存在に気が付く者はいない。
下を見ると、集まってきている者達が騒ぎを広げ、官庁機関が集まる敷地内が騒然としていく。
緊張感が漂っていたビジネス街の様子が一変していた。

8種族で最強である課長を軽く殺してしまったこの実績を考えると、完全体に成ったうちは人族ごとき雑魚達が勝てる相手ではないことが証明された。
あの19種族の剣聖だけが、人族でありながら異質な存在なのだろう。
安杏里との戦闘差を考えると、うちが千年戦争を単独で勝ち抜く事は不可能だと悟った。
4種族と13種族は、あの剣聖と対等な力を持っていると聞く。
種族間での戦力差が激し過ぎやろ。
千年戦争は、4種族と13種族、19種族、そして次ぐ力をもっているという15種族、16種族の中で勝者は決まんやろうな。
うちよりも格下の種族など、いてもいなくもいい空気のような存在なのではなかろうか。

うちのこれからであるが、この後、同盟関係にある安杏里とは地下1階層で落ち合う約束をしていた。
一応、同盟を結んでいる安杏里のサポートにまわる立場にいるのだが、この先はどの陣営に付くべきなのか見定める必要があるのやろう。
空を見上げると、9種族であるうちが勝利していた文字が既に消えていた。
その時である。
―――――――突然立っていた地面が歪んだ感覚に陥った。

頭の中がドロっとし、量子AIが溶けていく気がする。
危険な状態に陥っていることを理解した。
誰かがうちに何かを仕掛けてきたのだと理解できるものの、その圧倒的な存在に抗えない。
恐怖さへも感じる猶予がなく、気がつくと視覚的情報がまるっきり変わっていた。
見えている景色がいきなり切り替わってしまっていたのだ。
—————正面から蜘蛛の大群がうねりをあげて迫ってきている。

気持ちは追い付いていないものの、視覚的情報は正確に取得出来ている。
これは幻覚のような類いではない。
蜘蛛から殺気と迫力を感じる。
憶単位の数がいそうだ。
空気感が違うこと、獲得した視覚的情報を分析したところ地下1階層へ転送してきたことを理解していたが、そんなことはどうでもいい。
このままやと、うちは蜘蛛の大群に飲み込まれてしまい、絶滅まで一直線や。
つまり転送されてしまい絶対絶命になってしもうていた。

蜘蛛の大群がうねりをあげて押し寄せてくる姿がスローモーションのように見えていた。
本能が逃げろと告げているのだが、どこに逃げたらええねん。
逃げたとしても、すぐに要塞都市中がこいつ等に埋め尽くされてしまうやろ。
生命の危険に陥り反射的に発動していたSKILL『戦術眼』からの指示が、脳内に流れてくる。

―――――――戦術眼が安杏里に従えと告げてきた。

安杏里やと?
そや。それや!
うちには無敵の剣聖という心強い友がおることを忘れていたわ。
あの非常識魔人なら、こんな出鱈目な状況でもなんとか出来るはずや。
ほいで、あいつは一体どこにおるんや。

その時、頭上から安杏里が真横に着地をしてきた。
キタァァァァァ。
うちの絶体絶命のピンチに助けに、無敵の剣聖が現れてくれた!
うちのために有難う。
ホンマ、ええ奴なんやな。
理解不能な行動をする不思議ちゃんやけど、正真正銘の天使に見えてきたわ。
その安杏里が、うちの感情を逆撫でするクソ外道な言葉を言い放ってきた。

「真里伊。今すぐに正面の物体を掃討しなければなりません。転送してきて早々ではあり状況が飲み込めていないかもしれませんが、とりあえず何も考えることなく押し寄せてくるあの蜘蛛の大群へ『ホーミング爆撃』を命が続く限りぶっ放してやって下さい。」

おい、こら、待たんかい!
ここはお前が何とかするところやぞ!
お前の方が遥かに強いはずやろ。
そう。お前がうちを守らんかい!
マジでブチ切れるぞ!
そもそもやけどなぁ、『ホーミング爆撃』を撃てと言われても、ここからやと届かへんねん。

「安杏里。よう聞け。『ホーミング爆撃』の水平飛行距離の限界は10mなんや。その名のとおり、このスキルは基本として上から投下する攻撃や。ここからやとあの大群までは届かないっちゅうことや。」
「なるほど。標的の真上から爆撃すればよいわけですね。」
「その通りや。真上からなら爆撃をし放題や!」

安杏里の手が伸びてくる映像が、スローモーションのように見えていた。
ヤバい。これは絶対に駄目なパターンや。
今、うちはあかん言葉をゆうてしもうた。
心臓の鼓動が、加速して速くなっていく。
安杏里が何をしようとしているのか分かる。
————————この魔人。うちを蜘蛛の頭上へ放り投げ、そこから爆撃させるつもりやな。
無理、無理。
こんな大群、ホーミング爆撃ごときで滅ぼすことなど出来るはずがない。

安杏里から逃げなければならない状況であるが、蛇に睨まれた蛙のように動く事が出来ない。
うわぁぁぁぁぁ。
やめろぉぉぉぉ。
うちの襟が、安杏里に捕まれた。
抵抗することなく捕獲されてしまったのだ。
うちを放り投げないでくれ。
ここはうちを連れて逃げるのがベストの選択やぞ。
スローモーションのように放り投げられる映像が見えていた。

「うちを投げるんじゃない!」

抗議した時は、既に上へ放り投げられた後の状態であった。
何て酷いことをするんだ。
つい先ほど、絶体絶命のピンチに助けに来てくれた安杏里が天使の姿に見えてしまった自身に腹がたつ。
人生をやり直しできるなら、その記憶を無かったことにしたい。
クソォォォ。あいつ絶対に魔王だろ。

高さ20m程度ある地下1階層の天井ギリギリまで放り投げられたそこから見る景色は、まさに地獄絵図であった。
とんでもない量の蜘蛛の大群が、商店街を埋め尽くし、安杏里を飲み込もうとしている。
このままやと、うちはあの蜘蛛の渦に飲み込まれて終わってしまうだろう。
いいだろう。どうせ死ぬんや。お望みどおり『ホーミング爆撃』を撃ちまくってやろう。
―――――――うちはSKILL『ホーミング爆撃』を無限に連射する!

宣言と同時に全長10cm程度のミサイルが数百単位の数ほど現れた。
何や、この数は!
安杏里に太陽炉を復活してもらい完全体になって行った課長戦では、同時に10個体までしか『ホーミングミサイル』を精製する事が出来なかったはず。
生命の危険を感じとり、かけられていたリミッターが外れたんやろうか。
これは、うちが覚醒したってことなんか!
安杏里に放り投げられてしもうた時は死を覚悟したが、覚醒した今のうちなら生き残れるかもしれんぞ。
そうや。
今のうちなら出来る!
数百単位にうごめく蜘蛛達へ『ホーミング爆撃』が自由落下していく。
あの大群を焼き尽くせぇぇ!

——————蜘蛛の大群へ着弾を開始した。

蜘蛛達がその熱に簡単に焼け焦げ灰になる姿が見えていた。
蜘蛛を焼き尽くす未来を確信した。
だが、同時に死も予感した。
凄まじい熱量の爆風が舞い上がり迫ってきていたのだ。
やばい、予想外や。
ちょっと考えれば分かった事やったけど、このままやと熱風で、機械人形のうちはオーバーヒートしてしまう。
襲ってくる爆風をそのまま受けても天井に全身を叩きつけられ、木っ端微塵や。
自分で撃ったホーミング爆撃の爆風で死んでしまうって、一番駄目なやつやろ。
10個体までしかホーミング爆撃を精製出来ないようにリミッターが掛けられていたのは、うち自身を守るためやったんか。

死を悟り情報処理能力が飛躍的に上がっているせいか、スローモーションで炎が迫ってくる姿が見える。
生き延びる事を放棄した時である。
――――――――――――うちを殺そうと舞い上がってくる炎がパックリと割れた。
炎が切断されたのだ。
今度は何が起きたんや。
視界の端に入っている安杏里が何かをしとようだ。
19種族の剣聖が音速の遠距離斬撃を繰り出し、炎を斬り裂いたってことなんか。
YES。YES。YES。
あの遠距離斬撃で爆風を斬り裂くって、お前、どれだけ強いねん!
涼しい顔をしているようやでど、お前にとってこれくらい朝飯前のお茶の子さいさいなんか。
最高過ぎるやろ!
斬撃の走る線上に炎が続いて伸びていく。
ほぉう。
熱エネルギーさえも斬撃により飛ばしてくれたわけか。
更に安杏里から同時とも思えるタイミングで遠距離斬撃が繰り出されており、地下1階層に火柱が無数に走っていた。
まさに神技とはこのことやな。
気がつくと体が自由落下し始めていた。
落下地点では蜘蛛の軍団が燃える景色が見える。
あそこに落ちたら不味くないか。
気が付くと、そのうちを安杏里が空中でキャッチし、お姫様抱っこをしてくれていた。
助かった。

「真里伊。蜘蛛を焼き尽くして頂き、まいどおおきにです。」
「その下手くそな物真似はやめろや。」

お前。ホンマにどこまでも非常識な存在なんやな。
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