ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』

samishii kame

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第21話 ハガネちゃんと亜里亜

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吹抜けの窓ガラスから入ってくる白銀色の月が、玄関ホール内へ光を落としている。
白い塗壁には魔導の灯りが光り、奥へ続く廊下を照らしていた。
大邸宅と呼ぶにふさわしいほどの大きさがある玄関ホール内には、タキシード姿の正装した年配の紳士と、メイド服姿の20歳前後の女が膝を床へ付き頭を下げている。
森独特の澄んだ空気が流れ、夜ということもあり昼間のような蒸し暑さはない。
その時、玄関扉を何者かがノックしてきた。
外には機械兵しかいないはず。
武野里と名乗る紳士が緊張した面持ちで立ち上がってくると、機械兵は来たことを静かに告げてきた。


「華月様。機械兵達が来ました。屋敷内に招き入れますので姿を隠してください。」


紳士の隣にいるメイド服の女忍者からも緊張が伝わってくる。
何が起きているのか把握しかねるこの状況では、指示に従うべきところだろう。
『隠密』と『壁歩』を発動させながら吹抜けになっている壁を歩き始め、コウモリが吊り下がるように天井へ立っていた。
床を見ると、壁に配置された照明の灯りが玄関ホールを照らしている。

タキシード姿の紳士がゆっくり玄関扉を開くと、他と機体異の色が異なる『鋼色の小さな機械兵』が警戒なくゆっくりとした歩調で入ってきた。
庭園の中央に鎮座していたアダマンタイトで武装した5m級の機体の機械兵と同様に、この鋼色の機体も『レア種』であると推測できる。
鋼色の小さな機械兵からは、出迎えた年配の紳士に対して敵意はなく、そしてその存在を無視しているようだ。
自分の家のような振る舞いで遠慮することなく、勝手に奥の方へ歩いていく。
続けて2m級の機械兵が何かを抱えて屋敷内へ入ってきた。
1㎥程度はありそうな『金塊』を重そうに抱えている。
――――――――――事情は分かりかねるが、ここの住人と機械兵達とは共存しているように見受けられる。
抱えている金塊の使い道についても気になるところだ。
この廊下の奥には亜里亜の部屋があるはず。
そこに金塊を運ぼうとしているのかしら。
亜里亜を保護する目的で侵入してきたが、想定していた状況とあまりにも違いすぎる。

機械兵が奥へ進んでいく様子を黙って見ている年配の紳士と女忍者については、苦々しい表情を浮かべていた。
この2人に関しては機械兵達を歓迎していないように見受けられる。
何が一体どうなっているのかしら。
状況を確認するため、タキシード姿の紳士に目配せをしながら鋼色の子供機械が歩いていく後ろに続いた。
鋼色小さな機体が、スキル『隠密』を発動させて背後を歩く私には気が付いていない。
帝国へ侵攻を始めようとしている機械兵達に、金塊を貢がせているとでもいうのかしら。
鋼色の小さな機械兵は、迷いなく奥の部屋の前で足を止めると、扉にノックを始めた。
そして間髪入れることなく部屋の中から、私と同年代に見える女が歓喜の声を上げ飛び出してくる。
三条家からの依頼にて保護対象となっている『亜里亜』で間違いない。


「ハガネちゃん、待っていたよ!」


事前にスキル『真眼』にて確認済だが、亜里亜からは衰弱した様子が見られない。
不通にこの状況を考えると、機械兵達に屋敷内を占拠されて精神的に弱っているはず。
やはり何かがおかしい。
亜里亜は鋼色の小さな機械兵を抱きかかえると、満面の笑みをつくりながら頬ずりをし始めている。
癒し系の小動物のような扱いをしているようだ。
機械兵と共存しているというより、溺愛している感じだろうか。
一緒に付いてきていた2m級の機械兵が1㎥の金塊を床へ置くと、亜里亜が全く想定していなかった言葉を口にしてきた。


「いつものように、その金塊を『アダマンタイト』へ『錬金』したらいいのね。」


―――――――――――アダマンタイトに錬金するだと!
遠いむかし、葭ヶ谷家に使用出来る者がいたと聞いたことがある。
亜里亜は失われてしまったスキル『錬金』を使用できるとでもいうのか。
先祖返り。それは直接の両親でなく,それより遠い祖先の形質が子孫に突然に現れること。
失われたスキル『錬金』が復活していたとは、奇跡としかいいようがない。
亜里亜が抱えていた鋼色の小さな機械兵を床に置くと、渡された金塊へ何やら力をこめ始めた。
金塊が光を発し、形を変えていく。
『錬金』を発動させたようだ。
1㎥の金塊がみるみると小さくなっていき、手のひらにすっぽりと収まるくらいのサイズへ縮小している。
そこには黒鉄色の金属が姿をかえて現れていた。
————————それこそが地上世界に存在しないはずの金属、『アダマンタイト』。
その効果は『絶対回避』。
5ⅿ級の機械兵は亜里亜の錬金によりアダマンタイトを獲得し、人類を滅ぼす力を手に入れてしまっていたのだ。

動機は不明であるが、亜里亜がしている行為は、私にとってGOOD_JOBだ。
これで確実に機械兵討伐の神託が降りてくる。
そして機械兵達を地上世界へ招き入れた私にもGOOD_JOBだ。
調子にのって天空スキル隕石落としを発動させ、信仰心が下がってしまうかもしれない危機に陥ってしまっていたが、ここにきてとてつもない臨時ボーナスが転がり込んできた。
はい。私は大きく『ィヤッホー』と叫びたいです。

目の前では、手のひらサイズのアダマンタイトを亜里亜から受け取った鋼色の小さな機械兵が、満足気な様子で亜里亜へ可愛くお辞儀をしている。
そして2m級の機械兵を引き連れて来た道を走って戻り始めていく。
その様子を亜里亜は笑顔で手を振り見送っていた。
さて『神託』であるが、降りてくるにはまだ何かが足りないようだ。
亜里亜が機械兵に力を貸している『動機』を知る必要があるのだろうか。
ここは直接本人へ尋ねてみるのが最良の手段になるのかしら。
スキル『隠密』を解除して、亜里亜の目の前に姿を現した。
突然現れた私の姿を見た亜里亜は、目を見開き大きな声を出してきた。


「三華月様が何故ここに!」


私のことをよく知っているようだ。
鬼可愛い私は、何故か若い男達にはそれほど人気が無いが、若い女の子からは絶大な指示を集めている。
必要はないのかもしれないが、まずは名乗らせていただきます。
両手をお腹の前で重ねて、姿勢よく少し頭を下げてみせた。


「突然の訪問をし失礼します。聖女の三華月です。三条家から亜里亜様の保護をするように依頼を受けここに来ました。」


固まっていた亜里亜が慌てて深く頭を下げてきた。
それでは、機械兵との繋がりについて質問させてもらいます。
下げていた頭を戻し、真っすぐ亜里亜の瞳を見つめた。
スキル『真眼』の効果により黄金色に輝いている瞳には嘘は通用しない。


「先ほど亜里亜様が、鋼色の小さな機械兵へ錬金し渡していた金属の名前は『アダマンタイト』。この地上世界に存在しない物質です。その効果は『絶対回避』。機械兵達はその力を用いて人類を滅ぼすつもりです。つまり亜里亜様の行為は、人類と敵対する者を助ける行為となりますが、その認識はお持ちなのでしょうか。」


私の質問に、恐縮していた亜里亜の表情が真顔に戻った。
痛い事を言われたというより、素に戻ったという感じだ。
亜里亜は少し息を吐き不自然な笑顔をつくると、無理をしている感じがする高い声を出しながら返事をしてきた。


「はい。ご指摘のとおり、私は錬金しました。とてもハガネちゃんに喜んでもらいました。ハガネちゃん達は大嫌いな帝国貴族から私を守ってくれています。私も大好きなハガネちゃんに力を貸しているだけです。」


亜里亜の言葉には、本気と嘘が混じっている。
何故、嘘をつく必要があるのかしら。
どちらにしても、まだ神託が降りてくる様子はない。
一応であるが、私に保護を求める意志があるか確認はしておくべきだろう。


「先ほど申しましたが、私は亜里亜様を保護するためにここへ来ました。」
「私は機械兵達に護られております。三華月様に保護してもらう必要はありません。」


その口調からは強い敵意を感じる。
最も尊敬される聖女である私を、良く思っていないようであるが、それは重要ではない。
どうすれば神託が降りてくるかが問題なのだ。
なぜ神託が降りてこないのかしら。
どうやら手詰まりになってしまったようだ。
亜里亜を保護する必要は無くなったわけだし、ここから離れて再考するべきだろう。


「亜里亜様がここに残る事は承知しました。私は失礼させてもらいます。」
「三華月様。屋敷の外には機械兵達が溢れていますが、ここから無事に出ていくことができるのでしょうか。」
「お気遣い頂き有難うございます。機械兵達にはまだ私の存在を気づかれておりません。大丈夫だと思います。」
「いえいえ。もう機械兵達は三華月様の存在を把握していると思いますよ。」


今更ながらに、亜里亜が着ている服から別の気配を感じることに気が付いた。
――――――――――亜里亜は超小型の隠密タイプの機械兵を服に忍ばせていたのだ。
鋼色の小さな機械兵が自室へ来る事も認識していたようだし、何かの通信手段を用いていたと考える方が自然だった。
目の前の女はこれまでしていたつくり笑いと異なり、本当の満面の笑顔を浮かべていた。
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