ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』

samishii kame

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第50話 星運の雄姿

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真っ青な空に雲が流れている。
ここは、砂漠の都市の中央にあるホテルの建物に囲まれた裏庭。
太陽光は遮断され、一面が影になっていた。
最古のAIであるペンギンの手配により、この地区からの人払いは出来ている。

万里は満面の笑みを浮かべ、尻もちを付いている星運の首元へ刀を押し当てていた。
蛇が獲物を捕獲し、これからいたぶり殺すような舌なめずりをしている。
星運はというと、死を悟った蛙のように体を硬直させていた。
思いやりゲームで万里は勝利を確信し、聖運は敗北を悟ったからだ。

『思いやりゲーム』のルールは、カウントダウン開始後、10秒以内に助けたい者の名前を書くだけ。
もちろん自身の名前を書いても問題ない。
同じ名前が書かれていたら者が無罪となる。
1回戦では星運と万里は互いの名前を書くことはなかったが、それは当然の結果だ。
だが、この思いやりゲームには『必勝法』が存在する。
カウントダウンがゼロになるまでは何をしても自由。
相手を脅して、自身の名前を書かせればいいのだ。
それは、戦闘力が遙に高い万里に有利な内容なものであった。


「星運様。カウントダウンが開始されたらすぐに白紙用紙へ私の名前を書いて下さい。」
「嫌だと言ったらどうするつもりだ?」
「殺してくれた方がマシだと思うくらいの苦痛を星運様に与えてあげます。試してみますか。」


2回戦のカウントダウンはまだ開始されていない。
カウントダウンがゼロになるまでは、私は見て見ぬふりをする。
万里は星運へ強制的に自分の名前を用紙に書かせたらいいだけのこと。
星運を殺す宣言をした万里からは本当に実行するという気迫のようなものを感じる。
平気で同族殺しをしてきた者ならば、星運をいたぶり殺す行為に抵抗というものがないのだろう。
この状況下では、万里からの脅しを断るという選択肢はない。
案の定、星運は万里の提案に頷いた。


「分かった。万里の名前を書くから、俺に苦痛を与える事だけはやめてくれ!」


首に刀を押し当てられた星運は、目を見開き玉の汗をかいている。
女の目は三日月型に笑い、口角を釣り上げていた。
歓喜の顔というより、相手を見下し、汚い者を見る感情が混じっているようだ。
簡単に万里へ屈服してしまった星運はというと、地面に拳を叩きつけ、怒りをぶち撒けていた。


「クソ、クソ、クソ、糞詰まりじゃねぇか!」


星運の奴。を掛け合わせてくるとは、この土壇場にきて冴えてきているじゃないか。
そのネタは、あなたからの遺品として、今後私が使わせてもらいます。
こうなる展開を想定して星運には策を授けていたのであるが、その悔しがりようを見ていると、忘れてしまったのではないかと不安になってくる。
ヘタレのように見えて実は精神力が強いと見積りをしていたが、想定以上に馬鹿だったのだろうか。
これは、万里に神託を降ろす最後の策が崩壊してしまったのかもしれない。


「聖女様。2回戦のカウントダウンをお願いします。星運様。書いている文字が見えるようにしながら私の名前を書いて下さい。」
「分かったから絶対にその刀を振り下ろすなよ。」


頭上に浮かぶ電光掲示板の『10秒』の数字が動き始めた。
万里に頭上から覗き込まれている中、星運は「三華月の奴、俺を騙しやがって…」と呟きながら、白紙用紙にペンを走らせ始めている。
悪党属性とは、誰かを騙しても心が痛むようなことがないが、自身が騙されると異様に腹をたててくる。
自業自得という言葉を知らないのだ。
そして、蔑んだ笑いを浮かべていた万里は、星運が書いた名前の文字を確認すると刀を空へ突き上げた。


「私の無罪が確定したわ!」


更に万里は、奇声をあげながら力の限り星運を蹴飛ばすと、何かに取り憑かれたように「無罪、無罪、無罪。」と言葉を繰り返し、自身に渡された白紙用紙にペンを走らせた。
不意をつかれて腹を蹴飛ばされた星運はというと、地面に転がりゲボゲボとむせかえっている。
電光掲示板の数字が減っていく。
そして、カントダウンがゼロになった。
万里は歓喜の雄叫びを上げ、星運は芋虫のように地面に転がり死んだふりをしている。
ペンギンと四十九、そして水落は死んだ魚のような目をしながら成り行きを静観していた。
女が地面に転がっている男の姿を見てケラケラ笑っている。
二人が書いた用紙を受け取り書かれている名前を確認した。
それでは結果の発表をさせて頂きます。


————————星運1 万里1


結果を聞いた万里が絶叫した。


「どういう事だ!私は自分の名前を書いた。星運が私の名前を書いたのを確認した。おかしいしゃないか!」


予想どおりの反応をして有難うございます。
まず万里が書いた用紙を開いて見せると、当たり前であるが『万里』と書かれている。
問題は次だ。
星運から回収したクシャクシャになった白紙用紙を開き、怒り狂っている女へ見せた。


―――――――――――――万里の文字にが引かれ、横に『星運』の名前が書かれていた。


私は星運の雄姿に小さくガッツポーズをしていた。
私が49話で告げた『攻略法のヒント』を男は忘れていなかった。
この手の悪党は、とにかくずる賢くてそういうことに関しては知恵がまわる。
最後に万里に腹を蹴られて悶絶していた時には無理だと思ったが、あの状態になっても取り消し線を引いて自身の名前を書いてくる精神力と言いますか、そのクソ外道の根性はさすがと言えるだろう。
一瞬でも、星運あなたのことを疑ってしまったことに反省だな。
正面では万里が怒声を上げ、向こうでむせ返していた星運がムクリと体を起こしていた。


「取り消し線ってどういう事なんだ!」
「名前を書き間違えたので、書き直しただけの事じゃないか。」


クールに喋った星運の顔付きが徐々に歪み始め、ベロを限界まで下へ出しカラカラと笑い始めた。
良い映像だ。
人の汚い部分を全て曝け出している。
そして星運が、これでもかと言うような追い討ちをかけてきた。


「無罪に成れなくて残念でしたぁ。万里の名前を書くらいなら、10秒間どんな苦痛でも耐えてみせるぜ。いや、本当はそんな苦痛なんて耐えられないけどな。GYAHAHAHA!」
「書き直しなんて聞いてないぞ。認められるわけないだろ!」
「聖女様がさぁ。49話で『書き間違えたら書き直していい』って俺に教えてくれたんだよねぇ。」
「聖女ぉぉ!」


星運に挑発された万里が私に怒声を浴びせてきた。
ペンギンが足元で私へ駄目なものを見るような視線を送りため息をついている。
四十九が無表情で「狡猾。」と呟く声が聞こえてきた。
悪党は自分が陥れられると、異常に怒るという特徴がある。
有頂天になってからの急降下だし、余計に腹をたてているのだろう。


「何か誤解があるようですが、私はただ親切で『書き間違えた時の対応方法』を教えただけではないですか。」
「だから、星運にだけ教えている行為が、不公平だと言っているんだよ!」
「三華月様。万里から、視線、そらす。」


問答をしていると、突然背後にいた四十九から呟く声が聞こえてきた。
万里から視線をそらせだと?
それくらいしてもいいけど、何故視線をそらさなければならないのかしら。
四十九が更に呟いてきた。


「三華月様。そこで、口笛、吹く。」


今度は口笛を吹くのですか。
何をやらせようとしているのだろうか。
『♪(ホーホケキョ)』
足元にいたペンギンが再びため息をついている。


「三華月様。このタイミングで吹く口笛とは気まずい空気に耐えられなくなり、その流れを変えたい心境の時に行う仕草です。」
「指摘して頂いたとおり、気まずい時にする行動かもしれませんが、それが一体どうしたというのですか。」
「三華月様。何故、うぐいす。センス無い。マイナス100点満点。」 
「実際、三華月様は空気を読めないところがあるからな。」


四十九が首を振り、ペンギンが意味不明な駄目だしをしてきた。
口笛と言えばウグイスだろ。
とはいうものの、空気が読めないと言えば、そうなのかもしれない。
その時、万里がペンギンに対して私のとった行動は不当でないかと吠えてきた。


「おい、ペンギン。その聖女の行為は明らかに確信犯だろ。許していいのか!」
「そうだな。私も駄目だと思うが、三華月様のやる事だからな。諦めろ。」
「次だ。3回戦をやるぞ。」
「万里。勝手なことを言ってんじゃあねぇぞ。俺はやらないぞ。やるわけねぇだろ!」


両膝を地面に落とし声を絞り出してきた万里に、星運が大きな声で吐き捨てた。
鬼の形相を浮かべている万里を見て、星運は嬉しそうにしている。
相手が弱ったり怒ったりする姿を見て元気になっていくのは、悪党の特徴だからな。
『思いやりゲーム』はここで終了した。


「それでは、お互いを思いやることができなかった2人には、『ジャッジメント』で下った裁定のとおり、『無限回廊送り』とさせて頂きます。ペンギンさんが用意しました黒金色の手錠『プロテクトハート』を装着して下さい。」
「聖女様。もし、その黒金色の手錠を装着しなかったら、俺はどうなるんですか?」
「もちろん『思いやりゲーム』の3回戦に強制参加してもらいます。まさに、行くも戻るも地獄なわけですよ。」
「それって、手錠をはめるしかないじゃないか!」


星運は心を決めたようだ。
万里はというと、両膝を地面につき泣いていた。
私の横でペンギンから終わりを告げる言葉が聞こえてくる。


「これで茶番劇も終わりですね。」
「いえいえ。まだ終わりません。私の想定では最後に劇的なドラマが待っているはずですから。」


2人には『無限回廊送り』が確定してしまったわけであるが、最後の最後まであがくのが悪党のもう一つの特徴なのだ。
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