ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』

第82話 クソ迷惑な女のモフモフ

青い空に白い雲が重たそうに浮かんでいる。
一面に広がる草原地帯に吹く風が湿気ており、まもなくポツリポツリと雨が降ってきそうだ。
羊の鳴き声と風の音だけが聞こえてくる。
一両編成の次元列車は、羊の群れに囲まれて立ち往生をし、身動きがとれなくなり約１時間が経過していた。
周りを囲み動かない羊にしびれを切らした次元列車がクラクションを鳴らし始めているものの、何ともペランペランな音で迫力がない。
羊達の声の方がよく聞こえてくる。
更に次元列車は言葉が通じない羊に対して、自身から離れるように無駄な訴えをしていた。


「羊さん達。僕は早く三華月様をＳ王国へ連れていき、異世界から転移してきた佐藤翔を救わなければならないのです。そろそろ周りから動いてもらえませんか。」


はい、動きませんよ。
だって、私が羊に『死にたくなければ草原を走るポンコツ電車を包囲して身動き出来なくして下さい』とお願いしましたから。
私は、魔物と会話が出来、地上世界の動物と意思疎通が図れるのだ。
この能力は、痛い子と思われないように気をつけていれば、それなりに使えるようだ。
私のお願いに、命懸けで応えようとしている羊に次元列車が揺らされていた。


「三華月様。羊達を何とかしてもらえないでしょうか。」
「羊さん達にも、何かのっぴきならない事情があるかもしれませんし、私達の方も急ぐ旅でも無いので、動いてくれるまで気長に待つことにしましょう。」


のっぴきならない事情とは私にラム肉にされないためなのだけどな。
次元列車は佐藤翔をこちらの世界で更生させてから地上世界に帰すべきであるという私の提案を受け入れてくれたのだが、とりあえず安全を確保するためにＳ王国に向かっていた。
もちろん、私に佐藤翔を更生させるつもりは無いので、羊を使って次元列車を足止めさせているのだ。
Ｓ王国の崩壊をとめる神託は終えてしまったが、チートスキルを使用しＳ王国の経済を無茶苦茶にして金を稼ぎまくっていた佐藤翔には、すぐにハイエナ達が群がってくる。
蛆虫とはどこからともかく湧いてくる属性を持っているのだから。
時間稼ぎが出来れば、佐藤翔は私の望みどおり復活してくれるはず。
私はこの草原で、ただゆっくりと過ごしていればいいだけなのだ。

車内には、空を周回する衛星達からリアルタイムで送られてくるＳ王国内の立体フォログラム映像が映しだされている。
穏やかな気持ちで映像を眺めていると、私の知っている者の姿があった。
———————帝国の教会にいるはずの聖女藍倫だ。


「あら。何故、藍倫がＳ王国にいるのかしら。」
「佐藤翔を捕縛するためにＳ王国が帝国に応援を要請し、教会が聖女藍倫様を派遣したようです。」


何気なく口にした言葉に、次元列車が答えてくれた。
藍倫とは、１５才の若さで聖女になった鬼才女で、教会の将来と世界の未来を担う逸材中の逸材の聖女だ。
優秀な聖女ではあるが、何故か私の思惑と違う事ばかりする厄介な存在でもある。
ハイエナ達が佐藤翔へ既に接触を図っているようであるが、奴等ごときに藍倫達を止められるはずがない。
藍倫事態ほＡ級相当の実力を持っている。厄介なのは、地上世界では私に次ぐ実力を持っている超Ｓ級の死霊アンデッド王を護衛の方だ。
帝国もとんでもない奴等をよこしてきたものだ。
藍倫達を放置しておけば佐藤翔は確実に捕縛されてしまうだろう。
世界を滅ぼす力を持つ奴を始末できるのは、私をおいて他にいない。
死霊アンデッド王は、信仰心を稼ぐ対象とならなかったため野放しにしておいたが、こんなところで弊害になろうとは。
今更ながらではあるが、ここで始末させてもらいましょう。

だが問題がある。
そう、奴の『千里眼』が厄介だ。
２０００ｋｍ離れたこの草原地帯からから狙撃することが出来るものの、見えないものを捕らえることができる『千里眼』に補足されてしまうに違いない。
そう。奴を仕留めるには、『ロックオン』を刻みこみ『転移』を利用し、０秒で狙撃しなければならない。
どうしたものかしら。
うむ。死霊王へ『ロックオン』を刻む手段に、あいつを使ってみようかしら。
ひときわ大きな魔石を出すと次元列車が早速反応をしてきた。


「手のひらにあるそれは、もしかして魔石でしょうか。」
「はい。これは、Ｓ級相当の魔物からドロップしたものです。」
「もしかしてそれは、以前帝国で大虐殺をしていた魔獣の魔石ではありませんか。」
「よく分かりましたね。指摘されたとおり、これは黒猫の黒ちゃんと呼ばれている魔獣の魔石です。」
「三華月様。そんなものを持ち出して、また何か良からぬことを考えているのではないでしょうね。」


おもいっきり怪しんでおるようだ。
また良からぬこととは、なかなか鋭い奴だ。
魔石には、ドロップされてくる魔物の設計図が記憶されており、次元列車はそれを読み取ったのだ。
大きさにすると２ｃｍ程度、真っ赤に輝いている。


「これから次元列車さんの力を借りて、黒猫の黒ちゃんを復活させようと思います。」


黒猫の黒ちゃんとは、以前この世界に召喚されてきたクソ迷惑なビーストテイマーの女が、飼っていた魔物につけていた名前である。
以前、そのクソ迷惑なビーストテイマーの女は、帝国では英雄的な存在になっていた。
黒猫のモフモフが気持ちいいと言って可愛いがっていた黒ちゃんは、女の障害になる者を暗殺していた凶悪な魔獣だったのだ。
逆らう者は殺されてしまうと評判がたち、周りの全てが協力的となり、やること全てがうまくいく。
クソ迷惑なビーストテイマーの女は一大勢力を築くようになっていったのであるが、私が黒猫の黒チャンを討伐したとたん、波が引くように周りから人が離れ、犯罪者として牢獄送りにされてしまったのだ。
私は黒猫の黒ちゃんに関する設計図を持っており、処刑した前の状態に復活させるノウハウがある。
数秒もあれば元の姿に組み立てられるのだが、足りないものがあるため、それを次元列車から頂けないかお願いをしてみた。


「次元列車さん。黒猫の黒ちゃんを復活させるために必要なエネルギーを少し分けてもらえないでしょうか。」
「何のためにその魔獣を復活させるのですか？」


何のためって、それはもちろん私のために決まっているではありませんか。