ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』

samishii kame

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第85話 温泉をつくりたがる召喚者達

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遠くにいた雲が太陽を覆いはじめている。
湿った風が強く吹き草原地帯の揺れる草の音が騒がしく、そろそろ降ってきそうな気配だ。
囲まれていた羊の姿は消えている。
路面電車を改造して造られた一両編成の列車は、F美がいる帝国へ向け時速20kmの速度で走っているところ、次元列車を調べていく過程で、特級仕様が実装されていることに気がついた。
速く走ろうと思えば出来るはず。
何故、特級仕様を使用してくれないのかしら。


「次元列車さん。1つ質問があるのですが、伺ってもよろしいでしょうか。」
「また質問ですか。聞きたくありません。」
「ううん。人の話しを聞きたくないという思考は改めた方がいいですよ。」
「説教ならやめて下さい。僕は三華月様と違い、駄目な隠キャなんですよ。」
「説教ではないので大丈夫です。安心して下さい。」
「はぁぁ。陽キャの人って、絶対に隠キャの話しとかお願いを聞かないですよね。」
「私は陽キャではありませんよ。」
「やはり僕の言う事は無視して、何がなんでも喋るつもりなのですね。分かりました。話しを伺います。」
「有難うございます。伺いたいことと言うのは、この列車に実装されているという特急仕様についてです。」
「聞きたいこととは、特急仕様のことでしたか。その仕様に切り替えれば、時速300km程度の速さで走行することが可能となります。それがどうかしたのでしょうか。」
「はい。そと特急仕様で帝都へ走って貰えないでしょうか。」
「それは構いませんが、『特急券』が必要になります。三華月様はその特急券をお持ちなのですか?」


特急券が必要だと。
もちろんそんな物は持っていない。
速く走ることが出来るのに、訳の分からない理由を並べてくる次元列車へ苛ついてきた。
つべこべ言わないでその特急モードで走行してくださいよ。
だが、次元列車を刺激してしまうと、面倒くさいことになるものと予想がつく。
一応、その『特急券』について、世界の記憶『アーカイブ』にて調べてみるか。
ふむふむ。
特級券とは、特級列車を利用する際に購入する紙片、もしくはそれに準ずる証明書のことで、改札口、車掌等から購入できる。


「承知しました。次元列車さん。それでは、車掌さんから特級券を購入しようと思います。」
「三華月様。見てのとおり、この列車には車掌はおりませんよ。」
「それくらい見れば分かります。はい。私が車掌の代役をやらせてもらいます。」
「え。三華月様が車掌の代役をするって、どう言う事ですか。」
「だから、その言葉のとおり、私が車掌の代役をすると言っているではないですか。」
「車掌とは、円滑な旅客・貨物輸送の確保にあたる乗務員のことです。」
「はい。理解しています。」
「あのですね。そんなふざけた衣装を着て、車掌の仕事は出来ませんよ!」
「私の衣装が気にいらないとは。もしかして、次元列車さんは制服フェチなのですか?」


コスプレは、鬼可愛い女の子ならではの宿命みたいなものだ。
暗黒物質ダークマターで精製した聖衣を変形させれば、簡単に制服をつくることが出来る。
やはり、制服と言えばミニスカAnd絶対領域が定番なってくるのかしら。
次元列車が突然、低く尖った声で怒りを表してきた。


「三華月様。車掌の仕事を舐めていますよね。」
「舐めているわけではありませんが、車掌の制服について知識がないのは確かです。」
「車掌の制服って。三華月様は一体何の話しをしているのですか。」
「もちろん私が車掌の姿にコスプレする話しです。」
「だから、何で三華月様がコスプレをする話しをしているのでしょうか。僕は車掌の仕事は大変であると言いたいのです。」


もしかして、話しが行き違っているのだろうか。
私が鬼可愛い聖女である話しはどこに行ってしまったのかしら。
何だか嫌な予感がする。
その次元列車が、車掌あるあるの話しをしてきた。


「ダイヤが乱れた際に、車掌が乗車していた者からのクレーム対応に嫌気がさして、制服を脱ぎ捨て、そして電車から飛び降りてしまった話しをご存知ですか。」
「もちろん知りません。そもそもこの世界では電車という乗り物はあなた以外に存在しないではないですか。」
「僕が言いたいのは、それくらい車掌という仕事は大変だってことなのですよ!」


話しの意図がよく分からい例え話しを聞かされてしまった。
つまり結局のところ、私が車掌服を着る必要がないということか。
これ以上、話しをするのも面倒なので、特急券は購入していないが、勝手に特級仕様に切り替えて走行してもらいます。
そう。私は既に次元列車のコントロールを掌握しているのだ。
次元列車の承諾なしに操作を開始していると、また訳の分からないことを言ってきた。


「僕に悪戯をするのは、やめてください!」





平均時速300kmで次元列車が走り始めると、30分ほどで帝国首都へ到着した。
空には雲が広がり、空気が湿っていた。
まもなく帝都にも雨が降ってくるだろう。
街中に進入すると、次元列車は障害物を避けながら時速20kmで走っていた。
車内へは子供達が勝手に乗り込んできており、ぎゅうぎゅう詰めになっている。
次元列車から、再びわけの分からないあるある話しが聞こえてきた。


「乗車率が160%を超えてしまうと、車内で身動きが出来なくなります。知らない人と向い合ったままの状態になってしまったら、気まずい気持ちになってしまうので注意して下さい。」


今の状態の乗車率がどれくらいか分からないが、気まずいという心配より、子供達が暴れまわって怪我をしないのかが不安なのだが。
注意を促すくらいなら、乗車率が上がらないように調整してほしいものだ。
なんやかんやで次元列車は、無事にF美がいる教会へ到着した。
帝国の教会は、教国に次いで大きな建物で、中央通りに面した帝国最大の広場に中に建っている。
最大2000人が収容できる礼拝堂があり、シンメトリーな美しいレンガ造りの建物だ。
列車から下車し、神官の案内でF美が生活している部屋の前に立ち、扉へノックをした。


「F美さん、入りますよ。」


F美はベッドにうつ伏せの状態になりながら泣いていた。
可愛いがっていたモフモフの黒ちゃんが、知らないところで女子供を殺しまくっていたという真実を知ってしまい、ショックをうけてしまったのだろう。
取り返しのつかない事態に発展していないようで安心しました。
F美へ、これからについての話しを開始した。


「F美さん。ご無沙汰しております。」
「…。」
「異世界を航行することが出来る次元列車という乗り物を連れてきましたので、F美さんを元の世界へお返しさせて頂きます。」
「私を元の世界へ帰してくれるのですか。」


泣いていたF美がようやく顔を上げた。
その目は赤くはれている。
だが、暗い表情は変わっていない。
F美が絞り出すように途切れ途切れに言葉を口にした。


「黒ちゃんが、多くの者を殺していたのは本当なのでしょうか。」
「本当のことです。」
「…。」
「黒ちゃんが殺してしまった者達については、全員私が復活させますので安心して下さい。」
「え。三華月さんは死んだ人を復活させる事が出来るのでしょうか。」
「はい、私は最も神格が高い聖女ですから。実際に黒ちゃんも復活させたのは御存知の通りです。」


F美は、悪夢から目を覚ましたようにガバッとベッドから起き上がった。
実際のところは、私でも死者の復活は許されていない。
地上世界でそれを行う者は、ネクロマンサーと呼ばれており、復活する者は死霊となってしまう。
魔獣を復活させる事が出来たのは核となる魔石を獲得しており、世界の記憶『アーカイブ』にその方法が記されていたため。
少し前向きな気持ちになることができたF美を、次元列車へ乗せ、AIへこちらのことは心配しないように伝えていた。


「次元列車さん。F美さんを元の世界の自宅まで送ってください。私は佐藤翔の安全を確保するためにS王国へ向かいますので、急いでこちらに戻ってくる必要はありません。重ねて言いますが、急ぐことなく、安全にF美さんを送り届けてください。」




帝都の空が曇天に変わりポツリポツリと雨が落ち始めている。
教会に寄った際、少し気になる情報を拾っていた。
数日前、S王国で異世界からの召喚された男が帝都にやってきて、『温泉』事業を開くため資金を調達するべく、帝都内を駆けずりまわっているという話しを聞いていたのだ。
佐藤翔と一緒に召喚されてきた者かもしれない。
それにしても、何故、異世界から召喚されてきた者達は毎度『温泉』を造りたがるのだろうか。
その全ての者が資金回収計画をたてられない者達ばかりであり、誰も相手にしないはずなのだが、今回はとある貴族が融資を申し出たとの情報を得ていた。
過去の事例によると、温泉をつくりたがる召喚者に貴族が資金を出してしまった場合、事業が失敗し、奴隷堕ちしてしまうのが既定のルートだ。
元の世界で事業計画をした経験がないポンコツが、この世界で成功するはずがないのが現実なのだから。
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