ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』

samishii kame

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第94話　脅しには屈しない

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Ｓ王国から約８ｋｍ離れた位置にある森の中。
木々を器用に避けながら蛇行し延びていくレールの上を次元列車がゆっくりと走っていた。
開いた窓からは、鳥の声が聞こえ、心地よい香りが入ってくる。
高い位置にある太陽の陽射しは成熟しきった木々達に遮られ、地面までは届いていない。

運命の矢を藍倫へ試し撃ちをした後、続けて『ＳＫＩＬＬ_ＶＩＲＵＳ』を込めた運命の矢を天空へ向けて撃ち放った。
車内に浮かび上がっている立体フォログラムに映る佐藤翔までの着弾時間は３０秒。
無回転で発射された矢が最高到達地点に達していく。
その後は、風に揺られながら自由落下をしていくといった感じだ。
大気圏外を回っている衛星から送られてくるデータを元に作成されたフォログラムに映っている佐藤翔へ、運命の矢が落ちていった。
未来視で見たとおり、ロン毛に緩んだ体型をした男に着弾する映像を視認した。
遅れて手応えが伝わってくる。
佐藤翔が獲得したチートスキルの崩壊が始まった瞬間だ。
突き刺さった矢は、着弾と同時に消滅させるようにしている。
その痛みは注射針を刺された程度にチクリとするが直ぐに消えていくので、本人へのダメージは残らない。
フォログラムに映っている佐藤翔は着弾地点に少し痛みが走ったようであるが、矢が刺さった場所を手で押さえた後、何ごとも無かったような顔をしていた。
ここまでは想定どおり。

それでは、次のフェーズとなるＳ王国首都での作戦に移行させてもらいます。
これから１５分後には森を抜けるだろう。
どういう理屈なのか不明であるが、次元列車が進む先にはレールが現れていく。
そう。このまま順調にいけば、佐藤翔がいる建物までＳ王国首都内の街中にレールが出現するのだ。
佐藤翔を食い物にしようと群がるハイエナ達が、そのレールを見ると不審に思うはず。
そこに次元列車が登場すると、何かが起きるものと予想される。
その混乱に乗じて、スイカカップ杯が開催されるという競馬場を破壊させてもらうことに致しましょう。
窓越しからゆっくり流れていく景色を眺め、これから起きると考えられるシュミレーションをたてていると、次元列車が何か思いついたようで質問を求めてきた。

「三華月様。気になる事があるのですが質問をしてもよろしいでしょうか。」
「構いませんが、面倒くさいうんちくの類なら、聞きたくありませんよ。」
「気が合いますね。僕も面倒くさい話しは嫌いなので、その心配はいらないと思います。」
「…。」
「質問というのは、今しがた三華月様に撃ち込まれたＳＫＩＬＬ_ＶＩＲＵＳの効果により、佐藤翔のチート級スキルが崩壊し始めたはずですよね。」
「はい。７日後には完全消滅します。」
「そうだとしたら、佐藤翔に群がるハイエナ達にとって、彼は金のなる木で無くなったことになるのではありませんか。」
「はい。佐藤翔は、ハイエナ達からすると何の魅力もないガラクタになると考えて問題ありません。」
「そうだとしたら、ハイエナ達が佐藤翔へ群がる理由が無くなったことに繋がるのではないでしょうか。」
「そのとおりです。」
「三華月様。今すぐに佐藤翔を助けに行かなくても、放っておいたらハイエナ達が佐藤翔の周りから自然に去っていくのではないでしょうか。」
「次元列車さんか、何が言いたいのですか。」
「つまり、今すぐ佐藤翔を助けに行かなくても良いのではないかと思ったのです。」
「その考えは誤っております。彼は命の危険に晒されております。急いで助けなければならない状況下にあります。」
「何故ですか。ハイエナ達との戦闘を行うよりも、平和な状況を見計らって佐藤翔へアプローチするべきだと考えます。危険を犯すより安全にいきましょう。列車運行は安全が第一です。」

安全を最重要として運行する考えについては異論ない。
何か事が起きてからでは遅いからな。
そう。もう一度言うが、何が起きてからでは遅いのだ。
安全第一の観点からすると、急いで佐藤翔からハイエナ達を引き剥がさなければならない。

「逆に次元列車さんへ質問です。次元列車あなたの言う安全第一とは誰に対してのものなのでしょうか。佐藤翔ですか、それとも自身ですか。」
「安全第一は、私に乗車しているお客様に対してのものです。」
「もう一度言いますが、佐藤翔には危険が迫っています。彼の安全を考えるなら、悠長にしている時間はありません。」
「どういうことでしょう。何故、佐藤翔へ危険が迫っているのですか。」
「現在進行形でチート級スキルの破壊が進んでいる佐藤翔は、いずれボンクラ以下の存在になってしまいます。」
「はい。利用価値が無くなるものと思います。」
「その事実を金に群がるハイエナ達が知った時、気持ちよく佐藤翔の元から離れていってくれるものでしょうか。」
「それは難しいかもしれません。」
「利用価値が無くなってしまった男は危険な状況に陥る可能性が高いと考えられます。何か起こった後では遅いのではないでしょうか。」
「…。」
「お客様の安全は第一に考えなければならないではありませんか。」
「三華月様。生意気を言うようですが、佐藤翔は、まだ僕の乗客ではありません。僕が言う安全は、乗車しているお客様のためのものなんです。だから、僕を見逃して下さい。まだ僕は社会復帰して間もない引きこもりなんです。」
「何を屁理屈を並べているのですか。佐藤翔を助ける事が出来なければ、次元列車あなたはただのガラクタですよ。」
「何でそんなことを酷いことを言うのです。三華月様は鬼です。悪魔です。」
「そうですか。何でしたら、今すぐに鬼の私が正真正銘のガラクタにしてあげましょうか？」
「何で僕が破壊されなければならないのですか。ぼ、僕は脅しには屈しませんよ！」

話しをおかしな方向へ脱線させてしまった。
これ以上の会話は不要だし、面倒くさくなってきた。
次元列車のコントロールについては私の支配下にある。
ＡＩの意思は無視して佐藤翔の元までノーストップで走らせればいいだけのこと。
――――――次元列車を支配下におこうとした時である。突然列車が急停車をした。

「三華月様。軍隊に進行方向の線路を塞がれてしまいました！」

軍隊が線路を塞いでいるだと。
窓から頭を出し覗いてみると、次元列車が敷いたレールの上で、Ｓ王国の軍人達が横一列に並び、両手を広げて先に通さないようにしていた。
何事かは不明であるが、面倒な奴等が増殖したということで間違いないだろう。

「三華月様。また何かやらかしちゃったのでしょうか！」

次元列車が意味不明なことを言っている。
私が大迷惑な聖女みたいな言い回しであるが、やらかす女ではないし、またという言葉にも引っかかる。
…。
でもまぁ、完全否定は出来ないか。
線路を塞いでいるＳ王国の軍人達と話しをして、誤解があるようならそれを解けばよし。
邪魔なら排除するまでのことだ。
次元列車を停車させて、軍人達と話しをするために扉から外へ出ることにした。

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