ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』

samishii kame

文字の大きさ
106 / 142

第106話 世界を総べる調和者とは

しおりを挟む
暖かい海面へ細い雨が落ち、白い霧が上がり始めていた。
太陽の光は厚い雲に遮られ、あたりは夜のように暗い。
浮島は波に揺られ続けており、廃材の継ぎ接ぎ部から慢性的に擬音が聞こえてくる。
目の前にいる小柄で目立たない容姿をした青年が雄叫びを上げていた。
その男の名は緋色。
スキル『フロート』の効果でこの浮島を造った男だ。
瞳には力が宿っており、顔は自身に満ち溢れたものに戻っている。
そして、私が繰り出した一撃にて絶滅したイムセティの姿は消えていた。
二人はを行い、緋色は自信を取り戻す何かをイムセティから得てしまったのだろうか。
努力無しに他人から貰ったものは本物の自信になる事はない。
努力や苦痛を積み重ねて獲得しなければ、その自信は簡単に崩れてしまうものだからだ。
薄っぺらな自信を取り戻してしまった緋色は私へ視線を重ねてくると、笑顔を浮かべ、こちらへ片手を差し出してきた。


「聖女さん。俺は新たな力を手に入れました。これから地上世界へ帰還して、世界を総べる調和者になろうと思います。どうか、この俺を支えてもらえませんか。」


世界の調和者って何ですか。
俺の力になってほしいって、結局のところ私をハーレム嬢の1人に加えてたいだけとしか聞こえてこない。
このクズには制裁鉄拳が必要そうだ。
このまま生かしても、ろくでもないことをしそうでない。
絶滅したイムセティから獲得した何かがあるのなら、『SKILL_VIRUS』でその全てを破壊するべきところだ。
緋色へ距離を詰めようとしたところ、静止を促すようにペンギンが首を左右に振りながらふくらはぎを叩いてきて、口パクをしてきた。


≪三華月様。緋色は三流神に『俺と取引がしたいのか』と言っておりました。おそらく彼の心臓には契約の鎖が巻かれているのではないかと予想します。≫
≪なるほど。確かに契約の鎖があの男の心臓に巻かれている確率が高いかもしれないか。≫
≪はい。そうだとすると、契約の鎖を消滅させる前にイムセティから貰った力を破壊すると、契約不履で緋色が死亡してしまいます。≫
≪まずは黒金色の手錠プロテクトハートを装備させなければならないわけということですか。≫
≪まずは緋色の誘いに乗るふりをしながら、その取引について出来るだけ情報を引き出してください。≫


ペンギンの判断は冷静なのだろうが、緋色の誘いとは、私を嫁にスカウトしてきた行為のこと。
私は嫁になることを検討するふりをしなければならないのかよ。
凄く嫌だけど仕方がない。
これも同族殺しを回避するため。
とりあえず、イムセティと行ったという取引の内容について聞き出すことにしましょう。


「魅力的なお誘いをして頂き有難うございます。」
「聖女さん。お、俺の嫁になることを前向きに検討してもらえると言っているのですか!」


緋色の目が血走っている。
私の言葉が前向きなものと受け取られたようだ。
魅力的な誘いという言葉が誤解を招いてしまったのかもしれない。
ここは、やんわりと否定したいところではあるが、ペンギンがギロリと睨んできていた。
あれは、感情を捨てて話しを合わせろと訴えているのだろう。
はいはい。さようでございますか。
まぁこれも信仰心のため。
話しを進めさせてもらいますよ。


「緋色さん。返事をする前に質問があります。」
「俺に質問ですか。もちろんです。何でも聞いてください。」
「先ほど『俺と取引がしたいのか』と言っている声が聞こえてきました。誰と契約行為をされたのか、教えて貰えないでしょうか。」
「はい。俺はこの鍵で『ラーの軍船』というものを呼ぶ力を手に入れました。聖女さん。俺に期待して下さい。」


緋色は笑顔で、手を広げて握りしめていた『金色の鍵』をこちらに見せてきた。
ラーの軍船とは、異界の太陽神が天空や冥界を航行していた際に利用していた太陽の船のことを指す代物だ。
その軍船とやらを呼び出して、地上世界へ戻るつもりなのだろうか。
足元にいるペンギンへ視線を移すと、緋色に聞かれないように口パクにてラーの軍船についての見解を話し始めてきた。


≪ラーの軍船とは天空神が神々の戦いに使用していた船のことです。だが、実際は天空神の力が無ければ動かすことが出来ないはず。そんなガラクタなど、呼ばれたとしても何ら問題無しであると推測します。≫


ペンギンの言う通り、何ら問題無しだったら良いのだが。
私の最優先事項は、緋色を含めた漂流者達の命を救うこと。
金色の鍵を破壊したいところであるが、ペンギンの読み通り、奴の心臓には『契約の鎖』が巻かれているだろう。
金色の鍵を破壊してしまうと、契約不履行により、緋色が死んでしまう可能性が高い。
目の前に立つ月並みな容姿をした男を見つめていると、何か勘違いしたようで、突然、とんでもない言葉を口にしてきた。


「聖女さん。俺をそんなに見つめないで下さい。勘違いしてしまうじゃないですか。いや。勘違いじゃないかもしれないですよね。」
≪勘違いだろ。≫
「俺の嫁になってくれたら、絶対、大切にします。今すぐに返事はしなくてもいいので、真剣に考えて下さい。俺は聖女さんの為に、一所懸命に頑張ります。」


緋色が両手を広げて喜びを爆発させている。
心理学では、7秒以上の視線の交差は愛情の表れだといわれる。
つまり、私が間際らしいことをしてしまったことになるのどろうか。
とはいうものの、嫁になってほしいと言われ、とても気分が悪い。
足元にいるペンギンを見ると、何かアイコンタクトを送ってきている。
緋色に対し、相槌でもうっておけと言っているのだろうか。
はいはい。
信仰心が下がるわけでもないので、それくらいでしたら、やらせてもらいますよ。


「緋色さん。嫁の話しは考えさせて下さい。」
「はい。じっくり考えて下さい。でも、これだけは分かって下さい。俺は本気なんです。」


真剣な眼差しで、無意味に圧を送ってきている。
本気とは、私を嫁にしたいという言葉を指しているのだろうか。
きっと、この男は自分好みの容姿をした女性へ手当たり次第に声をかけていくのだろうな。
緋色のように軽い者は、気に入らなければすぐにポイ捨てすると容易に想像がつく。
物語が進行するにつれ、ハーレム嬢が増えていき、古参のハーレム嬢が空気のような扱いになる現象と同じである。
それはいいとして、問題は緋色の扱いについてだ。
判断するにしても、ペンギンからの言葉のとおり情報がほしい。


「緋色さん。もう一度確認しますが、先ほど『俺と取引したいのか?』という言葉が聞こえてきましたが、誰と話していたのか教えてもらえないでしょうか。」
「死にかけていた鳥の姿をしたイムセティという奴です。」
「それで、そのイムセティという者から何を言われたのですか?」
「『力が欲しいか。欲しいのならくれてやる。ラーの軍船を使えば、外洋にいる海王生物の群れを突破し、地上世界に戻れるぞ。』と俺に言ってきたんですよ。」


ペンギンは、天空神ホルスの力が無ければラーの軍船はガラクタだと言っていた。
だが、緋色の『フロート』の効果を利用すれば、とりあえず動かすことが出来るということか。
あいつの目的は、もちろん天空神の復活。
そして私の目的は、緋色を含めた漂流者達が死ぬことなく地上世界へ帰すこと。
そう。天空神が復活しようとも、漂流者達全員が無事に地上世界へ帰すことが出来れば、それでいい。
ラーの軍船がどの程度のものかは分からないが、利用できるならそれで問題ないだろう。


――――――――――気が付くと緋色は雨が降る空へ両手を広げて、金色の鍵をかざしていた。


何も考えなしに『ラーの軍船』とやらを呼んでしまったのか!
嫌な予感がする。
突然、浮島が大きく揺れ始めた。
揺れていると言うより動いている。
身の危険を感じ、条件反射的に足元にいたペンギンを両手で抱きかかえて、緋色から距離をとるため、後方へ跳躍した。
細い雨が降る中、周りを見渡すと、浮島が生き物のように動き、継ぎ接ぎしているガラクタが擦れる擬音が聞こえてくる。
抱きかかえているペンギンが、一旦状況の確認をするべきだと訴えてきた。


「三華月様。いったんポラリスへ退避し、状況を確認してから対策をたてましょう。」
「ですが、この浮島には気を失ったままの漂流者達が残っています。」
「漂流者達を助けるにしても、現状況下では対策のたてようがありません。」
「承知しました。ペンギンさんからの提案の通り、いったんポラリスへ移動する事にし、情報を集め、整理することにしましょう。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

処理中です...