上 下
4 / 19

王を隠せ

しおりを挟む


「セイル様! いらっしゃいますか?」
「なんだ?」

「そちらにもしかしてソロ王はいらっしゃいますか? 侍従の方が探しておりまして……」


「ーーーーえ?」

 私は横目でソロを見やった。
 するとソロは慌てたように席を立ち、何かを釈明するかのように私の目の前で大袈裟に手を振り始める。
 私は首を傾げながら「まさか誰にも言わずにこの部屋へ来たの?」と声なき声でソロに告げる。
 まさかそんな訳があるわけないだろうーーそんな拗ねた返事を期待していたのだが、ソロは急に萎れたように首を縦に振った。

「はっ!?」
 この世界でも指折りの心広さを持つシェバの王女でも苛立ちは隠せなかった。

 この異国の地にて、シェバの王女の部屋に、王が誰にも告げずに1人で来た。
 これを密会と呼ばずしてなんと呼ぶ。
 いや、密会で済むならまだいいだろう。ここはエレムで、私を悪者に仕立て上げることもできる。
 私がソロの暗殺を企てただなんて、そんな噂が流れる事も有り得るのだ。
 ーーまんまと嵌められたと思った。

 相変わらずソロは、私の苛立ちを見て水を失った魚のようにあたふたするばかりで解決策も出さない。

「ソロは女たらしという噂があるから気を付けなさい。ーー間違っても変な男に引っかかってはならない」
 シェバの王である父の声がこだまする。
 アビドは父の腹心だ。彼は私が父に伝えるなと言っても絶対に密かに伝える奴だ。
 ソロとの間には何も無いが、もしこの事が父に伝わればーー想像しただけでも恐ろしかった。

「セイル様? 大丈夫ですか? いらっしゃいますか?」
 追い打ちをかけるようにアビドの柔らかい声が部屋に響き渡る。

「ーーい、今は私とイフラスしかいない。だろう? イフラス」
 私はちょうど寝室から出てきたイフラスに視線で訴えかけた。
 イフラスは状況を瞬時に把握し、私の声に続いた。
「は、はい! ここは男子禁制。先程まで女子おなご同士の会話をしておりましたので、アビド殿はじめ、他の方の入る隙はありませんわ!」
 思わず拍手を浴びせたくなるほどのイフラスの演技に私は目を輝かせた。

「一応部屋の確認をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ーーーー」
 私とイフラスは目を合わせた。
「まずい」

 ーー黙ってないでなんとかしてください! 私を嵌めようとしたのですか!
 そうソロに訴える。

 ーー違う! 純粋な気持ちでそなたに聞きたかったのだ。決して、嵌めようとかそのような邪な気持ちは神に誓ってない!
 ソロもまた応戦した。

 暴言を吐いてしまいそうになるのを堪え、私は額を押さえながら目を閉じた。
「隠れてください」
 そう小声で呟いた。

「え?」
 ソロの腑抜けた声が聞こえ、それがさらに私を苛立たせた。
 閉じていた目をカッと開き、その苛立ちの元凶となる瞳を見つめて口を開いた。

「か、く、れ、て!」
 その気迫に圧倒されたのかソロは慌てたように奥の部屋へと駆け込み、それを追いかけるようにイフラスも奥の部屋へと消えていく。
 奥の部屋は寝室だが、まぁ見つからなければいいーーと私は恐る恐る扉の方へ向かい、静かに冷たい扉を押した。
「手短に、終わらせてくれ」
 この何とも言えない緊張感がアビドに伝わっていない事を祈った。
「承知いたしました」
 アビドはにっこりと笑った。



「それにしても王が消えるだなんて、この国は大丈夫なのか?」
 私は何も知らない振りをしながら、部屋の隅々を探し始めるアビドにそれっぽい話を投げかけた。

「おひとりで行動されるのは珍しい事では無いようですが、我々シェバ人がエレムに到着した途端の出来事ですので、ここらの侍従も気が立っているようです」

 しかし、思いの外大事おおごとになっていたこの状況に冷や汗が染みてきた。
「そ、そうか。……色々と大変だな」

 アビドは応接間を確認し終わったあと、奥の寝室へと向かいかけ、ふっと突然振り向いた。
 私は肩を震わせながら「なんだ?」と恐る恐るアビドの表情を伺う。

「イフラス殿はどちらへ?」
「あ? あぁ奥の部屋にいるだろう」

「そうですか。寝室ですので私が入るのはどうかと思って、イフラス殿と一緒に入ろうかと思ったのですが」
「あ~、アビドなら構わない。私もついていくから。気にするな」
 心底申し訳なさそうな面を見せるアビドに私は苦笑いしか浮かべられなかった。

「それでは、失礼いたしますね」
 アビドの足は一歩寝室へと踏み出された。
 私もアビドの背後で強く目を閉じつつ一歩踏み出す。


「あらまぁ、アビド殿。女子おなごの寝室に来るなんてなんてこと」
 私の緊張の糸を解いたのはイフラスの明るい声だった。

「いやはや、言葉もない。だがエラムの希望なのだよ。許しておくれ」
「まったくもう。到着早々なんて国ですか。うちのセイル様を疑うなんて。こんな純粋で素敵な方がどこにおられるというの」
「それは私も同意見だが、最初はエレムの騎士が見ると言ったのを私が説得してねーー」
「まぁ! 騎士が女子の部屋に! なんて野蛮な!」

 この部屋にそのエレムの王がいるのにも関わらず堂々とその国の悪口を言ってのけるイフラスと、それを知らずに宥めるアビド。
 二人の軽快な雰囲気が出来上がっている隙に私は部屋全体を見渡した。
 ベッド、椅子、棚、窓、全てが入ってきた時と不自然な程に変わりようがない。

 ーーイフラスは一体ソロをどこに隠したのだ?
 眉をひそめていると「難しい顔をなさっていかがなさいましたか?」とアビドが突然振り向く。

 ーーアビドには背中にも瞳がついているのか。
 寒気さえ感じるほどの妙な直感力におののきながらも、私は平然と告げる。
「いや、こんな部屋にソロ王が居るはずもないし、アビドはイフラスと会話がしたかっただけではないのかと思ってな」

 何とか真顔で告げたのち、眉をひそめながら首を傾げるイフラスと目が合う。
 がすぐに、優秀なイフラスはーーその手がありましたわ! とでも言いたそうに突然瞳に光が宿り始めた。
「あら! 私にお会いになりたかったのですか~。全くもう~」
「またまた何をおっしゃるのですか」

 イフラスのくどい声色にアビドは居心地が悪くなったように寝室からそそくさと出ていく。

 私はアビドの後ろをつけながら、振り向くとイフラスに目でーーよくやったーーと合図をした。
 するとイフラスはーーとんでもございませんーーと声なき声でお茶目に笑うのだった。




しおりを挟む

処理中です...