籠め籠め

ぬるあまい

文字の大きさ
1 / 2

生徒視点

しおりを挟む

俺には心の底から信頼して、そして尊敬をしている人物が居る。
それは自分を産んでくれた肉親でもなく、俺の面倒を見てくれている叔父や叔母ではなく。

……それは、俺の学校で勤めている先生だ。

振り返ること、二年ほど。
もう既に俺は、先生に何度も助けられている。


*********


『(し、尻を触られている…?俺、男なのになんで……)』
『…や、やめ……っ』
『(……っ、誰か助けて……!)』
『…おい、何をしているんだ。汚らわしい手で、その子に触るな』
『………せ、先生……?』

高校入学して一ヶ月もしない内に、電車内で痴漢に触られていた時も助けてもらったし、

『波多野、親父さんのことは残念だったな…』
『………』
『俺に何か力になれることはないか?お前の力になりたいんだ』
『……べつに…』
『今まで親父さんと二人暮しだったよな?………どうだ?よかったら、暫くは俺の家にでも……、』
『…っ、うるさいな!もう俺のことは放っておいてよっ!』

男手一つで、俺をここまで育ててくれた父親が病気で亡くなって自暴自棄になっていた時にも、ずっと見捨てずに支えてくれたし、

『………大丈夫か?』
『…しょうがないよ。だって俺は、実の子供じゃないもん……。当たり前のことだよ』
『暴力が当たり前なわけないだろ…っ』
『あはは、これくらい大丈夫だって。それに、俺としては住む場所を与えてもらっているだけでも、十分過ぎるほど二人には感謝しているよ』
『……波多野…』
『だから、先生がそんな顔しないで。折角のイケメンが台無しだよ』
『……こら、茶化してくれるな』
『えへへ。まあ、先生からの俺への愛は存分に伝わっております。いつもありがとうね』
『………ったく。本当にお前ってやつは…。そんなことを言われたら、これ以上何も言えなくなるだろうが』
『本当にありがとうございます』
『…本当はすぐにでも俺の家に連れて帰りたいところだが、今は我慢しておく。その代わり、お前が卒業した時は覚悟しておけよ。嫌だって言っても、無理やり一緒に住まわせるからな』
『ふふふ。はーい』

叔父や叔母に暴力を振るわれていた俺の家庭事情を知っていた上で、俺の希望通りに問題にはせず、ずっと陰で支えていてくれていたのも先生だ。

……そう。
俺にとっては先生は、ヒーロー以上の存在なんだ。ピンチの時だけでなく、ずっと俺のことを第一に考えて、いつでも俺に元気を与えてくれる人。本当に感謝をしてもしきれない。

「…どうにかして、今までの恩返しができないかなぁ」

俺はそんなことを考えながら、先生が居るであろう教室の扉を開いた。

「先生、おはようございます」
「おう。おはよう」

扉を開ければ、すぐさま目に入ったのは、夏野先生の広くてがっしりとした背中だった。
体育の先生の見本のような体格の持ち主の彼は、身長190センチ越えで、同じ男として羨ましいほど恵まれた身体付きをしている。その完璧ボディは飾りなどではなく、以前にじゃれ合いの最中で、俺の身体を片手一本で支えられたことで証明済みだ。

「バスケ部の朝練は、もういいの?」
「いや、あと少ししたら体育館に戻るよ。今日は急に呼び出して、すまないな」
「ううん。俺としては、朝から先生と話せただけで嬉しいから、気にしないで」
「……お前なあ。真顔でそういうこと言うなよ。…照れるだろ?」
「だって本当のことだし。それに先生は、いつも女子に囲まれているから学校では、話す暇があまりないじゃん」

顔良し、体格良し。
それに加えて、誰に対しても優しく接する先生は、女子だけでなく男子生徒からも好かれている。間違っても俺のような奴が、独占をしていい存在ではない。
だけど、だからこそこうして、唯一生徒の中で先生と個人的に連絡のやり取りができているのが嬉しくも思う。こっそり密会できる僅かな時間が俺にとっては貴重で幸せな時間だ。

「それで、俺になにか用事?」
「………ん?ああ、少し訊きたいことがあったからな」
「なーに?」
「…お前、また何か一人で悩みを抱え込んでいるんじゃないか?」

俺は夏野先生のその言葉に、ドキッとした。
なぜならそれは、図星だからだ。
嘘を吐いて隠そうとも一瞬だけ考えたが、無駄に終わることが目に見えてしまい、俺は目を細めて苦笑をした。

「……もう、何で分かったの?」
「俺に波多野のことで、分からないことはないんだよ。観念して、悩みや愚痴は俺に全部吐き出してしまえ」

ニカッと笑って見せた先生は、やっぱり凄い人だと思い知る。
…それとももしかして、俺が表情に出やすいタイプなのだろうか?だがどちらにせよ、心配性の先生を、このまま不安にさせておくわけにはいかない。

「そんな大したことじゃないよ。…いや、ある意味、俺にとっては結構重大なことだけど……」
「どうした?」
「あ、あのさ。実は俺、昨日隣のクラスの子に告白されたんだ…」
「…………、へえ……」
「告白されたことなんて初めてだったから、ちょっとビックリしたよ。多分その動揺が先生に伝わちゃったんだろうなぁ」

数回ほどしか会話をしたことがない相手だったからこそ、余計にビックリした。

「……相手は誰?………男?女?」
「え?告白なんだから、女の子に決まってるじゃん。委員会が一緒でさ、多分それが切っ掛けで俺のことを好きになってくれたんだと思う」
「…返事はしたのか?」
「ううん、まだしてないよ。その子が、返事はすぐにしなくていいって言ってたからさ、だから俺も、何て返事をしようか迷っているとこ」
「……………」

そこで俺は、先生の様子がおかしいことに気が付いた。
俯いている彼は、顎に手を置いて、何か考え事をしている様子だ。

「……先生?どうかしたの?」
「………!…いや、なんでもないよ。少し驚いただけだ」
「だよねえ。それについては、俺が一番驚いてるよ。まさか俺なんかに好意を持ってくれる人が居たなんてね。世の中には物好きが居るもんだなぁ」
「波多野が気が付いていないだけで、好意を持っている人は居るはずだよ」
「そうかなぁ?」
「……ああ」

安心させるように、わしゃわしゃと、俺の頭を撫でてくる先生。
大きいその手で撫でられるのは、気持ちが良くて好きだ。

「…それにしても、複雑な気持ちだ。波多野が初の告白を受けて、俺も嬉しいはずなのに、寂しくも感じるよ。まるで自分の子供を嫁に出すような気持ちだ」

わざとらしく泣き真似をして見せる先生の腕を、俺は笑いながら軽く叩く。

「それを言うのなら、嫁じゃなくて婿でしょ。それにただ告白されただけなんだから、そんな表情しないでよ」
「今夜は赤飯だな!」
「……もうっ。からかわないでよ」
「はははっ、冗談だって。そう怒るなよ」
「だーめ。許さない」

今回の件も、先生に話してよかった。
返事をどうしようかと焦って悩んでいたけれど、先生のお陰で少し落ち着くことができた。相も変わらず頼りきりの俺だけど、今の俺には夏野先生が居ない生活は考えられない。

「(………親離れできないのは、俺も同じだな)」

そんなことを思いながら、俺は先生につられるように笑ったのだった。


END

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

申し訳ありません

雪戸紬糸
BL
諸事情により、エントリーの外し方がわからず、このままにすることをお許しください。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

処理中です...