2 / 2
先生視点
しおりを挟む『あ、あのさ。実は俺、昨日隣のクラスの子に告白されたんだ…』
白い頬を僅かに赤く染め上げ、照れた様子で事情を話す彼の姿を見て、ドロリとした黒い感情が胸の中で渦巻いた。
得体の知れない相手に、俺の波多野を渡して堪るか。
人に頼ることが苦手なことも、泣き虫のくせに人前で泣くのが苦手なことも、信頼している相手と笑い合う際には、弱い力で身体の一部を叩いてくることさえも、俺だけが知っていればいいことだ。
「(……俺以上に、波多野を理解している奴が居るわけがない)」
“波多野は、俺のものだ”
幸せにできるのは、俺だけなんだ。
………他の誰でもない、俺だ。
**********
「……先生、今日は元気がないね。どうかしたの?」
話を切り出しやすいように、わざと落ち込んでいる様子を見せれば、波多野はそれに食いついてきた。そんな優しい彼に、より愛しさが湧き上がってくるが、騙しやす過ぎることに少し心配になってくる。
「悩み事があるのなら、俺が聞くよ。俺なんかが先生の悩みを解決できるとは思えないけど、愚痴ぐらいならいくらでも聞けるからさ…」
「………波多野……」
「だから、ね?……話して?」
疑う気持ちなど一切持たず、心の底から心配しているようだ。そんな風に上目遣いで促されると、理性を捨てて、無理やりにでも押し倒してグチャグチャにしてしまいたくなる。
俺はその感情を必死に押し殺して、神妙な面持ちを崩さぬまま話を続けた。
「……こんなことをお前に話すべきかどうか、すごく悩んだ。今でも話すことが正解かどうかも分からない。…きっとこれを話せば、波多野は傷付いてしまうだろう」
「……うん」
「それでも俺がこの事実を話さないで、もっと波多野が傷付くことは避けておきたい。だから、俺が昨日見た光景を伝えさせてくれ」
「…うん、いいよ。教えて」
「………昨日、お前に告白した子が、体育館裏で別の男とキスをしていた」
波多野の目を見つめて、はっきりと告げれば、彼は下唇を噛んで目を顰めた。
「……そっか」
…しかし悲しそうな表情を浮かべたのは、ほんの一瞬だけで、すぐに口角を上げて、弱弱しい笑みを俺に見せた。
「まあ、俺だけを好きでいてくれるなんて有り得ないよな。……俺は格好良いわけでもなければ、頭脳だって運動神経だって並程度だしね…」
俺が“作り上げた嘘”を信じ込み、必死に平然を装うとしている波多野。そんないじらしくも、弱りきった様子さえも、波多野に溺れている俺には性的興奮しか感じられない。
「ごめんね、先生。言いにくかったでしょ?俺のために、わざわざ話してくれて、ありがとう」
「……波多野」
「…あはは、また助けられちゃったなぁ」
傷付いていることを悟られないように、必死に笑みを作っている波多野の身体を、俺は強く抱き締める。
「………せ、先生…?」
「…馬鹿。そんな顔をして、無理に笑うな……」
「……ふふっ。先生は、本当に優しいね。その内、生徒の心配をし過ぎて倒れちゃうんじゃない?」
「俺がこんなに必死になるのは、波多野だけだよ」
「相変わらず、心配性なんだから。早く子離れしなくちゃダメだよ」
抱き締めていると、波多野がクスクスと笑ったのが分かった。
緩やかな鼓動と息遣いを、間近に感じられて、とても幸せな気持ちになる。
「まあ、かくいう俺も、先生離れできそうにないけどね」
「……それでいいじゃねえか」
「だめだめ。俺は、早く自立できるようにならないと。先生だって、いずれは素敵な女性と結婚するだろうし。いつまで経っても、先生には迷惑掛けられないよ」
「…………」
「…あーあ。俺なんかと結婚してくれる人が、この世で居るのかなー」
「居るだろ、此処に」
より一層、強く抱き締めて主張をすれば、波多野は更に笑みを深めた。
「はいはい。そういう冗談は間に合ってますから」
「家事も出来て愛妻家の、お買い得商品だぞ?」
「俺は愛妻家の旦那よりも、嫁が欲しいよ」
「この、我が儘な奴めっ」
「あははっ!髪の毛がグチャグチャになっちゃうでしょー」
俺が邪な感情を抱いているとも知らずに、ニコニコと笑う波多野が可愛くて仕方がない。俺と波多野の人生に、他の人物なんて必要がないんだ。
「(邪魔をする奴は、誰だって排除してやる)」
……後日、波多野から、告白を断ったことを聞いた。
俺は「…そうか」と落ち込んだ様子を波多野に見せながら、密かに口元に笑みを浮かべたのだった。
END
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる