籠め籠め

ぬるあまい

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先生視点

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『あ、あのさ。実は俺、昨日隣のクラスの子に告白されたんだ…』

白い頬を僅かに赤く染め上げ、照れた様子で事情を話す彼の姿を見て、ドロリとした黒い感情が胸の中で渦巻いた。

得体の知れない相手に、俺の波多野を渡して堪るか。
人に頼ることが苦手なことも、泣き虫のくせに人前で泣くのが苦手なことも、信頼している相手と笑い合う際には、弱い力で身体の一部を叩いてくることさえも、俺だけが知っていればいいことだ。

「(……俺以上に、波多野を理解している奴が居るわけがない)」

“波多野は、俺のものだ”
幸せにできるのは、俺だけなんだ。

………他の誰でもない、俺だ。



**********



「……先生、今日は元気がないね。どうかしたの?」

話を切り出しやすいように、わざと落ち込んでいる様子を見せれば、波多野はそれに食いついてきた。そんな優しい彼に、より愛しさが湧き上がってくるが、騙しやす過ぎることに少し心配になってくる。

「悩み事があるのなら、俺が聞くよ。俺なんかが先生の悩みを解決できるとは思えないけど、愚痴ぐらいならいくらでも聞けるからさ…」
「………波多野……」
「だから、ね?……話して?」

疑う気持ちなど一切持たず、心の底から心配しているようだ。そんな風に上目遣いで促されると、理性を捨てて、無理やりにでも押し倒してグチャグチャにしてしまいたくなる。
俺はその感情を必死に押し殺して、神妙な面持ちを崩さぬまま話を続けた。

「……こんなことをお前に話すべきかどうか、すごく悩んだ。今でも話すことが正解かどうかも分からない。…きっとこれを話せば、波多野は傷付いてしまうだろう」
「……うん」
「それでも俺がこの事実を話さないで、もっと波多野が傷付くことは避けておきたい。だから、俺が昨日見た光景を伝えさせてくれ」
「…うん、いいよ。教えて」
「………昨日、お前に告白した子が、体育館裏で別の男とキスをしていた」

波多野の目を見つめて、はっきりと告げれば、彼は下唇を噛んで目を顰めた。

「……そっか」

…しかし悲しそうな表情を浮かべたのは、ほんの一瞬だけで、すぐに口角を上げて、弱弱しい笑みを俺に見せた。

「まあ、俺だけを好きでいてくれるなんて有り得ないよな。……俺は格好良いわけでもなければ、頭脳だって運動神経だって並程度だしね…」

俺が“作り上げた嘘”を信じ込み、必死に平然を装うとしている波多野。そんないじらしくも、弱りきった様子さえも、波多野に溺れている俺には性的興奮しか感じられない。

「ごめんね、先生。言いにくかったでしょ?俺のために、わざわざ話してくれて、ありがとう」
「……波多野」
「…あはは、また助けられちゃったなぁ」

傷付いていることを悟られないように、必死に笑みを作っている波多野の身体を、俺は強く抱き締める。

「………せ、先生…?」
「…馬鹿。そんな顔をして、無理に笑うな……」
「……ふふっ。先生は、本当に優しいね。その内、生徒の心配をし過ぎて倒れちゃうんじゃない?」
「俺がこんなに必死になるのは、波多野だけだよ」
「相変わらず、心配性なんだから。早く子離れしなくちゃダメだよ」

抱き締めていると、波多野がクスクスと笑ったのが分かった。
緩やかな鼓動と息遣いを、間近に感じられて、とても幸せな気持ちになる。

「まあ、かくいう俺も、先生離れできそうにないけどね」
「……それでいいじゃねえか」
「だめだめ。俺は、早く自立できるようにならないと。先生だって、いずれは素敵な女性と結婚するだろうし。いつまで経っても、先生には迷惑掛けられないよ」
「…………」
「…あーあ。俺なんかと結婚してくれる人が、この世で居るのかなー」
「居るだろ、此処に」

より一層、強く抱き締めて主張をすれば、波多野は更に笑みを深めた。


「はいはい。そういう冗談は間に合ってますから」
「家事も出来て愛妻家の、お買い得商品だぞ?」
「俺は愛妻家の旦那よりも、嫁が欲しいよ」
「この、我が儘な奴めっ」
「あははっ!髪の毛がグチャグチャになっちゃうでしょー」

俺が邪な感情を抱いているとも知らずに、ニコニコと笑う波多野が可愛くて仕方がない。俺と波多野の人生に、他の人物なんて必要がないんだ。

「(邪魔をする奴は、誰だって排除してやる)」

……後日、波多野から、告白を断ったことを聞いた。
俺は「…そうか」と落ち込んだ様子を波多野に見せながら、密かに口元に笑みを浮かべたのだった。


END

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