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しおりを挟む争い合う声が聞こえて、俺は目を覚ました。
知らない天井。見慣れない殺風景な部屋。…あー、そうか。俺は確かワンコ会計さんの部屋に。
「………」
ここに来た経緯は覚えてないけれど、会計さんに首を絞められたことは覚えている。そして、キスされたことも。
そうだった。…キス、しちゃったんだよな。会計さんと。ファーストキスだったのにな。思いのほか会計さんの唇は柔らかかったなあと、自分の唇を指の腹で触りながら思い出していると、玄関の方から薫の声が聞こえてきた。
「柳、居るんだろ?」
「………」
「早くあの馬鹿を此処に連れて来い」
「……居ない」
「ったく、その嘘はいい加減聞き飽きたっつーの」
え?馬鹿って俺のことか?薫酷い。
俺、馬鹿じゃないよ。馬鹿だったらこの学園に編入出来てないし。…といってもそんな大した知力は持ち合わせていないけれど。だけど俺は決して馬鹿じゃない、普通だ普通。
そして会計さんもナチュラルに嘘吐くなよな。俺、居るよ。俺の首絞めたくせに。俺のファーストキス奪ったくせに、居ないとか嘘吐くのは駄目だと思う。
「よっこいしょ」
そんなことをマイペースに思いながら、俺はだるい身体を起こしてベッドから下りた。ああ、まだちょっとクラクラする。今起き上がったばかりだからかな?熱は大分引いたと思うけど。
二人の元へと向かえば、薫と会計さんが俺の方を見てきた。こんな一斉に美形二人から見られたら少し恥ずかしいじゃないか。
「えっと、おはよ」
何と言えばいいのか分からず、とりあえず挨拶をしてみた。だって俺は今起きたんだもん。別におはようでいいよな。多分もう夕方だと思うけど。
俺を見た薫は見て取れるほど安堵の溜息を吐いた後、「この馬鹿」と怒鳴ってきた。
え?酷いよ。やっぱり薫は酷い。でも口調はきついけど、俺を見る目はいつもより優しい。それが嬉しく思える。
そして会計さんはというと、何で出てきたんだと言わんばかりに、苦虫を噛み潰したような表情をしてこちらを見てきた。…だって、だって、薫の声がしたからしょうがないじゃんか。それにこれ以上親しくもない人にお世話になるわけにはいかないし。
「えっと、看病してくださってありがとうございました」
で、いいんだよな?首を絞めてきたり、俺にキスをしたりと訳の分からないことだけじゃなかったんだよな?看病、してくれたんだよな?寝てたからよく分からないけれど、熱は下がっているし多分会計さんは俺の看病をしてくれたんだと思う。現に汗で濡れていた自分のシャツではなく、会計さんのものだと思われる綺麗なシャツを着ているし。……ぶかぶかなのは癪に障るけど。
ぺこりと頭を下げてお礼を言えば、すかさず薫から「そんな奴に礼など言わなくていい」と怒られた。
でもお礼は大事だと思う。だけどこれ以上、怒りの沸点が低い薫を怒らせるわけにはいかないと思い、俺は押し黙る。
「柳、帰るぞ」
「あ、うん。」
チラリと会計さんを見る。
いつもと同じく無表情。何を考えているのかよく分からない。薫が持っていた薄っぺらい本に出てくる“王道主人公”という子なら、今会計さんが何を考えているのか分かるかもしれない。だけど俺は王道主人公ではないから、分かんないだよ。…一体、今会計さんは何を考えているんだろうか。
「あの、ありがとうございました」
会計さんの目を見て、もう一度礼を言う。今は薫が居るからちゃんとお礼言えないから、今度は手土産でも持ってきてきちんと礼を言おうと思う。グイっと薫に手を引っ張られながら、俺は会計さんの部屋から出ようとした。
「……!?」
……しかしもう片方の手を引っ張られて、俺はこれ以上動けなくなった。
もちろん新たに俺の腕を掴んできたのは会計さん。
「えっと、」
「おい、柳に触んじゃねぇよ」
「………」
あ、あれ?
何で会計さんも俺の手を引っ張ってくるんだよ。これでは部屋に帰れないじゃないか。もしかして「きちんと礼が言えない不躾な子」だと怒っているのだろうか。
会計さんに掴まれた手を見ていると、俺よりも遥かに身長が高い会計さんの声が頭上から聞こえてきた。
「…行かないでくれ」
「え?」
「行くな」
「……、」
さか会計さんの口からこんな台詞が出るとは思わなかった俺は、びっくりして会計さんの顔を見上げてみた。
そして会計さんの今の表情を見て、俺は思った。
“あ、この表情なら今会計さんが何を考えているのか分かるぞ”、と。
怒っている薫とは正反対に、会計さんの表情は憂いを帯びた表情をしていたのだ。
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