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しおりを挟む「……」
俺は自分の腕を見てみる。
まずは右腕。薫が俺の右腕を掴んでいる。一刻も早く会計さんの部屋から出たいらしく、顔を覗き見れば般若のような顔をしていた。…お、恐ろしい。
そして左腕。会計さんが俺の腕を掴んでいる。薫とは正反対に俺の腕を掴むその力は弱い。振り払ってしまえばすぐにでも離れてしまいそうなほど。
だけど振り払えずに居るのは何故だろうか。それは「不躾な子」だと思われたくないから?いや、それとは違う。きっと会計さんのこの表情を見て俺は振り払えないのだ。
「行かないでくれ」と行った会計さんの表情はいつもの何を考えているのか分からない無の表情ではなく、とても寂しげな表情をしている。まるで捨てられることが分かっている子犬が「俺のこと捨てるの?捨てないでよ。寂しいよ」と訴えかけているように見えてしまう。(会計さんがこんなことを思っているかどうかは別として)、こんな表情を見て振り払うことが出来る人間が居るだろうか。少なくとも俺は、…そんなこと出来ない。
「………」
気が付けば、会計さんに掴まれていた手をやんわりと外して、自分よりも数十センチも高い会計さんの頭を手の平で撫でていたくらいだ。
「柳!」
「……っ、」
薫の怒鳴り声と同時に俺はそこで我に返る。
「あ、…俺、」
失礼なことをしてごめんなさい。と謝ろうとしたのだがその瞬間、薫に掴まれた腕を一際強く引っ張られて、俺は謝罪を言う暇すらなく薫に引っ張られるまま会計さんの部屋を後にしたのだった。
****
「薫、」
「………」
「お、怒ってるのか?」
寮の廊下を歩くときも、そして自室に戻ってきた今でさえも薫は俺と口を利いてくれない。眉間に皺を寄せたままムスッとした表情でただこちらを見てくるだけ。何か言いたそうなのに、でも何も言ってくれない。
それがすごく不安になる。
「薫…」
「……」
「…ごめんな?」
「それは」
「え?」
「…それは何に対して、謝ってるんだ?」
やっと喋ってくれたと思えば、難しい質問。
いったい何に、…自分でもよく分からない。どれに対して謝っているんだろうか。熱を出したこと?勝手に部屋に出たこと?会計さんと知り合ってしまったこと?…どれだろうか。いや、むしろ。
「…全部」
「あ?」
「全部、かな?」
薫がここまで怒っているんだ。
俺が100%悪いに決まっている。
「怒らせて、ごめん」
「………」
正座をしたまま深々と頭を下げて、再度謝罪をすれば、何故かバシッと後頭部を叩かれた。
「い、痛っ」
急に叩かれたことに焦り、下げていた顔を上げれば、先程までの仏頂面とは正反対に優しい笑みを浮かべた薫が居た。
「ばーか」
「…か、おる?」
「それを言うなら、“心配させて、ごめん”だろうが。」
クシャクシャと髪の毛を掻き混ぜるように撫でられるのが本当に気持ち良くて、「薫の前なら俺もワンコでいいかもしれない」と危ないことを考えながら、機嫌が直った薫に「心配させて、ごめん」と謝ったのだった。
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