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能力発現
梅雨入り Ⅶ
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「ナオコー、シャワーありがと」
風呂の方から、私の名前を呼ぶ声がする。凛としたその声音は、普段の小崎さんのものだ。
私は大きな声を出すのは苦手なので、廊下に出て風呂の前まで行い、扉越しに返事をする。こういうとき、この無駄に広い屋敷の作りは不便だ。
「小崎さんの制服は、乾燥機にかけていますから乾くまで私の服を着ていてください。サイズは、大丈夫だと思います」
「ごめんなさい、ありがとう」
返事には、申し訳なさそうな響きが多少あるものの、落ち込んでいたりする気配はない。一安心だ。
でも、本当にどうしたんだろう。小崎さんに限って、変な男にだまされて失恋して自暴自棄なんてこともなさそうだし、完璧無欠の彼女に悩みなんてあるのだろうか。私には分からないけれど、天才にしか分からない悩みなんてのもあるのかもしれない。
私が思うに、小崎真梅雨は特別だ。学業優秀。運動神経抜群。容姿端麗。おまけに、付け加えるなら大企業グループを束ねる敏腕経営者で、日本でも有数の資産家の令嬢なのだ。ここらで、多少名の通る程度の私の家とは、天と地の差。私が多少自信のある学力に関しても、私が彼女に勝ったことは数回しかなく、偏差値の出る全国模試では一度も勝てないでいる。運動面でも、初等部、中等部と、済栄では他を寄せ付けない能力を発揮していた京香に、勝らずとも劣らずといったところだ。何か運動をしている風でもないのに、他校の部活に混じってサッカーをしている京香に並ぶのだから相当だ。
ふと、彼女が高等部から済栄マリア学園に入学してきた日のことを思い出す。
特進クラスである一組は、中等部からのエスカレーターは少ないので、私も京香も知らない人が多かったけど、その中でも、小崎真梅雨は、目立っていた。その整った外見もさることながら、纏っている空気が違っていたのだ。他クラスでも、話題になっていたらしいし。
きっと見えている世界が違っているのだろうな、とそう思ったのだろう。私も、他のクラスメートも声をかけにくいでいたのだ。基本誰に対しても遠慮の無い京香でさえも、声をかけるのを躊躇っていたくらいだ。
高校が始まって、一カ月くらいたったときだろうか。昼休み、小崎さんは昼食をとり終えると、いつものように本を読んでいた。ピンと伸びた背筋はマネキンのようで、ページを繰る指先が繊細そうだったのを覚えている。ふいに、日本人形みたいに澄ました横顔をした彼女が何を読んでいるのか気になった私は、大の読書好きであることもあって、それとなぁく小崎さんの読んでいる本の表紙を覗いてみたのだった。するとそれは、当時私が探していた、とある本の旧訳だったのだ。ネットで見ても品切れで、どこの古書堂にも置いていないレアもの。何故彼女がそれを持っていたのかは知るところではなかったが、私の身体は勝手に動きだしており、気が付いた時には、もう既に話かけていた。
「その本って、もしかして!」
「え? この本がどうかしましたか?」
突然、私に食い気味に話しかけられた小崎さんは、その大きな目を見開いて驚いていた。あ、やっちゃった、とはっとした時にはもう手遅れで、クラスのみんなからの視線を浴びて、私は顔を真っ赤にした。
「す、すみません。ちょうど、その方の訳を探していたもので、つい」
「そういうことでしたら、一回読んだことあるのでお貸ししますよ? 城ケ崎直子さん」
そう言って小崎さんは、本から栞を抜き取ると、私に本を渡してくれた。
「あ、りがとうございます? というか、私なんかの名前を覚えてくれていたんですか⁈」
「ええ。もちろんですよ、クラスメートですもの」
小崎さんは、優雅に、けれど年頃の少女のように、可愛くクスりと笑う。
そんな小崎さんに飛び掛かる影が。
「真梅雨ちゃーん!」
京香だ。一度、堰を切ったらこっちのもんだと言わんばかりに、小崎さんの後ろから腕を回して抱きついている。
「真梅雨ちゃん、私の名前も知ってるの?」
「はい。御手洗京香さん」
「うっはー、すごい! 私も知ってるよ、小崎真梅雨ちゃん!」
京香は上機嫌で、抱擁する腕にさらに力を込める。小崎さんは、苦しそうに苦笑いしていた。
「でも、人見知りの直子が自分から話かけるのって珍しいね」
京香は、首をかしげ不思議そうにこちらを見つめる。
「別に、人見知りじゃありません。クラスメートに話かけるのなんて、あたりまえのことでしょう?」
そう強がってはみたものの、実のところ京香の言う通りだ。私の交友関係は、ほとんど京香によって結び付けられたようなものだし、見ず知らずの人と話すのは苦手だ。なのにどうして、探していた本を小崎さんが読んでいたからといって、ある意味高嶺の花のような存在の彼女に話かけることが出来たのだろうか。
そんなことを疑問に思っていると、小崎さんの机のまわりには、教室に居たクラスメートが全員集まってきていた。勉強はできるのに、どこか抜けたところのある一組の面々は、小崎さんに、クイズ・私は誰だ? をけしかけていた。押し寄せる四組生徒たちの名前を看破していく姿は、犯人の正体を見破っていくピーター・ウィムジイ卿(私の好きなミステリーのシリーズの探偵である)さながらだった。
昼休みも終わりが近づいてきていたということもあり、教室外で昼食をとっていたクラスメートもぞくぞくと帰ってきて、結局、小崎さんは、クラス全員の名前を言い当てた。
風呂の方から、私の名前を呼ぶ声がする。凛としたその声音は、普段の小崎さんのものだ。
私は大きな声を出すのは苦手なので、廊下に出て風呂の前まで行い、扉越しに返事をする。こういうとき、この無駄に広い屋敷の作りは不便だ。
「小崎さんの制服は、乾燥機にかけていますから乾くまで私の服を着ていてください。サイズは、大丈夫だと思います」
「ごめんなさい、ありがとう」
返事には、申し訳なさそうな響きが多少あるものの、落ち込んでいたりする気配はない。一安心だ。
でも、本当にどうしたんだろう。小崎さんに限って、変な男にだまされて失恋して自暴自棄なんてこともなさそうだし、完璧無欠の彼女に悩みなんてあるのだろうか。私には分からないけれど、天才にしか分からない悩みなんてのもあるのかもしれない。
私が思うに、小崎真梅雨は特別だ。学業優秀。運動神経抜群。容姿端麗。おまけに、付け加えるなら大企業グループを束ねる敏腕経営者で、日本でも有数の資産家の令嬢なのだ。ここらで、多少名の通る程度の私の家とは、天と地の差。私が多少自信のある学力に関しても、私が彼女に勝ったことは数回しかなく、偏差値の出る全国模試では一度も勝てないでいる。運動面でも、初等部、中等部と、済栄では他を寄せ付けない能力を発揮していた京香に、勝らずとも劣らずといったところだ。何か運動をしている風でもないのに、他校の部活に混じってサッカーをしている京香に並ぶのだから相当だ。
ふと、彼女が高等部から済栄マリア学園に入学してきた日のことを思い出す。
特進クラスである一組は、中等部からのエスカレーターは少ないので、私も京香も知らない人が多かったけど、その中でも、小崎真梅雨は、目立っていた。その整った外見もさることながら、纏っている空気が違っていたのだ。他クラスでも、話題になっていたらしいし。
きっと見えている世界が違っているのだろうな、とそう思ったのだろう。私も、他のクラスメートも声をかけにくいでいたのだ。基本誰に対しても遠慮の無い京香でさえも、声をかけるのを躊躇っていたくらいだ。
高校が始まって、一カ月くらいたったときだろうか。昼休み、小崎さんは昼食をとり終えると、いつものように本を読んでいた。ピンと伸びた背筋はマネキンのようで、ページを繰る指先が繊細そうだったのを覚えている。ふいに、日本人形みたいに澄ました横顔をした彼女が何を読んでいるのか気になった私は、大の読書好きであることもあって、それとなぁく小崎さんの読んでいる本の表紙を覗いてみたのだった。するとそれは、当時私が探していた、とある本の旧訳だったのだ。ネットで見ても品切れで、どこの古書堂にも置いていないレアもの。何故彼女がそれを持っていたのかは知るところではなかったが、私の身体は勝手に動きだしており、気が付いた時には、もう既に話かけていた。
「その本って、もしかして!」
「え? この本がどうかしましたか?」
突然、私に食い気味に話しかけられた小崎さんは、その大きな目を見開いて驚いていた。あ、やっちゃった、とはっとした時にはもう手遅れで、クラスのみんなからの視線を浴びて、私は顔を真っ赤にした。
「す、すみません。ちょうど、その方の訳を探していたもので、つい」
「そういうことでしたら、一回読んだことあるのでお貸ししますよ? 城ケ崎直子さん」
そう言って小崎さんは、本から栞を抜き取ると、私に本を渡してくれた。
「あ、りがとうございます? というか、私なんかの名前を覚えてくれていたんですか⁈」
「ええ。もちろんですよ、クラスメートですもの」
小崎さんは、優雅に、けれど年頃の少女のように、可愛くクスりと笑う。
そんな小崎さんに飛び掛かる影が。
「真梅雨ちゃーん!」
京香だ。一度、堰を切ったらこっちのもんだと言わんばかりに、小崎さんの後ろから腕を回して抱きついている。
「真梅雨ちゃん、私の名前も知ってるの?」
「はい。御手洗京香さん」
「うっはー、すごい! 私も知ってるよ、小崎真梅雨ちゃん!」
京香は上機嫌で、抱擁する腕にさらに力を込める。小崎さんは、苦しそうに苦笑いしていた。
「でも、人見知りの直子が自分から話かけるのって珍しいね」
京香は、首をかしげ不思議そうにこちらを見つめる。
「別に、人見知りじゃありません。クラスメートに話かけるのなんて、あたりまえのことでしょう?」
そう強がってはみたものの、実のところ京香の言う通りだ。私の交友関係は、ほとんど京香によって結び付けられたようなものだし、見ず知らずの人と話すのは苦手だ。なのにどうして、探していた本を小崎さんが読んでいたからといって、ある意味高嶺の花のような存在の彼女に話かけることが出来たのだろうか。
そんなことを疑問に思っていると、小崎さんの机のまわりには、教室に居たクラスメートが全員集まってきていた。勉強はできるのに、どこか抜けたところのある一組の面々は、小崎さんに、クイズ・私は誰だ? をけしかけていた。押し寄せる四組生徒たちの名前を看破していく姿は、犯人の正体を見破っていくピーター・ウィムジイ卿(私の好きなミステリーのシリーズの探偵である)さながらだった。
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