真梅雨怪奇譚 ー 梅雨の日に得た能力

七槻夏木

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夜明け

夜明け 2019/6/24

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2019 6月24日。 梅雨。

 今朝は、考えうる限り最悪の目覚めだった。
「おはよう、真梅雨ちゃん。 どうしたのかな、お姉さんたちを睨みつけたりして……」
 猫撫で声で私の様子を窺った後(のち)、江藤の焼いたトーストを頬張る峰子。江藤の焼いたトーストを頬張りながら、それを無視する私。もちっとした食感に焼けていて美味しい。
「ああ! そうだそうだ!」 わざとらしい声を上げる峰子。「二倍シがダブル・ミーニングだって話しただろ? それでさ、凝ったことしたから、組織に報告する際の英訳を考えるのに苦労してね。今朝、かっこいいのを思いついたんだけど、あれだ、ハンプティダンプティのランドセル語だっけ? 何だっけ」
「かばん語ですね」
 調理場で、目玉焼きを焼きながら江藤が答える。
「そうだそうだ、それだ! それを使って見事な英訳を」
「鏡の国のアリスの話なんか、どうだっていいのよ!」
「失敬、今朝はブロンテ姉妹の話をする約束だったな」
「それも、どうだっていい!」
 困ったように苦笑する峰子。江藤は、フライパンを持ってきて、私と峰子のプレートに目玉焼きをのせる。
「小崎。あまり、マイさんを困らせるな。お前がオネショしたことなんて、俺たちは気にして無」
「言うなーーーー!!」
 江藤の顔に向けて、右ストレートを放つが、ペシリと左手で受け止められる。
「落ち着けって。ちゃんと説明してやるから。俺の能力の世界で起こった物理的現象は、現実世界には影響しないはずなのに、どうして夢の中で失禁してしまったお前が、現実世界でもオネ」
「黙れ! 最悪最低最悪最低最悪最低最悪最低。ほんとデリカシー無さ過ぎ!」 
 今度は、左手でグーパンチをするが、また止められる。両手を掴まれたので、前に倣えみたいな姿勢になってしまい、いろいろと惨めなので、腕をブンブンするが離してくれない。仕方ないので、貯蓄していた分の“死念”を顕現させる。
「馬鹿! お前、それは反則だろ!」
 そんな私たちのやりとりを笑って見ていた峰子が、口を開いた。
「そうだ海斗、私、どうしても紅茶が飲みたくなってしまったんだけど、確か切らしてたろ? 悪いけど、今すぐコンビニで買ってきてくれないか?」
「そうだって……。ここから最寄りのコンビニって片道三十分くらいかかるんですけど」
「すまない! 頼むよ。御釣りで何でも買ってきていいから」
「小学生のお遣いじゃないんですから。マイさんの頼みなら聞きますけど、何でまた急に……」
「なに、君が本気を出せば行って帰るのに十分もかからないだろう」
「……はぁ、分かりました。行ってきます」
 江藤は、峰子からお札を受け取ると、デスクから自分の財布を取って出かけていった。
「峰子、今、一時間かかるらしい道のりを、江藤なら十分で帰れるっていったけど、どういうこと? それに、昨日の江藤の動き、明らかに人間のものじゃなかったけど。江藤は、身体機能の強化みたいな能力も持っているわけ?」
 真梅雨は、江藤の出て行った扉の方を見ながら言う。
「気になるかい?」
「まあ、気になるわね。そのお陰で、夢の中とは言え命を救われたんだもの。他にも、あなたたちには、私の“死念”が見えるようだけど、一般人には“死念”は見えないようだったわ。それもよく分からないし、結局、あなたの能力は分からずじまいだし」
「そうか、そうか。気になるか。それは、秘密だ」
 峰子は、腕を組んで、ウンウンと頷く。
「はぁ? 秘密ってどういうことよ! いっつもは、口を開けばペラペラと、説明書みたいに長ったらしく喋り続けるくせに」
「これはまた、酷い言いようだね。それは、自分でも認めるところけど」
「いいから、はやく私の疑問に答えなさい」
 からからと笑っていた峰子だが、私の催促に、口元には笑みを残したまま、目だけ真剣になる。
「真梅雨、取引しないか?」
「取引……?」
「君の疑問には、おいおい答えてやる。だから真梅雨、私と海斗と一緒にチームを組まないかい?」
「仕事って……。いきなり、そんなこと言われても」
「もちろん、すぐに決めろとは言わない。分かっているとは思うが、憑依者や能力に関する仕事内容で、時には危険な任務もあるかもしれない。断ってもらっても、全然構わない。でも、ちゃんと学業を優先させるし、もちろん無料でとは言わない。当たり前だが、難しい契約の必要も無い。辞めたくなったら、いつでも辞めてもらって構わない」
 峰子の真摯な眼差しが私に向けられる。
「悪いけど、遠慮しておくは」
 峰子は、そうか、と残念そうに頷く。
「嫌でなければ、理由だけ教えてくれるかい?」
「私、この後、警察に出頭しようと思うは。理由はどうあれ、私の能力で人を一人殺めてしまったのだもの。これは、償うべき罪よ。安心して。能力とか、組織について話したりしないから」
 目を伏せる私に返ってきたのは、意外な言葉だった。

「言い遅れたが、真梅雨。君は、大きな勘違いをしている。
 君は――――人を殺してはいない」
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