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厨二と作家とシャーロキアン

自動販売機の前で ④

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 夕べのニュースで言っていた通り、今夜はかなり冷え込んだ。

 私は、ホットミルクでも飲もうとベッドから身体を起こしたところで、ちょうど牛乳を切らしていたことを思いだす。

 たまには、自販機でも使ってみようかな。

 着替えるのも寒いから、パジャマの上からファーのコートを一枚羽織り部屋を出る。

 ちょうど、誰かが廊下を歩いていたらしい。同じクラスの瑞浪理子みずなりこちゃんだ。

「お、さつきじゃん。どこ行くの?」

「んー、ちょっと飲み物でも買おうかと自販機まで」

「さつきが自販機って珍しいね。学校じゃいっつも水筒使ってるもんね…はっ、くしゅん!」

 理子ちゃんは可愛くくしゃみみをすると、両腕を抱えるようにして震える。

 確かに、春用のパジャマだけじゃ今夜は寒い。

「つか、さみーわ。んじゃ、さつき、おやすみ」

「うん、おやすみ。理子ちゃん」

 そうして、理子ちゃんと別れ、自動販売機へと歩く。自販機まで来ると、向かいの棟に隣の席の千川君が歩いているのを見つける。

 この学校の寮は、男女の棟が各階、会議室のある一本の渡り廊下でつながっている。上から見ると、アルファベッドのUのようになっている。入り口は一つ。男子の棟と女子の棟は往来自由だけど、夜遅くには、皆んなあんまり行き来しない。

 窓張りになっているため、お互いの棟の廊下はよく見える。上を見たりしたら、他のクラスの男子棟も少しは見える。どうやら、千川君も何か飲み物を買いに来たみたい。

 千川君は缶の飲み物を買うと、隣のベンチに座る。私には気がついていないようだ。手の中でコロコロと飲み物を冷ましている様子。あったかい飲み物かな。

 千川君とはずっと隣の席だけど、ずっと観察してても飽きない。なんか面白いんだよなぁ。

 すると、誰かが部屋を出て来た。小佐野君だ。

 小佐野君はすぐに反対側に居る私に気がつくと、ニコッと笑って手を振ってくる。小佐野君に優しい笑顔を向けられて、嫌な思いをする女の子はいないんじゃないだろうか。

 私は、胸の前で小さく手を振り返す。

 あまり長い間廊下に居ても冷えるし、私は千川君の観察をやめ、何か買うことにした。

 あったかいのがいいな。ホットミルクは無いし……。コーヒー、はちみつレモン、お汁粉、コーンポタージュ、カフェオレ、ココア……。

 ココアにしようかな。私は小銭を入れると、ココアのボタンを押す。

 ココアの缶がガチャンと音を立てて落ちてきたのと同時に声をかけられた。ココアの落ちる音に相殺され、よく聞こえなかったため振り返る。

 学級委員の登葉ちゃんだ。可愛らしい猫の柄のパジャマを着ている。かわいいパジャマだねと言ったら、私の趣味じゃないって不機嫌になるって他の女の子から聞いたことがあるから、あえて口には出さないでおこう。でもこの前、部屋に入れてもらったとき、猫の抱き枕と猫のポスターがあったから、登葉ちゃん、猫好きだと思ったんだけどなぁ。

「あら、こんばんは。佐藤さん」

「こんばんは。登葉ちゃん」

 と挨拶をしている間に、登葉ちゃんは、迷うそぶりも見せずにミネラルウォーターを購入した。そして、キャップを開け、水を少し飲む。登葉ちゃんの白く細い喉がを水が通過する姿が、やけに美しく、少し見惚れてしまった。私がうっとりしていると、登葉ちゃんが口を開く。

「私、いっつもこの時間にこのミネラルウォーターを買うようにしているの」

「へぇー。毎日か。そんなに美味しいの?」

「いや、別に普通のミネラルウォーターよ。毎日買ってるのは、ルーティンみたいなものだか」

「あの、すみません」

「きゃっ!?」

 話の途中で突然、どこからともなく声がして、登葉ちゃんが声が声を裏返して、猫のように驚く。

 横を見るとクラスメートの九院未子くいんみこちゃんが立って居た。いつのまにそこに居たのか、私も登葉ちゃんも全然気がつかなかった。

 未子ちゃんは自他ともに認める影の薄さで、学校にもキャラも、影が薄い子と申請している。四組で出席を取って誰かが居ないときは、未子ちゃんが忘れられてるか、千川君の遅刻だ。ちゅうちゅうタコかい……あれっ!?一人足りない!

「ど、どうしたのかしら、九院さん。」

「実は……」
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