元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨

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19、故郷へ

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 ニナリアたちは6日の旅を経てワレントに到着した。地味な旅馬車ではあったが、騎士の護衛が付く一行に村人たちは驚いて、慌てて家の中に入った。ニナリアは先に村長の家に行くことにした。ここからは緊張すると思った。
 村長の家の前に着いた。ニナリアはアレンとジャンを連れて、ドアのノッカーを叩いた。一行が来たことに気が付いていた村長は、こわばった表情で家のドアを用心深く開けたが、ニナリアに気が付くと涙を浮かべた。手がニナリアのほうに動くが、立場を考えて降ろした。ニナリアが結婚したことはこの村にも、新聞で伝わっていた。

「ニナリア、大きくなって……」
「村長さん」(やっぱり村長さんは優しいままだ)

 ニナリアも涙を浮かべて、村長をそっと抱きしめた。村長もニナリアの背中に手を回した。ジャンももらい泣きした。

「さあ、寒いから中に入ってくれ」

 村長は中に三人を招き入れた。お茶を出しながらジャンに向かって謝罪した。

「こないだはすまなかったな」
「いえ」

 アレンとニナリアと村長は、テーブルの席に座り、ジャンは後ろに立っていた。ニナリアは村長にお願いした。

「お母さんのことを聞かせてください」
「ああ。お前が連れ去られた後、すぐにヘレナは旅支度をしてここに来て、何があったかすべて話した。お前がフレッドの父親のバートン侯爵に連れていかれたことも」

 アレンが名前に反応したので、ニナリアが説明する。

「父と母はずっと偽名を使っていたんです」
「そうだろうな」

 アレンは静かに言った。村長もうなずいた。新聞にはクリストファーと書いてあった。

「やはりな。ヘレナはここにいたら村に迷惑がかかるかもしれないから、村を出て行くと言ってすぐに出て行った。手紙を預かっている。お前宛てと、移住先からの手紙だ」
「!」(お母さんの行方が分かる!)

 村長は手紙を持ってくると、二通ともニナリアに渡した。片方は村長当てで、移住先からだった。移住先からの開封された手紙を先に読んだ。

『今私は、南にある港町のペナンで暮らしています。ニナリアが来たら伝えてください。よろしくお願いします』

 詳しいことは書かれていなかったが、封筒には住所が書いてあった。

(お母さんの居場所が分かった!)

 もう一つの手紙は未開封で、別れた後に書かれたものだった。そちらを開けて読んだ。

『大好きなニナリアへ
 こんな日が来ると思っていた。お母さんを許して。
 お母さんは南に行く。あなたの人形を持って行くわ。
 私たちの大切なニナリア、愛している。
 あなたに神のご加護がありますように。
              母より 』

 ニナリアは読み終えると号泣した。村長も涙を流した。アレンはニナリアの背中に手を置いた。ジャンもまた泣いた。
 アレンは、ここに来たことが侯爵にも伝わるかもしれないことを考えて、対策を取ることにした。

「ジャン、お前は休暇がまだ不十分だったな。しばらくここに残って村を守ってくれ。村長、二人置いていくからこの家を使わせてほしい。一人は連絡役で陰で動くので、村人には知らせないでくれ。ジャンのことは、親戚の息子を預かったことにしてくれ。こき使ってくれて構わない」
「分かりました」

「休暇じゃないんですか」
「体がなまると、お前が困るぞ」

 ジャンがアレンに突っ込むと、アレンは真面目な顔で返した。

「若い人手があると助かります」

 村長の息子家族は村の中心部にいて、村長は村の外れで一人暮らしをしていた。
 アレンは村長に金貨がずっしり入った小袋を渡した。

「これは二人を置いていく費用と、謝礼金だ。残ったら村のみんなで分けてくれ」
「こんなにたくさん。……ありがとうございます。みんなで分けます。みんな喜びます」

 村長は感極まって涙ぐんだ。ワレントの冬は厳しい。これだけあれば、みんな十分に備えることができた。
 ニナリアは村長に実家のことを聞いた。

「荷物を取りに行きたいのですが、誰か住んでいましたか?」
「いや、あれから誰にも貸していない。——あのままにしてある。鍵を渡そう」

 ニナリアは、荷物がそのままなのでほっとした。村長から鍵を受け取る。
 村長の家を出て、さらに奥にある少し離れた実家まで馬車で行った。ジャンの言った通り、畑には何もなかった。家を出る前は薬草や野菜が植わっていた。村長さんが刈り取ったんだろうと思った。ニナリアとアレンは馬車から降りると二人だけで家に向かった。
 ニナリアは家の前に立った。

(ここまで来るのに長かった……)

 ニナリアが家を出てから5年が経っていた。ニナリアはまた泣いた。アレンが後ろから抱きしめる。
 ニナリアは落ち着くと、鍵を開けて家に入った。ドアが閉まると、ニナリアはアレンのほうを向いた。

「ぎゅっとしてもいいですか?」
「もちろんだ」

 ニナリアはアレンをぎゅっと抱きしめた。アレンもニナリアを抱きしめる。

「アレンがいなかったら、もっと寂しい思いをしていたと思います。アレンがいてくれて良かったです」
「ああ、大丈夫だ」

 家は埃っぽかった。食べ物や薬草、薬は全部なくなっていた。これも村長さんが片付けてくれたんだと思った。家の中は、出たときのままだった。

「荒らされるかもしれないから。大事なものはすべて持って行こう」
「はい」

 お父さんが使っていた物は、全部置いてあった。

(お母さんは、お父さんの日記を持って行かなかったんだ……)

 作業場にあったお父さんの日記と薬草の本を、魔法袋に入れる。道具も持って行くことにした。
 ニナリアの小さな部屋にも行った。ニナリアの物は元から少なかった。お母さんが持って行った人形は、母の手作りで、子供の頃は遊んでいたが、大きくなると部屋の壁につけられた板だけの飾り棚に飾ってあった。
 アレンは家を出る前にニナリアに言った。

「この後、旅を続けよう。ペナンに行ってお義母さんを捜すんだ」
「! いいんですか⁉」
「もちろんだ」

 ニナリアはアレンに飛びついた。アレンがそう言ってくれたおかげで、寂しさが吹き飛んでいた。次の目的地に向かって胸が一杯になった。
 村長に鍵を返しに行って、お礼と帰りの挨拶をした。ジャンと連絡係の騎士が残った。馬車の中から三人に手を振って、村を後にした。
 ニナリアの目は涙で腫れていた。

「今日、一生分泣いた気がします」

 へへへと照れて笑った。

「お前が泣くと心が痛む」
「ごめんなさい」
「お前が謝る必要はない。俺の問題だ」
「私はもう大丈夫です」

 アレンは少し悲しそうな笑顔を見せる。ニナリアは席を立つと、アレンの横に座った。

「アレン、南に向かってくれてありがとうございます」
「当然のことだ」

 ニナリアはアレンにもたれると「くかーっ」と寝てしまった。それを見てアレンは笑った。アレンもニナリアのほうに頭を傾けた。
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