元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨

文字の大きさ
19 / 40

19、故郷へ

しおりを挟む
 ニナリアたちは6日の旅を経てワレントに到着した。地味な旅馬車ではあったが、騎士の護衛が付く一行に村人たちは驚いて、慌てて家の中に入った。ニナリアは先に村長の家に行くことにした。ここからは緊張すると思った。
 村長の家の前に着いた。ニナリアはアレンとジャンを連れて、ドアのノッカーを叩いた。一行が来たことに気が付いていた村長は、こわばった表情で家のドアを用心深く開けたが、ニナリアに気が付くと涙を浮かべた。手がニナリアのほうに動くが、立場を考えて降ろした。ニナリアが結婚したことはこの村にも、新聞で伝わっていた。

「ニナリア、大きくなって……」
「村長さん」(やっぱり村長さんは優しいままだ)

 ニナリアも涙を浮かべて、村長をそっと抱きしめた。村長もニナリアの背中に手を回した。ジャンももらい泣きした。

「さあ、寒いから中に入ってくれ」

 村長は中に三人を招き入れた。お茶を出しながらジャンに向かって謝罪した。

「こないだはすまなかったな」
「いえ」

 アレンとニナリアと村長は、テーブルの席に座り、ジャンは後ろに立っていた。ニナリアは村長にお願いした。

「お母さんのことを聞かせてください」
「ああ。お前が連れ去られた後、すぐにヘレナは旅支度をしてここに来て、何があったかすべて話した。お前がフレッドの父親のバートン侯爵に連れていかれたことも」

 アレンが名前に反応したので、ニナリアが説明する。

「父と母はずっと偽名を使っていたんです」
「そうだろうな」

 アレンは静かに言った。村長もうなずいた。新聞にはクリストファーと書いてあった。

「やはりな。ヘレナはここにいたら村に迷惑がかかるかもしれないから、村を出て行くと言ってすぐに出て行った。手紙を預かっている。お前宛てと、移住先からの手紙だ」
「!」(お母さんの行方が分かる!)

 村長は手紙を持ってくると、二通ともニナリアに渡した。片方は村長当てで、移住先からだった。移住先からの開封された手紙を先に読んだ。

『今私は、南にある港町のペナンで暮らしています。ニナリアが来たら伝えてください。よろしくお願いします』

 詳しいことは書かれていなかったが、封筒には住所が書いてあった。

(お母さんの居場所が分かった!)

 もう一つの手紙は未開封で、別れた後に書かれたものだった。そちらを開けて読んだ。

『大好きなニナリアへ
 こんな日が来ると思っていた。お母さんを許して。
 お母さんは南に行く。あなたの人形を持って行くわ。
 私たちの大切なニナリア、愛している。
 あなたに神のご加護がありますように。
              母より 』

 ニナリアは読み終えると号泣した。村長も涙を流した。アレンはニナリアの背中に手を置いた。ジャンもまた泣いた。
 アレンは、ここに来たことが侯爵にも伝わるかもしれないことを考えて、対策を取ることにした。

「ジャン、お前は休暇がまだ不十分だったな。しばらくここに残って村を守ってくれ。村長、二人置いていくからこの家を使わせてほしい。一人は連絡役で陰で動くので、村人には知らせないでくれ。ジャンのことは、親戚の息子を預かったことにしてくれ。こき使ってくれて構わない」
「分かりました」

「休暇じゃないんですか」
「体がなまると、お前が困るぞ」

 ジャンがアレンに突っ込むと、アレンは真面目な顔で返した。

「若い人手があると助かります」

 村長の息子家族は村の中心部にいて、村長は村の外れで一人暮らしをしていた。
 アレンは村長に金貨がずっしり入った小袋を渡した。

「これは二人を置いていく費用と、謝礼金だ。残ったら村のみんなで分けてくれ」
「こんなにたくさん。……ありがとうございます。みんなで分けます。みんな喜びます」

 村長は感極まって涙ぐんだ。ワレントの冬は厳しい。これだけあれば、みんな十分に備えることができた。
 ニナリアは村長に実家のことを聞いた。

「荷物を取りに行きたいのですが、誰か住んでいましたか?」
「いや、あれから誰にも貸していない。——あのままにしてある。鍵を渡そう」

 ニナリアは、荷物がそのままなのでほっとした。村長から鍵を受け取る。
 村長の家を出て、さらに奥にある少し離れた実家まで馬車で行った。ジャンの言った通り、畑には何もなかった。家を出る前は薬草や野菜が植わっていた。村長さんが刈り取ったんだろうと思った。ニナリアとアレンは馬車から降りると二人だけで家に向かった。
 ニナリアは家の前に立った。

(ここまで来るのに長かった……)

 ニナリアが家を出てから5年が経っていた。ニナリアはまた泣いた。アレンが後ろから抱きしめる。
 ニナリアは落ち着くと、鍵を開けて家に入った。ドアが閉まると、ニナリアはアレンのほうを向いた。

「ぎゅっとしてもいいですか?」
「もちろんだ」

 ニナリアはアレンをぎゅっと抱きしめた。アレンもニナリアを抱きしめる。

「アレンがいなかったら、もっと寂しい思いをしていたと思います。アレンがいてくれて良かったです」
「ああ、大丈夫だ」

 家は埃っぽかった。食べ物や薬草、薬は全部なくなっていた。これも村長さんが片付けてくれたんだと思った。家の中は、出たときのままだった。

「荒らされるかもしれないから。大事なものはすべて持って行こう」
「はい」

 お父さんが使っていた物は、全部置いてあった。

(お母さんは、お父さんの日記を持って行かなかったんだ……)

 作業場にあったお父さんの日記と薬草の本を、魔法袋に入れる。道具も持って行くことにした。
 ニナリアの小さな部屋にも行った。ニナリアの物は元から少なかった。お母さんが持って行った人形は、母の手作りで、子供の頃は遊んでいたが、大きくなると部屋の壁につけられた板だけの飾り棚に飾ってあった。
 アレンは家を出る前にニナリアに言った。

「この後、旅を続けよう。ペナンに行ってお義母さんを捜すんだ」
「! いいんですか⁉」
「もちろんだ」

 ニナリアはアレンに飛びついた。アレンがそう言ってくれたおかげで、寂しさが吹き飛んでいた。次の目的地に向かって胸が一杯になった。
 村長に鍵を返しに行って、お礼と帰りの挨拶をした。ジャンと連絡係の騎士が残った。馬車の中から三人に手を振って、村を後にした。
 ニナリアの目は涙で腫れていた。

「今日、一生分泣いた気がします」

 へへへと照れて笑った。

「お前が泣くと心が痛む」
「ごめんなさい」
「お前が謝る必要はない。俺の問題だ」
「私はもう大丈夫です」

 アレンは少し悲しそうな笑顔を見せる。ニナリアは席を立つと、アレンの横に座った。

「アレン、南に向かってくれてありがとうございます」
「当然のことだ」

 ニナリアはアレンにもたれると「くかーっ」と寝てしまった。それを見てアレンは笑った。アレンもニナリアのほうに頭を傾けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された地味なメイドは和菓子職人の記憶に目覚める 〜王子たちの胃袋を『あんこ』で掴んだら、王宮で極甘に溺愛されています〜

あとりえむ
恋愛
「起きなさい、この穀潰し!」 冷たい紅茶を浴びせられ、無実の罪で男爵家を追放された地味なメイド、ミア。 泥濘の中で力尽きようとしたその時、彼女の脳裏に鮮やかな記憶が蘇る。 それは、炊きたての小豆の香りと、丁寧にあんこを練り上げる職人としての誇り…… 行き倒れたミアを救ったのは、冷徹と恐れられる第一王子ミハエルだった。 バターと生クリームの重いお菓子に胃を痛めていた王族たちの前に、ミアは前世の知恵を絞った未知のスイーツ『おはぎ』を差し出す。 「なんだ、この食感は……深く、そして優しい。ミア、お前は私の最高のパートナーだ」 小豆の魔法に魅了されたミハエルだけでなく、武闘派の第二王子やわがままな王女まで、気づけばミアを取り合う溺愛合戦が勃発! 一方で、有能なミアを失い、裏金のカラクリを解ける者がいなくなった男爵家は、自業自得の崩壊へと突き進んでいく。 泣いて謝っても、もう遅い。 彼らを待っていたのは、処刑よりも皮肉な「全土小豆畑の刑」だった…… これは、一粒の小豆から始まる、甘くて爽快な逆転シンデレラストーリー。 あなたの心も、あんこのように「まあるく」癒やしてみせます。

【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。

まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。 理由は、お家騒動のための避難措置である。 八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。 ★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。 ☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。 ☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

【完結】氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那
恋愛
 魔術国家アステリエで事務官として働くセレフィアは、義理の家族に給料を奪われ、婚期を逃した厄介者として扱われていた。  そんなある日、上司である魔術師長・シリウスが事務室へやってきて、「私と結婚してください」と言い放った!  詳しく話を聞けば、どうやらシリウスにも事情があるようで、契約結婚の話を持ちかけられる。  家から抜け出るきっかけだと、シリウスとの結婚を決意するセレフィア。  同居生活が始まるが、シリウスはなぜかしれっとセレフィアを甘やかしてくる!? 「これは契約結婚のはずですよね!?」 ◇◇◇◇  恋愛小説大賞に応募しています。  お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます( . .)"  モチベになるので良ければ応援していただけると嬉しいです! ※この作品は「小説家になろう」様にも掲載しております。 ※表紙はAIイラストです。文字入れは「装丁カフェ」様を使用しております。 ※小説内容にはAI不使用です。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

第四王子の運命の相手は私です

光城 朱純
恋愛
闇の魔力の持ち主が世界を滅ぼすと、見下される国カイート王国。 生まれてきた者は隠され、貶められ、蔑まれ、まともな生活を送ることは許されなかった。 圧倒的なその力に、いつ呑み込まれるかわからない闇の魔力の持ち主を救えるのは、聖の魔力の持ち主のみ。 そんな国に生まれ落ちた第四王子は闇の魔力を持つ。 聖の魔力を持って生まれた相手に恋をして、側にいることが叶えば、その愛はとどまることを知らない。 やがて運命の相手との力は国を守り、民を助ける。 聖と闇。その二つの魔力を持つ者がお互いを信じ結ばれた時、その力は何倍もの大きさになって国に繁栄をもたらすだろう。 闇魔法の使い手である第四王子。聖魔法の使い手の侍女エラ。運命の相手との立場を超えた恋愛のいく末はーー。 表紙はイラストAC様からお借りしました

妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付

唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。

処理中です...