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第8章 先輩になった私と人気俳優の彼

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 そして、怒涛の決算の時期に入った。といっても、私自身が忙しくなったわけではなく、笠原さんと本城さんが、だけど。
 できるだけ雑務といえるようなことは、私や関根くんでフォローするようになった。さすがに仕事中は、関根くんも新人だけにそれだけで手いっぱいで、変な雰囲気にならずにすんでいる。
 何度か遅くなった時には、ありがたいことに約束通り、一馬が迎えにきてくれて、何事もなく過ごしている。

「笠原さん、本城さん、コーヒーいれますけど、のみますか?」

 ほとんど席から動かない二人に、声をかけた。

「お願い~」
「俺、砂糖多めに持ってきて」

 糖尿になりますよ? とは、かわいそうで言えなかった。
 ちょうど電話の対応をしてた関根くんにもアイコンタクトで、『どうする?』と聞いてみたら、頭を下げたので、たぶん飲むんだろうな、と思って給湯室に向かう。
 四人分のコーヒーを持って戻ると、楢橋さんが席に戻っていたので、とりあえず、それぞれに渡して、自分の分を入れに戻ることにした。

「あ、神崎、悪いな」
「いいえ、私には息抜きみたいなもんですから」

 ニッコリ笑顔で、もう一度給湯室へ戻って、そのまま、給湯室で立ち飲み。行儀悪いけど。
 結局、遼ちゃんの誕生日には会えず、L〇NEで『Happy Birthday』を伝えただけ。返事は返ってきたけど。
 何もできなかったことが、ちょっと悔しくて、いつになったらプレゼントが渡せるんだろう、と、ぼーっとしてたら。

「神崎さん?」
「うわっ!?」

 給湯室の入口に関根くん。

「電話入ってますよ。総務から」
「あ、ありがとう」
「いいえ」

 彼の脇を抜け、通り過ぎようとしたとき。

「あの」
「はい?」
「あの人が彼氏ですか?」
「……?」
「昨夜、会社の裏口にいましたよね」

 定時をすぎて二十時を過ぎると、正面の入口は閉鎖されるから、それ以降の退館は裏口からになる。一馬は、いつも裏口のそばにあるコンビニで時間つぶして待ってくれている。昨日は関根くんよりも私の方が少し先に会社を出たはずなのに。それに気づいたら、背筋がうすら寒くなる。

「だったら、何」

 一馬を彼氏と勘違いしてくれる分には、変なちょっかい出してこないかも、と考えたら、そう返事をしていた。

「神崎さんは、ああいうのがタイプなんですね」

 嫌な感じの目つきをしている彼をおいて、私はすぐに席に戻った。仕事以外だと、やっぱり苦手だ。彼のあの目つきは意識してやってるのだろうか。思わず身震いをしてしまう。



 今日も当然、定時にはあがれず、かといって、ダラダラ残業するのも非効率だ、と自分を励まし、なんとか九時過ぎには机の上を片付け始めた。一馬には連絡済みだ。いつも迷惑かけてるから、今日もあの店でご飯食べて帰ろう。

「じゃ、お先に失礼します」
「「お疲れ~」」

 笠原さんも本城さんも、手をひらひらさせるだけで、見向きもしない。関根くんは、今日は同期の飲み会だといってさっさと帰っていった。平日のど真ん中で、と思うものの、若者には関係ないのか。って、私よりも一つ上だけど。

「美輪」

 私が裏口から出てきたと同時に、コンビニの出入り口から声をかけてきた一馬。

「ごめんね」
「いや」
「ご飯食べいこうか」
「あ、悪い、今日はこの後予定があるんだ」
「あら。こんな時間から珍しい」
「うん。だから、家まで送ったら、すぐに行きたいんだよ。悪いな」
「こっちこそ、ごめんね。つきあわせちゃって」

 電車の中でも、どこか上の空の一馬。

「ねぇ、もしかして、彼女でも待たせてる?」
「んなわけあるか」

 意外に冷静な反応。

「ふぅ~ん」
「もし、そうだとしても、今は、美輪のほうが優先だ」
「え。マジで彼女だったら、申し訳なさすぎるんですけど」
「美輪は姉ちゃんみたいなもんだ。身内の大事に、文句言うようなヤツとはつきあわねーよ」

 うっ! その言葉に胸がキュンとする。一馬、姉ちゃんは、うれしいよっ。

「ま、本当に彼女とかじゃないから、気にしなくていいよ」

 ちょっとだけ、厳しい顔つきをしたのは、気のせいかな。




 無事に家まで送り届けてくれた一馬は、スマホを確認して慌てて出て行った。その後ろ姿に申し訳ないと思いつつ、あの話の後なだけに彼女とは思わないまでも、大学の先輩とかかな、って思った。うん、先輩は大事だよね。
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