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第1章「動き始めた世界、愛」
第1話「味わわせて」
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一度眠りに落ちた少年の身体に、女の指が触れた。
絹糸のように細く、艶のあるその指先が、胸の鼓動を確かめるように這う。
少年――妖木正也(ようきまさや)は、緊張と怒りで小刻みに震えていた。
「正也(まさや)君? 起きたか?」
聞かれ、今夜もまた答えない。
彼女の低く、艶のある声が降りかかるのはこれで四日連続のことだ。
「今日こそ、私の血、吸ってくれないか?」
女の手が胸板に置かれ、吐息が顎をなぞる。
吸血鬼――妖木正也は瞼を僅かに開く勇気を振り絞った。
「あっ」
声を上げたのは女だ。
猫のような視線と至近距離でぶつかる。
「起きた」
まるで他人事のようにそんなことを呟いた女は、すんっと身体を起こし、惜しげもなくその姿を晒した。
カラスのように黒く、背中の中心ほどまで伸びた髪。
顔にかかったそれを慣れた所作で掻き上げると狡猾そうな目が現れる。
女の制服。その左手の指輪――赤い石が光る。
正也は息を飲んだ。
少女は、自身が通っている高校の生徒会長その人だ。
「神野(かみの)、櫻(さくら)」
「へぇ、覚えてくれていたんだね」
「あんた、一体何故」
どうやって、と続くはずだった疑問は、
『理屈などどうでも良い』とでも言いたげな狂気の笑みに打ち消された。
「私の血を吸ってほしい」
落胆すら覚える繰り返しの要求。
しかし櫻はお構いなしに再び正也の胸板に手を置いた。
「良いかい? これは夢だ」
現実をざらりと削り取るような甘い声が響き、思考がぐらつくのを辛うじて堪える。
「夢、だと?」
「そう、夢」
櫻はまるで挑発するように正也の頬を撫でる。
もう逃げられない。
そう悟った次の瞬間、櫻は冷たく微笑んだ。
「何故、私は君の部屋に侵入出来た?」
「何故、才色兼備のこの私が君を選んだ?」
「そして何故私は、君が吸血鬼であることを知っている?」
甘い匂いが漂う。
正也の脳が、身体が目覚めていく。
熱を持った血が全身を駆け巡っていき、それは正也に血を吸うための牙を露わにさせた。
「素直になって良いんだぞ」
直後、差し出されたその細い首筋に噛みつく。
櫻の血が舌先に触れた瞬間、ただの『生きるための行為』は、本能を解き放つ儀式へと変わった。
赤い情熱が喉を通り、身体の隅々まで行き渡ってようやく、正也は“違和感”を覚える。
「ッ!」
心臓を中心に力が湧き上がり、その慣れない感覚によって動悸が激しくなっていく。
正也のやつれた心は潤いを取り戻し、枯れたはずの欲望にもう一度火を付けた。
理性が、音を立てて焦げ付いていく。
『この人を、支配したい』
「もっと、吸って良いんだぞ?」
悪魔的な吐息が正也の額を撫でる。
しかし次の瞬間、全身を満たした熱が疲労感を呼び起こさせる。
意識が遠のいていく――吸血鬼の心の中に、満足感と罪悪感が均等に渦巻く。
「これで君は私の物だよ。正也君」
櫻の悪戯っぽい、得意げな声が正也の胸骨を揺らす。
その声は、彼の意識がゆっくりと降りて夢の底に辿り着くまで、ずっと消えることはなかった。
目を覚ましても、消えることはなかった。
絹糸のように細く、艶のあるその指先が、胸の鼓動を確かめるように這う。
少年――妖木正也(ようきまさや)は、緊張と怒りで小刻みに震えていた。
「正也(まさや)君? 起きたか?」
聞かれ、今夜もまた答えない。
彼女の低く、艶のある声が降りかかるのはこれで四日連続のことだ。
「今日こそ、私の血、吸ってくれないか?」
女の手が胸板に置かれ、吐息が顎をなぞる。
吸血鬼――妖木正也は瞼を僅かに開く勇気を振り絞った。
「あっ」
声を上げたのは女だ。
猫のような視線と至近距離でぶつかる。
「起きた」
まるで他人事のようにそんなことを呟いた女は、すんっと身体を起こし、惜しげもなくその姿を晒した。
カラスのように黒く、背中の中心ほどまで伸びた髪。
顔にかかったそれを慣れた所作で掻き上げると狡猾そうな目が現れる。
女の制服。その左手の指輪――赤い石が光る。
正也は息を飲んだ。
少女は、自身が通っている高校の生徒会長その人だ。
「神野(かみの)、櫻(さくら)」
「へぇ、覚えてくれていたんだね」
「あんた、一体何故」
どうやって、と続くはずだった疑問は、
『理屈などどうでも良い』とでも言いたげな狂気の笑みに打ち消された。
「私の血を吸ってほしい」
落胆すら覚える繰り返しの要求。
しかし櫻はお構いなしに再び正也の胸板に手を置いた。
「良いかい? これは夢だ」
現実をざらりと削り取るような甘い声が響き、思考がぐらつくのを辛うじて堪える。
「夢、だと?」
「そう、夢」
櫻はまるで挑発するように正也の頬を撫でる。
もう逃げられない。
そう悟った次の瞬間、櫻は冷たく微笑んだ。
「何故、私は君の部屋に侵入出来た?」
「何故、才色兼備のこの私が君を選んだ?」
「そして何故私は、君が吸血鬼であることを知っている?」
甘い匂いが漂う。
正也の脳が、身体が目覚めていく。
熱を持った血が全身を駆け巡っていき、それは正也に血を吸うための牙を露わにさせた。
「素直になって良いんだぞ」
直後、差し出されたその細い首筋に噛みつく。
櫻の血が舌先に触れた瞬間、ただの『生きるための行為』は、本能を解き放つ儀式へと変わった。
赤い情熱が喉を通り、身体の隅々まで行き渡ってようやく、正也は“違和感”を覚える。
「ッ!」
心臓を中心に力が湧き上がり、その慣れない感覚によって動悸が激しくなっていく。
正也のやつれた心は潤いを取り戻し、枯れたはずの欲望にもう一度火を付けた。
理性が、音を立てて焦げ付いていく。
『この人を、支配したい』
「もっと、吸って良いんだぞ?」
悪魔的な吐息が正也の額を撫でる。
しかし次の瞬間、全身を満たした熱が疲労感を呼び起こさせる。
意識が遠のいていく――吸血鬼の心の中に、満足感と罪悪感が均等に渦巻く。
「これで君は私の物だよ。正也君」
櫻の悪戯っぽい、得意げな声が正也の胸骨を揺らす。
その声は、彼の意識がゆっくりと降りて夢の底に辿り着くまで、ずっと消えることはなかった。
目を覚ましても、消えることはなかった。
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