吸血鬼な俺と、美しく狂った祓魔師の話――これは最悪で最強の共犯契約

渋谷 楽(シブヤ ガク)

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第5章「交差する歩み、真実へ」

第32話「青さ、血の匂い」

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「ほぉ、転校生が私と似た指輪をねぇ。もぐもぐ」

 昼食の時間を迎えた学校の屋上で、日傘を差した正也は呆れたような目で櫻を見る。

「もぐもぐじゃなくて、なんかおかしいんですよ。あいつ」
「うーん、指輪ねえ。指輪なんて、今時女子高生が付けていてもおかしくないだろう? それに、彼女のは私のと少し違うと」

 櫻はそう言って自身の左手小指に嵌めた指輪をまじまじと観察する。

「見た目は同じなんですけど、色が違うんです。紫色で。何か知りません?」
「紫色、か」

 櫻は宙を見上げ、おにぎりを小さく齧る。

「そういえば特殊な指輪を開発していると聞いたことがある。何でも、持ち主の霊気を限界以上に引き出すとか」
「本当ですか⁉ じゃああいつが持ってるのは」
「待て。これは噂程度の話で何の確証も無い。それに、色によって何かが変わるというのは聞いたことが無い」
「そう、ですか」

 諭され、考え込む正也。
 そして、もう一つの違和感を思い出した。

「でもあいつ、雰囲気がおかしいんですよ」
「雰囲気が? どういう風に?」
「やけに落ち着いてて、隙が無いんです」

 正也が思い出すのは、リンが教室に入ってきた場面。

「目も、特徴的だ。死線をくぐってきたみたいな」

 正也の背筋に冷たいものが走り、そしてやはり櫻の目とリンクした。

「例えば、そう、放課後教室で先輩が入ってきたあのときみたいな、ああいう目と雰囲気」
「えー、あのときのことそんなに覚えてるのか? なんかくすぐったいなぁ」
「俺、真面目に話してんだけど」

 正也の真剣な眼差しに射抜かれ、お茶を一口飲んだ櫻は、こくんと小さく頷いた。

「わかったよ。君がそこまで言うなんて珍しい。変わり者なのだろう。しかし、彼女が祓魔師の類だというのはありえない」
「何で言い切れるんです?」

 聞かれ、櫻はどこか寂しそうな表情を浮かべながら、指輪をはめた小指を床に近づける。

「こういう理由(わけ)さ」

 小指が床に触れた瞬間――階段室から二人のいる場所まで一本の赤く長い糸が現れる。

 まるで一本の血管のようなそれは、昼間に関わらずぼんやりと儚げに輝いている。

「強い霊気に反応するように出来ている。普段は不可視で、至る所に仕掛けてあるんだ。だから大丈夫」

 淡々と説明する櫻を見て、正也は恐る恐る口を開いた。

「血、どれだけ使ったんですか」

 聞かれ、櫻は脚を抱えて正也を見上げ、困ったように眉尻を下げた。

「だから君に知られたくなかったんだ」
「答えてください。量によっては吸血控えます」
「そんなに慌てなくても、こんなのほんの少量で済むんだよ。問題は痛みとタイミング。そんなものは些細な問題に過ぎないが」
「何でそこまで」

 櫻の落ち着き払った目の奥に“執着”が滲む。正也はその目を見て、一瞬気圧されてしまった。

「祓魔師も一枚岩じゃないんだ。色々いる。仕事と割り切って任務にだけ集中する者、吸血鬼を憎んでいる者、そして、規則を破った祓魔師に制裁を加えようとする者」

 そこまで言って正也の顔を覗き込む櫻の表情に、好奇心と合理性が半々で滲む。

「王の眷属たちを一度退けた今、私たちにとって最大の仮想敵は、祓魔師なんだよ」

 圧倒される正也を他所に、櫻は邪気を払うかのように空を見上げ、ため息をついた。

「あーあ、私も不良になってしまったな」

 しみじみとそう呟く櫻を見て、正也は困惑した表情を浮かべる。

「先輩はわかっていたんですか」
「何がだ?」
「俺と契約することが、規則違反になるってこと」

 しばし正也を見つめていた櫻だったが、再びそのどこか遠い視線を空に移した。

「もちろん、わかってたよ」
「何で、そこまでして」
「半年前のあの日、君のことをカッコいいと思ったから」

 自分の言葉の余韻に浸り、櫻は顔を撫でるそよ風に身を委ねる。

「憧れた。だから、どんな手段を使ってでも一緒にいたいと思った」

 櫻はそう言い、脚を抱える腕の中に表情を半分隠した。

「思いがけずかけがえのない相棒になってしまったけどね」
「先輩……」

 しかし正也は対照的に怪訝な表情を浮かべた。

「なんか理由、しょうもなくないですか」
「なっ、にぃ⁉ どこがだ⁉」
「だって、そんなことのためにこんなリスク負うなんて、ちょっと考えられないですよ」

 ぷるぷると怒りに震えた櫻は、床にバンッと手を付き、正也を睨みつける。

「良いかい正也君ッ! 私にとって、いや、女の子にとっての……」
「え?」

 しかし櫻はそこで言葉を止め、固まってしまった。

「女の子にとっての、何なんです?」
「んいや、何でもない」

 目を泳がせた櫻は途端に萎み、また体育座りに戻ってそっぽを向いてしまう。

「いやいや誤魔化さないでくださいよ」
「君こそ、こんな話脱線も良いところだ。本筋は転校生が祓魔師かそうでないかという話だろう?」
「……」
「見るな」
「いや、そりゃ見るでしょ」
「納得しろ」
「はいはい」

 正也はやれやれと手を振り、諦めたように空を見上げる。

 日傘から覗くその景色が、正也にはどこか遠くの世界のもののように感じた。

「ところで、正也君」
「え、はい」

 櫻は、床についた正也の左手を遠慮がちにちらちらと見ている。

「要するにここは今、凄く安全なわけだが」

 そして、潤んだ瞳を物欲しそうに正也に向けた。

「この機会に、もっと、お互いのことを知り合いたいなと」
「知り合う?」
「例えば、えっと」

 櫻は正也ににじり寄る。衣擦れの音が響き、その小さな手を正也の大きな手にそっと重ねた。

「えっ」
「こういうことを、してみたり」

 櫻はまるで宝石にそうするように正也の手を撫でる。
その手の震えが、正也にはダイレクトに伝わる。

「嫌か?」
「嫌じゃ、ない」

 その言葉は、正也自身が驚く程スムーズに出てきた。

「正也君」

「櫻、先輩」

名前を呼び合い、目を見つめ合う。

――しかし直後、その温もりが一瞬で凍り付いた。

「誰か、いる」

 途端に険しい表情に変わった櫻が立ち上がり、階段室をじっと見つめる。

「先輩?」

 正也には人の気配など微塵も感じられなかったが、櫻の醸し出すただならぬ雰囲気に背筋が冷えていく。

「確認、しないと」

 正也も立ち上がり、拳を握り締めたまま歩き出す櫻を追いかける。

「誰かって、生徒の誰かなんじゃ?」
「だろうな」
「じゃあ、その人も俺たちと同じように屋上で休みたかっただけかも」
「そうかもな。ただ問題は」

 櫻は階段室の扉を開け放つ。

「私の感覚が正しければ、その人は突然現れたということと」

 そう言った櫻が指輪をはめた左手を階段へ向けて掲げた瞬間、階段を埋め尽くす血の糸が姿を現す。

 そして、その内の数本が“切れている”。

「その人が、祓魔師ということだ」

 直後、昼休みの終わりを告げるチャイムが響き渡る。

 顔を見合わせた二人には、その音がやけに不気味に、そして遠く聞こえた。

 日常と非日常の狭間で立ち位置を探すように、二人は階段に向かって慎重に歩き出したのだった。
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