吸血鬼な俺と、美しく狂った祓魔師の話――これは最悪で最強の共犯契約

渋谷 楽(シブヤ ガク)

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第5章「交差する歩み、真実へ」

第35話「距離、互いの温度」

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 大きく傾いた太陽はいよいよ夕陽の定義から外れようとしている。

 屋上を吹き抜ける初夏の空気を、誰一人として味わおうとする者はいない。

 埃が空に舞い上がるよりもゆっくりと、張り詰めた空気がその場に停滞する。

 櫻は咄嗟の構えを静かに解き、正也を制圧しているリンを睨んだ。

「とても、話をする態度には見えないが」

「こうでもしないとあなたは止まらない。そうでしょう?」

「ぐッ⁉」

 リンは正也の身体に一層体重をかけ、金の装飾が施された“リボルバー”を彼の頭に押し付けた。

 瞬間、太刀を握る櫻の右手がぴくりと動くが、すぐに脱力した。

「よく、わかっているじゃないか」

「ええ、あなたのことは昔からよく知っているの。合理的な性格だと」

 櫻は一拍置き、鼻で笑った。

「随分と、任務に私情が入り込んでいるようだ」

「そうかしら? 敵と味方を正確に区別する。混乱した現場程徹底すべきじゃない?」

「敵と、味方?」

 櫻はリンを見据え、怒りを隠すことなく笑った。

「どういう意味だ」

「……私の任務は、妖木正也を拘束するか、殺害すること」

 瞬間、櫻は低く構える。

 砂利がコンクリートに擦れる音が響き、リンは彼女に銃口を向ける。

「最後まで聞いて、あなたが合意すれば、妖木正也にこれ以上の危害は加えない。あなたの罪も軽くなる」

「誰が、お前たちを信じるんだ?」

「なに?」

「神殿の守り手、お前たちに彼を渡して、無事でいられる保証がどこにある」

 櫻の殺気立った口調に、リンは言葉に詰まる。リボルバーを握り直して、負けじと彼女を睨んだ。

「私たちは、規律を重んじる」

「そうじゃない。お前たちには権利がある。正しさを盾に、どんな方法で悪を裁いても良いという権利が」

 リンの表情が歪む。

 反論出来ず、ただ左手のリボルバーを強く握る。

「彼は悪じゃない。悪の性質を持って生まれただけだ」

「……」

「わかるか? お前たちの持ち掛けた議論も取引も、成立し得ないと言っているんだ」

 櫻の纏う殺気がさらに強大になっていく。それはもはや、王の眷属たちのそれと大差無い。

 リンは目を泳がせ、観念したように目を逸らした。

「おかしいのよ。あなたたち」

「何だと?」

「何故、祓魔師と吸血鬼が惹かれ会うの」

 目を伏せたリンの、悲痛さを隠さない言葉。

「それは罪だと、わからないの?」

 櫻は一瞬、そんなリンの姿に目を奪われた。

「ごほっ、げほっ」

 そのとき正也の咳が響き、二人は正也に視線を送った。

「よくわかんねえけど、肩書とかは関係ねえんじゃねえか」

「関係、無い?」

「そうだ。人として認め合えたなら、それ以上は、ごほっ」

 リンは正也に目を奪われる。

 彼女の頭の中を、彼の言葉が駆け巡る。

「人として、認め合えたなら」

『ザッ』

「ッ!」

 砂を踏みしめる音に気付き、リンは顔を上げる。

 そして、間一髪のところで櫻の斬撃を避けた。

「君は技術もある。誠実さもある」

「くッ!」

 リンは櫻の横払いを前への飛び込みで避け、そのまま後ずさりで距離を取る。

「だが、何を迷っている?」

「……くたばれッ!」

 リンの咄嗟の銃撃。

 櫻はそれを、刀で弾いた。

「なっ、に⁉」

「一発目、足か。思った通り合理的だ」

 一歩、二歩、櫻はリンとの距離を詰める。

 リンは動揺を隠せない目で照準を絞り、二発目を撃つ。

「次は頭か。これは驚いた」

 櫻は撃たれる位置を予測し、迷いの無い一閃で銃弾を滑らせる。

 涼しく見下ろす目がリンを射抜く。

 その距離は二メートルも無い。

「化け、物」

 震える瞳の先、櫻は低く構えた。

「君は私と同じ、衝動的だ」

 瞬間、激突する金属と金属。

 リンが咄嗟に繰り出したククリナイフは、櫻の力に押されていく。

「予想通り、近いのは弱いね」

 超至近距離、櫻とリンの瞳がぶつかる。

「なんて力なの、あんた」

「断言する。この距離で私に勝てる奴は、今」

 次の瞬間、耐え切れずリンのククリナイフが床に弾かれる。

 金属音の次、リンの耳に届いたのは櫻の左足が空気を裂く音だ。

「この世にいない」

 直後、腹に衝撃。

 悲鳴を上げる間も無く吹き飛ばされ、宙を舞う。

 接地の瞬間、踵――跳ねて、再び踵で床を蹴る。
足の側面から順に地面に着地し、転がって勢いを殺し、残った慣性で立ち上がった。

 屋上のフェンスに背中が擦る。

 膝をつき、腹を抑えるリンの視線の先には、あの夜覚醒した二人の姿。

「私が負ける?」

 リンの瞳が揺れる。混乱と怒りが脳を覆っていく。

「そんなの、間違ってる」

 呟き、立ち上がって、背中から白い和傘を取り出す。

「あなたたちの道は正しくない。そうでしょ?」

 櫻と正也の影に別々の誰かを見ながら、リンは傘の中に沈んでいく。

 右手の指輪が、妖しく光る。
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