口付けたるは実らざる恋

柊 明日

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1章 覚悟のとき

24話 まだ

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 スマホが耳元でけたたましく鳴き声を上げる。僕はすかさずそれを止めて勢いよく体を起こし、隣を確認した。

「やられた……」

 思わず零して頭を搔く。
 隣には、伸びきった小春が眠りこけるのみだった。

 昨日はまだあんなに体調が悪そうだったのに、治ったのだろうか。こんな朝に既に姿を消す聖也くんが心配ではぁと息を吐き、僕はリビングへ向かうべく愛しい布団を離れるのだった。

 果たして、リビングの隅には大きなヘッドホンを付けた聖也くんが椅子に座っていた。

「右いる」

 彼が小さく呟いた。
 珍しく、こんな時間から友人と一緒にやっているらしい。
 一目散に駆け寄り、肩を揺すりたいのを我慢して中央のテーブルを確認する。そこには、相変わらずご飯を食べた形跡も薬を飲んだ形跡も残ってはいなかった。
 本当に、困った人だ。僕はゆっくり後ろから近づき、画面に敵がいない時を見計らって彼の頬へ触れた。

「わっ」と、彼が声を上げる。
「熱は下がったみたいですね」

 僕はそう声をかけて、そそくさと彼の元を離れた。熱が下がったとはいえ、薬はまだ飲むべきだろう。放っておいたらきっと彼なら飲まないから、僕は水を取りにキッチンへ向かった。



「あ、今の? そう、例の彼氏」



 背後から、そう聖也くんの声が聞こえた。
 思わずニマリと口角が上がり、心臓が跳ね上がる。
 どれだけ彼が頼ってくれなくっても、聖也くの中ではまだ、僕は彼氏でいられているらしい。
 鼻歌なんか歌いながらコップへ水を注ぎ、リビングへ戻る。コップをテーブルへ置き、その前に座った僕が彼の薬を袋から取り出していると、珍しく聖也はゲーム中にも関わらずわざわざ僕の方へ振り向いて声を上げた。

「あの薬はまだ飲まないから入れておいていいよ」

 そして、満足した聖也くんは再びゲームへと向き直った。
 思わず、袋の中の説明書を引っ張り出して目を通す。トレフルブランと表記されたその薬の欄には確かに、毎食後1日3回と明記されていた。

 思わず紙を持ったままに顎を擦る。
 やっぱり、風邪が治りきっていないのだろうか、だとか、副作用が不安なのだろうか、だとか。それなら、彼氏である僕はどう支えるのが正解だろうか、と。
 まず、手術の成功確率を上げるためには、飲むことは必須で。だとすると、やっぱり副作用が出るのは仕方がなくて。でも、聖也くんは曲やゲームを作る作業が出来なくなるのを恐れている、と。
 ならば、と思い僕は顔を上げる。顔を上げた先では、聖也くんが僕を見下ろしていた。

「何そんなに真剣な顔してるの」
 と、彼は大あくびを両手で隠しながらテーブルを挟んだ僕の正面へ腰を下ろす。

「どうやったら聖也くんが頼ってくれるかなって考えてました」

 僕はそう、当たらずとも遠からずな言葉で濁して笑ってみせた。

「頼ってるよ。頼りきりじゃん」
「頼ってない、もっと。絶対に、他の誰かじゃ代役がきかないくらい」

 僕が言うと、彼は困った顔をしながら薬を1錠ずつ飲み込むのだった。
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