上 下
6 / 20

サンディエゴ

しおりを挟む
 3日後、真珠湾に飛行艇が浮かんでいた。中では、ドナルドとオーティスが固い金属むきだしのイスに座って、シートベルトで押さえつけられている。オーティスが文句を言う。

「あんまり快適じゃないね」

 ドナルドがうなづく。

「うん。しかも、どこに行くかわかんないんだもんなぁ」

 オーティスがうなづく。ドナルドが真剣な顔で尋ねる。

「いきなりゼロ戦に攻撃受けるようなこと、ないよね?」

 オーティスが困った顔になる。

「だいじょぶだろー? ボクらは貴重な日本語将校なんだからー」
 飛行艇が真珠湾の凪の上を走って、飛び立った。


 オーティスが居眠りしているドナルドの肩をゆする。

「ドナルド、ドナルド、着いたよ」

 ドナルドが目をこすって、小さな窓から外を見る。

「どこだい? ここは?」

 オーティスも外を見ている。

「あ! サンディエゴって書いてあった」

 ドナルドが驚く。

「サンディエゴ? 太陽の光輝くリゾート地じゃないか!」


 サンディエゴの海軍基地の一室に、ドナルドとオーティスが立っている。目の前の机の向こうに中尉が座っていて、書類を見ている。

「えーと、あぁ、そこのリゾートホテルに部屋取ってあるって」

 中尉、怪訝な顔を上げて二人を見る。

「へー。いい待遇だね。キミたち何者?」

 オーティスが答える。

「日本語将校です」

 中尉が「あぁ」という顔をして、また書類に目を落とす。

「で、えー、そこの豪華リゾートホテルでゆっくりしたまえ。さしあたって、任務はない」

 ドナルドもオーティスもビックリする。オーティスが尋ねる。

「ないんですか?」

 中尉が書類をヒラヒラさせる。

「ない」


 ドナルドが部屋のカーテンをあけると、太平洋が一面に広がり、その手前に白い砂浜が広がっている。ドナルドがつぶやく。

「戦争中なのに、豪勢だなぁ」

 オーティスも外見て、うなづく。

「豪勢だ」


 リゾートホテルのプールの横で、ドナルドとオーティスが寝椅子に横たわっている。トロピカル・カクテルが寝椅子の横のローテーブルに置かれている。オーティスがつぶやく。

「豪勢だなぁ」

 ドナルドが同意する。

「豪勢だ」


 競馬場。

 競馬を見ている人々の中に、ドナルドとオーティスがいる。ドナルドが言う。

「競馬なんて見るの初めてだよ」

 オーティスが笑う。

「ボクも」

 ドナルドが苦笑する。

「海軍に入って、リゾートホテルに泊まって、競馬見られるなんて思わなかった。オーティス、ありがとう」

 オーティスも苦笑しながら、手を左右に振る。


 サンディエゴの海軍基地の一室に、ドナルドとオーティスが立っている。目の前の机の向こうに中尉が座っていて、書類を見ている。

「サンペトロに行けって」

 オーティスが尋ねる。

「サンペトロに何があるんですか?」

 中尉が顔を上げる。

「軍港があるね」

 オーティスが尋ねる。

「リゾートはありますか?」

 中尉が答える。

「ないよ。ロサンゼルスだもの。海水浴場はあるけど。ロングビーチ」

 オーティスが尋ねる。

「そしたら、そこからどこかへ行くんですかね?」

 中尉が書類をヒラヒラさせる。

「書いてない」

 中尉が急に難しい顔になる。

「でもさ、、、」

 ドナルドとオーティスが息を飲んで、耳をすます。中尉が皮肉っぽく笑う。

「豪華リゾートホテルに5日間も泊めてくれてから行くとこだから、ヒドいとこだろーなー」

 ドナルドとオーティスが思わず口に出す。

「でぇー」

 中尉がうすら笑いを浮かべる。

「がんばってな。ひひひ」


 サンペトロ港に戦艦ペンシルバニアが停泊している。港からドナルドとオーティスが見上げている。オーティスが言う。

「サンディエゴにずっといたかったなぁー」

 ドナルドが笑う。

「そーはいかないだろー。いくら海軍に豊富な予算があるって言っても」


 戦艦ペンシルバニアの船内を、ドナルドとオーティスが歩いている。2人の少し前を、案内の兵士が歩いている。10分ほど歩いて、案内の兵士が立ち止まってドアを開ける。

「こちらです」

 ドナルドとオーティスが船室の中を見ると、せまい部屋に3段ベッドが2つ入っている。オーティスがなげく。

「狭いなー」

 案内の兵士がほほえみながら去って行く。ドナルドとオーティスが、右と左の3段ベッドのそれぞれ一番下で横になる。オーティスがなげく。

「あぁー、サンディエゴが恋しいなぁ」

 ドナルドが同意する。

「うん。恋しい」

 二人で嘆きあっていると、少したって、先ほどの案内の兵士が、またドアを開けた。

「こちらです」

 すると、別の兵士2人が入ってきた。オーティスが尋ねる。

「おいおい、この部屋は何人で使うんだ?」

 案内の兵士は、不思議そうにオーティスを見る。

「6人ですよ。ベッド6コあるでしょ? あとからもう二人来ます」

 ドナルドとオーティスが絶望したような表情をしたので、案内の兵士が少し笑う。

「あれ? 軍艦の旅は初めて? 軍艦の部屋なんて、こんなもんだから、慣れないと。これでも他に船に比べたら、だいぶ広いんだぜ。この船、20年ちょっと前に就役した時は世界最大の軍艦だったから」

 ドナルドとオーティスが、ぼんやりとうなづく。


 戦艦ペンシルバニアがゆっくりと出航する。ドナルドとオーティスがデッキに立って港を見ている。オーティスが言う。

「あぁ、こっちに動いた。やっぱ、こっちが船首なんだ」

 ドナルドが笑う。

「海軍士官が二人もいるのに、どっちが船首でどっちが船尾かわからないなんて笑えるね」

 オーティスも笑う。


 夜になった。

 ドナルドとオーティスが船室の右と左の3段ベッドの一番下に寝ていると、急にドアが開いて兵士が言った。

「通訳官、通訳官、、、」

 オーティスが薄目をあける。

「それって、ぼくらのこと?」

 兵士がうなづく。

「そうです。あなた方です。無線室に急行してください」


 兵士を先頭に、ドナルドとオーティスが小走りに廊下を進んで、ある部屋の中に案内される。中には無線官がいた。

「日本人の声をキャッチしたので、内容を確認してください」

 無線官が自分のつけているヘッドフォンをオーティスに渡す。オーティスは息を飲んで、ヘッドフォンを頭からかける。難しい顔をして、少し聞いていると、ヘンな顔をしてドナルドを見た。ドナルドもオーティスを見た。オーティスは、ヘッドフォンをはずしてドナルドに渡す。ドナルドがヘッドフォンをして少し聞き、やっぱりヘンな顔をしてオーティスを見た。オーティスがうなづくと、ドナルドもうなずき返す。オーティスが重々しく口を開く。

「これはロシア語です」

 無線官はビックリした顔をして、頭がうしろにカクっとなった。
しおりを挟む

処理中です...