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第一章
21.
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バルドは今、昨日の度重なるホビット達の爆笑とバルドの叫び声に、早朝から苦情を言いに来た近所の主婦達の前で地面に正座している。
そしてマリールもバルドと同じように神妙な表情で、一緒になって正座していた。
バルドの膝の上で。
「んじゃ、その子が暫くバルドの旦那の嫁って事かい。…本当に形式上なんだろうねぇ?」
「あ、ああ。」
「新参者の嫁ですが、ご近所の皆さん、宜しくお願いします!」
「…本当に、形式上なんだろうねぇ?」
形式上と言い張るバルドに、真の嫁だと主張するマリール。
噛み合わない二人の言葉に、近所の主婦達はひそひそと話しながらバルドに疑いの目を向ける。見た目のせいで子供に泣かれ毎日捕まっているバルドに同情していたのが、まさか本当に幼児趣味の変態だとは。そう、目が語っていた。
「…本当かい? アエラウェ様。」
冒険者ギルドの扉の内側からは、小さな隙間を開けてホビット達とアエラウェが覗いていた。ホビット達は今日も朝から腹筋が捩れまくっている。
それに気付いていた野菜売りの女店主が、扉の向こうのアエラウェに声を掛けた。アエラウェが仕方なく扉を開ければ、ホビット達も転がるように外へ出て、驚きの俊敏さでバルドの隣に正座した。主婦達の怒りは自分達の爆笑も含まれているからだ。
エドナにばれなければ、一緒に怒られようとは思いもしなかったが。
「ええ、本当よ。エドナ。」
「…そうかい。それじゃ見守るしかないね。いいね、アンタらも?」
エドナと呼ばれた野菜売りの女店主は、アエラウェの肯定に仕方なさそうに溜息をつき、後ろにいた主婦達に同意を求める。主婦達も頷いて、それからバルドに冷たい視線を投げてから、それぞれ自分の家へと戻っていった。主婦達は皆、野菜の入った籠を片手に抱えている。これから家族の為に朝食の支度をしなくてはならないのだから、のんびりしている暇はない。
自分も帰ろうと背を向けたエドナを、アエラウェが呼び止める。
「待って、エドナ。お願いがあるの。」
「お願い? アエラウェ様のお願いなら、そりゃ喜んで聞きますけどねぇ。」
「良かったわ。野菜を売って欲しいのと、…この子について。」
「野菜を? こりゃ珍しい。…込み入った話ならギルドに持って来ましょうか?」
「ええ、お願い。助かるわ。」
「えー! お野菜見たかった!」
野菜を直接見て買いたかったマリールは、残念そうに眉を寄せる。それを見てエドナは面白そうに笑った。
「お嬢ちゃん、野菜が好きなのかい?」
「はい! 新鮮な野菜って甘くて美味しいから大好きです! 野菜は健康にも美容にも良いから欠かせませんしね!」
「へえ、嬉しいことを。それじゃアタシが今朝採れたての野菜を選りすぐって持ってきてやるから、楽しみにしてな。」
「わーい! ありがとうございます!」
その遣り取りを見ていたアエラウェは、ふ、と笑った。
エドナには野菜売りの女店主という以外にも顔がある。
出来るだけマリールを商業ギルドに連れて行きたくなかったアエラウェは、苦情訪問に来たエドナを、渡りに船と巻き込むことにしたのだ。うまい具合にエドナはマリールを気に入ったようだから、これから頼む事もきっと承諾してくれる事だろう。
直ぐに艶々と輝く美味しそうな野菜を山々と籠に入れて、エドナが冒険者ギルドに戻ってきてくれた。会計は勿論バルド持ちだ。
マリールは大喜びで、その美味しそうな野菜を褒め称え、嬉しそうにバルドと一緒にバーカウンターへと向かう。アエラウェはエドナと話があるからと、桶二つにたっぷり水を出してくれた。
「それで? お願いとは何でしょう、アエラウェ様。」
「飲食組合に、あの子の作るもののレシピ登録をして欲しいの。それと此処で食堂を開く許可を。」
「へえ。そりゃ構いませんが、でもなんで商業ギルドの飲食組合に行かずに、アタシに直接?」
「…訳有なのよ。あの子、本当は薬術士なんだけど、目を付けられそうな薬が作れるの。」
「薬術士会ですか…。」
話に薬術士会が出てきて、エドナも嫌そうに顔を顰める。
回復術士に頼れる程金を持たない病人や怪我人の弱みに付け込み、効くか効かないのかも分からない薬を高額で売りつけて儲けている薬術士会の連中は、商業ギルド長にも領主にも金で擦り寄り、権威を笠に来てやりたい放題だった。
高い金を払い薬を買っても効かず、家族を失った者は多い。効かなかったと訴える者には、ならば回復術士に頼れば良いと突き放し、それでも食って掛かる者は営業妨害だと警備兵に連れて行かれてしまう。
普段は市民を守ってくれている警備兵だが、薬術士会に楯突いて連れて行かれてしまった者だけは、悉く無事に帰って来なかった。
「それにあの子、エリスティア国から来た『異界の迷い子』なのよ。」
「!? それは本当に!? だとしたら不味いじゃないですか…」
ゴルデア国の国民の誰もが、口には出せないが疑問に思っていた。他国では数十年に一度、下手すると同じ年に何人も現れる事もある『異界の迷い子』が、この国だけで現れないのだ。
この国では人買いや人攫いも平気で横行しているし、特にこのメルク付近では富豪商人が頻繁に盗賊に襲われている。『異界の迷い子』が居ると知れれば、あっという間に攫われてしまうだろう。
「あの子に何かあったら、あの子を『異界の迷い子』として保護しているエリスティア国が黙っていないだろうけれど、それでも馬鹿をしてしまう連中だから。」
「はあ…。それでその、『異界の迷い子』が作った薬が凄い代物なんですね?」
「ええ。低ランクの薬で深い傷も跡を残さず治してしまうし、切り落とした腕もくっつくらしいの。ランクが上の薬は、失ってしまった身体の一部を再生させる事も、亡くなって直ぐなら運が良ければ蘇生出来るらしいわ。」
「回復術士いらないじゃないですか…」
アエラウェの言葉に、エドナも目を見開き呆れるように驚く。そんな薬の効果はとても信じられない、夢物語だ。だがもしそれが本当ならば、この国どころか教会まで目を付けるだろう。エリスティア国からもし薬を売りながらやって来たのだとすれば、もうとっくに目を付けられているかもしれない。
「それでその薬をね、この国にも売りに来たらしいの。彼女の夢が「世界に名を轟かせる薬術士」なんですって。」
「そりゃあ…豪胆な事ですが。この国で売ったら即…。待ってくださいよ? まだばれていない?」
「話が早くて助かるわ、エドナ。そう、子供の見た目というだけで、彼女、薬術士会から追い返されたらしいの。」
「…呆れて言葉もない。…それでその薬が、飲食組合でも通用しそうな代物なんですね?」
「ええ。ちょっと待ってね、見せてもらいましょう。」
アエラウェはそう言うと席を立ち、朝食を作っているマリールの元へ向かう。朝食ももうすぐ出来るようだ。焼けた良い香りの腸詰肉と、ニンニクの香りがエドナの元へも届いていた。
アエラウェがバーカウンターからエドナにも聞こえるように声を掛ける。
「エドナ。良ければ一緒に朝食をどうかしらって。」
「そりゃ、ありがたいですが…宜しいので?」
「はい! エドナさんの作った美味しい野菜ですから!」
エドナがそう言うと、マリールが元気良く応える。
バルドやホビット達が出来た料理や取り皿を、エドナの据わっているテーブルへ運んでくれた。
出来立ての暖かい湯気とニンニクの香りが立ち上るのは、腸詰肉と玉葱のトマトバジル煮。それから葉野菜とフィンガーライムに似た野菜のサラダには、オオアザミの葉を磨り潰したドレッシングに、紫の花も混ぜられている。そして小さくて丸いものが山の様に詰まれたパンの籠。
ホビット達が早く食べたくてウズウズしているのを、アエラウェが目配せして落ち着かせる。
出された品数は少なかったが、先程持ってきた野菜が見事に使われていた。
そして緑のサラダに赤いメインと彩りも良く、食欲をそそる。
「へぇ…。こりゃ驚いた。小さいのにやるじゃないか。」
「禁断症状が出てないので、味は大丈夫だと思います!」
「なんだいそれ?」
「料理を作っていると、時々新しい味を求めて、変わった食材や調味料の組み合わせを試してみたくなるんです。それで凄く不味いものが出来ちゃって…。あ、ちゃんと責任もって自分で食べてますよ?」
「はは。そりゃ変わってる。」
エドナと話していると、アエラウェが何かをマリールに耳打ちして、マリールもそれに頷く。マリールはあの黄色い粉末スープを鞄から取り出して、それぞれのカップに入れた。
「…この粉は?」
「牛さんのお乳で作った玉蜀黍と玉葱のスープを粉末にしたものです。これにお湯を注いで、良く掻き混ぜて飲んでください。」
言われるがままに湯を注いで掻き混ぜれば、粉末はもったりとした黄色いスープに変わる。エドナが匙で一口スープを啜ると、濃厚な乳に玉蜀黍と玉葱の甘み、それに何時間もかけて取ったスープストックの塩味が、なんともうまい具合に合わさっている。それにどこかほっとするような、そんな味だ。
「…うまいね。これが薬で?」
「違うわ。薬はまた別。マリーちゃん、出してくれる?」
「え? いいんですか?」
「ええ。エドナは大丈夫よ。それに協力して貰うのに隠すのは無理でしょう?」
「わかりました! これです~。」
マリールが出したのは例の青・黄・赤の3色の薬瓶だ。これを見たエドナは、ピクリと片眉を上げた。飴にしか見えないからだろう。
「エドナ。あなた確か、腰と膝を悪くしてたわよね? この薬、試しに飲んでみない?」
「そりゃあ…。ええ、アエラウェ様が言うなら飲みますとも。」
「え、お薬あげても良いんですか!?」
「ええ。お願い。お金なら、この薬が飴として登録されたら私が払うわ。」
「やったー! はい! この青いのをおひとつどうぞ! 滋養強壮にも効きますよ~」
あれだけ昨日は薬を売っては駄目だと言われていたのに、どうやらエドナにはばらしても大丈夫らしい。マリールは自分の薬が人の役に立てると喜んで、青い薬の入った瓶の蓋を開け、エドナに薦めた。
エドナはアエラウェに実験台になれと言われたのだと理解して、覚悟を決めて飴を飲み込む。いくら小さな飴とは言え、年を取って喉の動きが衰えているから水なしでは辛かったが、なんとか喉を通ってくれた。
「あ…ちょっと草の味はしちゃいますが、噛んでも大丈夫ですよ? お水で流し込んだ方が良かったかも…。」
「いや、大丈…ん?」
先に言えば良かったと申し訳なさそうに眉を寄せるマリールに、大丈夫だと言いかけ、異変に気付く。先程まで椅子に座っていても痛かった腰が、スッと消えるように無くなったのだ。
エドナは椅子から立ち上がると、冒険者ギルド内を徐に歩き出し、それから序所に速度を上げ、仕舞いには全速力で駆け回り始めた。それはもう壁も走る勢いで…というか本当に壁まで走り回っている。
そして階段を一気に駆け上ると二階から大きく飛び降りて、くるくると回転しながらシュタリと着地した。
とてもお年を召したご婦人の動きではない。
「え、ちょ、エドナさんが壊…!?」
「「「すげー! エドナばあさん現役の時みたいじゃん!!」」」
「ばあさんって言うんじゃないよ! まだおばちゃんだよ!!」
「あらぁ。凄い効果ね。」
「また依頼頼めるな…。」
マリールが突然のエドナの豹変に度肝を抜かれていると、ホビット達はやんや、やんやとエドナに拍手を送っている。
エドナは凄い身体能力を持った、野菜売りのおばちゃんだった。
「腰の痛みも、昔ドジ踏んで引退する破目になった膝の怪我も完治しちまったよ…。凄いね、この薬は!」
「あ、冒険者さんだったんですね~。納得の身体能力でゴボフゥッ」
興奮したエドナが、マリールの背中をバンっと少し強く叩くと、背中から受けた衝撃が肺の空気を押し出して、妙な音を作り出す。
マリールはあまりの痛みに息が出来なくなり、前へ倒れ込んでしまった。
「え…!? そんな強く叩いたかい??」
「マ、マリール!!」
「大変! マリーちゃん、お薬飲んで!!」
「自力で飲むの無理じゃないか!?」
「ギルマス! 口移しで!!」
「アエラウェさん、水!」
自分のせいで倒れてしまったマリールにエドナは驚き、バルド達は慌ててマリールへと駆け寄る。苦しんでいるマリールに飴のような薬を飲み込めと言っても無理だろう。
バルドはホビット達が言うように、アエラウェがマリールの口元へ持っていっていた青い薬を奪うと、水と共に自分の口に含み、そして…
「ふおわおあああああ! 初めてのキッスは夕日が見える丘がイイィ!!」
バルドが薬を口移す寸前で、元気にマリールが生還したのだった。
「んぐっ、だ、大丈夫なのか、マリール!?」
「俺、なんか昨日も似た感じの見た。」
「俺も見た。」
「マリーちゃんが瀕死になったらさ、ギルマスの顔持ってくればいいんじゃね?」
「何言ってんのよ。首だけ持って歩くなんて嵩張るし邪魔じゃないの。」
「…一体どうなってんだい、あの嬢ちゃん。」
皆が呆れる中、バルドだけがマリールの心配をしている。
マリールにはとんでもない効果の薬よりも、愛しのバルドの顔どあっぷが一番効くと判明したのだった。
そしてマリールもバルドと同じように神妙な表情で、一緒になって正座していた。
バルドの膝の上で。
「んじゃ、その子が暫くバルドの旦那の嫁って事かい。…本当に形式上なんだろうねぇ?」
「あ、ああ。」
「新参者の嫁ですが、ご近所の皆さん、宜しくお願いします!」
「…本当に、形式上なんだろうねぇ?」
形式上と言い張るバルドに、真の嫁だと主張するマリール。
噛み合わない二人の言葉に、近所の主婦達はひそひそと話しながらバルドに疑いの目を向ける。見た目のせいで子供に泣かれ毎日捕まっているバルドに同情していたのが、まさか本当に幼児趣味の変態だとは。そう、目が語っていた。
「…本当かい? アエラウェ様。」
冒険者ギルドの扉の内側からは、小さな隙間を開けてホビット達とアエラウェが覗いていた。ホビット達は今日も朝から腹筋が捩れまくっている。
それに気付いていた野菜売りの女店主が、扉の向こうのアエラウェに声を掛けた。アエラウェが仕方なく扉を開ければ、ホビット達も転がるように外へ出て、驚きの俊敏さでバルドの隣に正座した。主婦達の怒りは自分達の爆笑も含まれているからだ。
エドナにばれなければ、一緒に怒られようとは思いもしなかったが。
「ええ、本当よ。エドナ。」
「…そうかい。それじゃ見守るしかないね。いいね、アンタらも?」
エドナと呼ばれた野菜売りの女店主は、アエラウェの肯定に仕方なさそうに溜息をつき、後ろにいた主婦達に同意を求める。主婦達も頷いて、それからバルドに冷たい視線を投げてから、それぞれ自分の家へと戻っていった。主婦達は皆、野菜の入った籠を片手に抱えている。これから家族の為に朝食の支度をしなくてはならないのだから、のんびりしている暇はない。
自分も帰ろうと背を向けたエドナを、アエラウェが呼び止める。
「待って、エドナ。お願いがあるの。」
「お願い? アエラウェ様のお願いなら、そりゃ喜んで聞きますけどねぇ。」
「良かったわ。野菜を売って欲しいのと、…この子について。」
「野菜を? こりゃ珍しい。…込み入った話ならギルドに持って来ましょうか?」
「ええ、お願い。助かるわ。」
「えー! お野菜見たかった!」
野菜を直接見て買いたかったマリールは、残念そうに眉を寄せる。それを見てエドナは面白そうに笑った。
「お嬢ちゃん、野菜が好きなのかい?」
「はい! 新鮮な野菜って甘くて美味しいから大好きです! 野菜は健康にも美容にも良いから欠かせませんしね!」
「へえ、嬉しいことを。それじゃアタシが今朝採れたての野菜を選りすぐって持ってきてやるから、楽しみにしてな。」
「わーい! ありがとうございます!」
その遣り取りを見ていたアエラウェは、ふ、と笑った。
エドナには野菜売りの女店主という以外にも顔がある。
出来るだけマリールを商業ギルドに連れて行きたくなかったアエラウェは、苦情訪問に来たエドナを、渡りに船と巻き込むことにしたのだ。うまい具合にエドナはマリールを気に入ったようだから、これから頼む事もきっと承諾してくれる事だろう。
直ぐに艶々と輝く美味しそうな野菜を山々と籠に入れて、エドナが冒険者ギルドに戻ってきてくれた。会計は勿論バルド持ちだ。
マリールは大喜びで、その美味しそうな野菜を褒め称え、嬉しそうにバルドと一緒にバーカウンターへと向かう。アエラウェはエドナと話があるからと、桶二つにたっぷり水を出してくれた。
「それで? お願いとは何でしょう、アエラウェ様。」
「飲食組合に、あの子の作るもののレシピ登録をして欲しいの。それと此処で食堂を開く許可を。」
「へえ。そりゃ構いませんが、でもなんで商業ギルドの飲食組合に行かずに、アタシに直接?」
「…訳有なのよ。あの子、本当は薬術士なんだけど、目を付けられそうな薬が作れるの。」
「薬術士会ですか…。」
話に薬術士会が出てきて、エドナも嫌そうに顔を顰める。
回復術士に頼れる程金を持たない病人や怪我人の弱みに付け込み、効くか効かないのかも分からない薬を高額で売りつけて儲けている薬術士会の連中は、商業ギルド長にも領主にも金で擦り寄り、権威を笠に来てやりたい放題だった。
高い金を払い薬を買っても効かず、家族を失った者は多い。効かなかったと訴える者には、ならば回復術士に頼れば良いと突き放し、それでも食って掛かる者は営業妨害だと警備兵に連れて行かれてしまう。
普段は市民を守ってくれている警備兵だが、薬術士会に楯突いて連れて行かれてしまった者だけは、悉く無事に帰って来なかった。
「それにあの子、エリスティア国から来た『異界の迷い子』なのよ。」
「!? それは本当に!? だとしたら不味いじゃないですか…」
ゴルデア国の国民の誰もが、口には出せないが疑問に思っていた。他国では数十年に一度、下手すると同じ年に何人も現れる事もある『異界の迷い子』が、この国だけで現れないのだ。
この国では人買いや人攫いも平気で横行しているし、特にこのメルク付近では富豪商人が頻繁に盗賊に襲われている。『異界の迷い子』が居ると知れれば、あっという間に攫われてしまうだろう。
「あの子に何かあったら、あの子を『異界の迷い子』として保護しているエリスティア国が黙っていないだろうけれど、それでも馬鹿をしてしまう連中だから。」
「はあ…。それでその、『異界の迷い子』が作った薬が凄い代物なんですね?」
「ええ。低ランクの薬で深い傷も跡を残さず治してしまうし、切り落とした腕もくっつくらしいの。ランクが上の薬は、失ってしまった身体の一部を再生させる事も、亡くなって直ぐなら運が良ければ蘇生出来るらしいわ。」
「回復術士いらないじゃないですか…」
アエラウェの言葉に、エドナも目を見開き呆れるように驚く。そんな薬の効果はとても信じられない、夢物語だ。だがもしそれが本当ならば、この国どころか教会まで目を付けるだろう。エリスティア国からもし薬を売りながらやって来たのだとすれば、もうとっくに目を付けられているかもしれない。
「それでその薬をね、この国にも売りに来たらしいの。彼女の夢が「世界に名を轟かせる薬術士」なんですって。」
「そりゃあ…豪胆な事ですが。この国で売ったら即…。待ってくださいよ? まだばれていない?」
「話が早くて助かるわ、エドナ。そう、子供の見た目というだけで、彼女、薬術士会から追い返されたらしいの。」
「…呆れて言葉もない。…それでその薬が、飲食組合でも通用しそうな代物なんですね?」
「ええ。ちょっと待ってね、見せてもらいましょう。」
アエラウェはそう言うと席を立ち、朝食を作っているマリールの元へ向かう。朝食ももうすぐ出来るようだ。焼けた良い香りの腸詰肉と、ニンニクの香りがエドナの元へも届いていた。
アエラウェがバーカウンターからエドナにも聞こえるように声を掛ける。
「エドナ。良ければ一緒に朝食をどうかしらって。」
「そりゃ、ありがたいですが…宜しいので?」
「はい! エドナさんの作った美味しい野菜ですから!」
エドナがそう言うと、マリールが元気良く応える。
バルドやホビット達が出来た料理や取り皿を、エドナの据わっているテーブルへ運んでくれた。
出来立ての暖かい湯気とニンニクの香りが立ち上るのは、腸詰肉と玉葱のトマトバジル煮。それから葉野菜とフィンガーライムに似た野菜のサラダには、オオアザミの葉を磨り潰したドレッシングに、紫の花も混ぜられている。そして小さくて丸いものが山の様に詰まれたパンの籠。
ホビット達が早く食べたくてウズウズしているのを、アエラウェが目配せして落ち着かせる。
出された品数は少なかったが、先程持ってきた野菜が見事に使われていた。
そして緑のサラダに赤いメインと彩りも良く、食欲をそそる。
「へぇ…。こりゃ驚いた。小さいのにやるじゃないか。」
「禁断症状が出てないので、味は大丈夫だと思います!」
「なんだいそれ?」
「料理を作っていると、時々新しい味を求めて、変わった食材や調味料の組み合わせを試してみたくなるんです。それで凄く不味いものが出来ちゃって…。あ、ちゃんと責任もって自分で食べてますよ?」
「はは。そりゃ変わってる。」
エドナと話していると、アエラウェが何かをマリールに耳打ちして、マリールもそれに頷く。マリールはあの黄色い粉末スープを鞄から取り出して、それぞれのカップに入れた。
「…この粉は?」
「牛さんのお乳で作った玉蜀黍と玉葱のスープを粉末にしたものです。これにお湯を注いで、良く掻き混ぜて飲んでください。」
言われるがままに湯を注いで掻き混ぜれば、粉末はもったりとした黄色いスープに変わる。エドナが匙で一口スープを啜ると、濃厚な乳に玉蜀黍と玉葱の甘み、それに何時間もかけて取ったスープストックの塩味が、なんともうまい具合に合わさっている。それにどこかほっとするような、そんな味だ。
「…うまいね。これが薬で?」
「違うわ。薬はまた別。マリーちゃん、出してくれる?」
「え? いいんですか?」
「ええ。エドナは大丈夫よ。それに協力して貰うのに隠すのは無理でしょう?」
「わかりました! これです~。」
マリールが出したのは例の青・黄・赤の3色の薬瓶だ。これを見たエドナは、ピクリと片眉を上げた。飴にしか見えないからだろう。
「エドナ。あなた確か、腰と膝を悪くしてたわよね? この薬、試しに飲んでみない?」
「そりゃあ…。ええ、アエラウェ様が言うなら飲みますとも。」
「え、お薬あげても良いんですか!?」
「ええ。お願い。お金なら、この薬が飴として登録されたら私が払うわ。」
「やったー! はい! この青いのをおひとつどうぞ! 滋養強壮にも効きますよ~」
あれだけ昨日は薬を売っては駄目だと言われていたのに、どうやらエドナにはばらしても大丈夫らしい。マリールは自分の薬が人の役に立てると喜んで、青い薬の入った瓶の蓋を開け、エドナに薦めた。
エドナはアエラウェに実験台になれと言われたのだと理解して、覚悟を決めて飴を飲み込む。いくら小さな飴とは言え、年を取って喉の動きが衰えているから水なしでは辛かったが、なんとか喉を通ってくれた。
「あ…ちょっと草の味はしちゃいますが、噛んでも大丈夫ですよ? お水で流し込んだ方が良かったかも…。」
「いや、大丈…ん?」
先に言えば良かったと申し訳なさそうに眉を寄せるマリールに、大丈夫だと言いかけ、異変に気付く。先程まで椅子に座っていても痛かった腰が、スッと消えるように無くなったのだ。
エドナは椅子から立ち上がると、冒険者ギルド内を徐に歩き出し、それから序所に速度を上げ、仕舞いには全速力で駆け回り始めた。それはもう壁も走る勢いで…というか本当に壁まで走り回っている。
そして階段を一気に駆け上ると二階から大きく飛び降りて、くるくると回転しながらシュタリと着地した。
とてもお年を召したご婦人の動きではない。
「え、ちょ、エドナさんが壊…!?」
「「「すげー! エドナばあさん現役の時みたいじゃん!!」」」
「ばあさんって言うんじゃないよ! まだおばちゃんだよ!!」
「あらぁ。凄い効果ね。」
「また依頼頼めるな…。」
マリールが突然のエドナの豹変に度肝を抜かれていると、ホビット達はやんや、やんやとエドナに拍手を送っている。
エドナは凄い身体能力を持った、野菜売りのおばちゃんだった。
「腰の痛みも、昔ドジ踏んで引退する破目になった膝の怪我も完治しちまったよ…。凄いね、この薬は!」
「あ、冒険者さんだったんですね~。納得の身体能力でゴボフゥッ」
興奮したエドナが、マリールの背中をバンっと少し強く叩くと、背中から受けた衝撃が肺の空気を押し出して、妙な音を作り出す。
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「え…!? そんな強く叩いたかい??」
「マ、マリール!!」
「大変! マリーちゃん、お薬飲んで!!」
「自力で飲むの無理じゃないか!?」
「ギルマス! 口移しで!!」
「アエラウェさん、水!」
自分のせいで倒れてしまったマリールにエドナは驚き、バルド達は慌ててマリールへと駆け寄る。苦しんでいるマリールに飴のような薬を飲み込めと言っても無理だろう。
バルドはホビット達が言うように、アエラウェがマリールの口元へ持っていっていた青い薬を奪うと、水と共に自分の口に含み、そして…
「ふおわおあああああ! 初めてのキッスは夕日が見える丘がイイィ!!」
バルドが薬を口移す寸前で、元気にマリールが生還したのだった。
「んぐっ、だ、大丈夫なのか、マリール!?」
「俺、なんか昨日も似た感じの見た。」
「俺も見た。」
「マリーちゃんが瀕死になったらさ、ギルマスの顔持ってくればいいんじゃね?」
「何言ってんのよ。首だけ持って歩くなんて嵩張るし邪魔じゃないの。」
「…一体どうなってんだい、あの嬢ちゃん。」
皆が呆れる中、バルドだけがマリールの心配をしている。
マリールにはとんでもない効果の薬よりも、愛しのバルドの顔どあっぷが一番効くと判明したのだった。
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