お薬いかがですか?

ほる

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第一章

20.

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「んうー…」


覚醒と共に、まだ寝ていたいと身体が訴え、瞼が重い。
抱きついている枕の弾力が岩かというくらい硬くて、マリールは昨夜も野宿をしたのだったかと、眠たい頭で思い起こしていた。

しかしこの岩。硬いのにやたらと暖かい。
その温もりをもっと全身で味わいたくて、ぎゅっと抱き付いてすりすりと岩に顔を擦り付ける。すると、大きな手がマリールの頭を優しく撫でた。


「…起きたのか?」


マリールがパチパチと瞬きを繰り返し、それからそっと、声のした頭上を見上げる。するとすぐそこの至近距離に、愛しい鬼岩顔のバルドが優しそうに目を細めてマリールを見ていた。


「良く眠れたようだな。」

「…!!」


マリールが抱きついていた岩のように硬い枕はバルドの腕だったようだ。まるで木登り熊のように、自分がその逞し過ぎる腕にしがみついている事に気付く。
寝顔どころか寝起きも見られた恥ずかしさと、バルドの目が余りにも優しそうで、胸がぎゅぅっと絞られるような苦しさを覚え、マリールは小さく喘いだ。みるみる上昇していく熱が、一気に頭に集中する。


「なんだ? 熱でも出たか?」


急激に顔が赤くったマリールに驚き、バルドはマリールの額に自分の額をくっつける。それが余計にマリールの血圧を上げる事になるのに、マリールを子供としてしか見ていないバルドは遠慮が無い。


「…熱は無いようだが、もう少し寝てるか?」
「だ、だいじょうぶでふぅ!!」
「そうか? 疲れてるだろうし無理はするなよ?」


血が一気に昇ったせいか、鼻の血管が切れてしまいそうで、マリールは思わず鼻を押さえてコクコクと頷く。そんなマリールの頭を一撫でしてから、バルドはベッドから降りて身支度を始めた。
マリールの目の前でバルドは両の手で無作為にシャツの裾を掴み、一気に捲り上げる。服の下から逞しいバルドの筋肉が惜し気もなく現れるものだから、マリールの鼻の毛細血管はとうとう決壊してしまった。


「はなぢがぁぁぁぁぁ」


突然鼻血を出して謎の鳴き声を上げたマリールに、バルドが驚き慌てて自分の脱いだ服で鼻血を拭ってやろうと近づけば、眼前に惜しみなく晒されたバルドの裸体にマリールはさらに悲鳴をあげた。
見事に6つに割れた腹直筋。それを挟む腹斜筋。その上には盛り上がった大胸筋が、美味しいよ。美味しいよ。吸っていいよ。と、マリールを誘っている。


「雄っぱぁぁぁぁぁぁ!!」
「だ、大丈夫か!?」
「どうしたのマリーちゃん!?」
「なになになに!?」
「何事!?」
「新種の鳥!?」


マリールの雄ぱ叫びおぱけびを聞きつけたアエラウェがバルドの部屋の扉を蹴り破り、追う様に寝惚けたホビット達がやってきた。
そして目にした光景に4人は固まる。

真っ赤になって涙目のマリールに覆い被さる半裸のバルドの手には、血のついたシャツが握られていた。
これはもう、言い逃れ出来ない程の事案である。


「…っこんっっの、変態が!!」


科を作り忘れた男声のままのアエラウェが、怒声を上げながら見えない速さでバルドに蹴り入れる。
バルドは連続で繰り出されるアエラウェの蹴りをかわしながら、自分の置かれている状況に気付き、顔面を青くした。

「ご、誤解だ!!」
「ギルマス見損なったっすよ!!」
「こんなちっこい子にアンタ…」
「大丈夫か、マリーちゃん? すぐに警備兵呼んでくるからな!?」

マリールをバルドから隠す様にホビット達が背に庇う。
が、傷つき怯えているであろうマリールを気遣いながら後目に見た瞬間、ホビット達はピシリと固まった。


「朝から雄っぱい…眼福ですぅぅぅぅ」


鼻から盛大に鼻血を垂れ流すマリールは、とても、本当にとても幸せそうだった。



「…ギルマスの心配した方がいいのか? 俺達。」
「いつかギルマスが守ってた大事なもの、奪われてそうだな。」
「ギルマス大変だな…後門のアエラウェさんに前門のマリーちゃんか…」


こそこそと会議をしていたホビット達の決議は、満場一致で裁決が決まる。
アエラウェにボコボコにされているバルドに振り返り、こう叫んだ。

「「「ギルマス、見損なったっすよ!!」」」
「意味がわからん!!」


今日も冒険者ギルドは賑やかしく始まるようだ。




---------




「はーもう。紛らわしいったら!」

アエラウェの誤解を解き、漸くバルドが開放されたのは、マリールのお腹が鳴いたからだった。それに釣られるように、ホビット達の腹が、バルドの腹が、最後にアエラウェの腹が、見事に輪唱を奏でてしまった。
マリールは「朝食作りますね」と、照れ笑いしながら、鼻血を拭く。


「すみません、私がバルドさん(の雄っぱい)が好き過ぎた為にご迷惑を…」
「えっ!? え、ええ。まあ、ええ。」
「マリーちゃん、見た目8歳児なの自覚しようか。」
「というか女の子なの自覚しようか。」
「おっさんにセクハラする幼女って…」
「…。」


全員が憐れんだ目でマリールを見るのは仕方ない事だろう。
人形のように真っ白く可愛らしく、あげくに生命力30と言う脅威のか弱さで、中身が凄く変態だ。あのタグの奇妙な色は、この変態という魂の本質が表されているのかもしれない。


「あ、朝食パンでいいですか?」
「「「肉。」」」
「肉があればそれで。」
「肉がいい。」
「ぐぬぅ。」


朝から肉とは驚きの胃腸の持ち主達である。
昨日買った肉はまだ残ってはいるが、葉物野菜は全て晩飯で消費してしまったので、マリールは唸る。常に肉に偏ってそうな男達に、きちんと野菜も食べさせてあげたかったからだ。
野菜を広場へ買いにいこうにも、この冒険者ギルドから少し離れている。


「野菜も欲しい…。」
「ええー? 肉だけで良くない?」
「肉が野菜だと思えば良くない?」
「ていうか肉って野菜なんじゃない?」
「野菜なら、近くに店があるぞ。…そう言えば隣の肉屋から干し肉用に依頼を頼まれてた。」
「あら、じゃあピピ角牛ね。依頼に出しとくわ。」
「あ、俺らやりたい!」
「「やるやる!」」


バルドが昨日、昼飯の帰りに受け、すっかり忘れていた依頼を思い出す。
干し肉はどんな肉でも作れるが、筋肉質で脂が少なく、直ぐに水分を飛ばせるピピ角牛が良く利用される。
ピピ角牛はその名は可愛らしいが体長はバルドの背よりも高く、長過ぎる体毛は毛皮としては不向きで、刈った毛糸を撚って利用されている。気難しい性格で人を寄せ付けず飼育には向いていない為、野生を狩るしかない。

「ええー? アンタ達じゃ無理じゃない? あの大きさ…。どうやって持って帰るのよ。」
「マリーちゃん一緒に行こう!」
「へ!?」
「マリーちゃんが来ればギルマスも来るじゃん!」
「よろしくギルマス!」
「…おまえらなぁ。」
「仕方ないわねぇ。それじゃ受理しとくわ。」


野菜が欲しかっただけなのに、何故かピピ角牛狩りにマリールも行く事になってしまった。生命力30だが、バルドも居るし、あの不思議鞄があればきっと大丈夫だろう。物凄く不安だが。
マリールはアエラウェに浄化魔法をかけて貰い、寝起きをさっぱりさせてから、野菜を買いに行きたいとバルドに強請った。バルドは言われるがままにマリールを片腕に抱き上げて、冒険者ギルドの入り口の扉を引き開ける。
すると。


「…ちょっとね、バルドの旦那。言いたい事があるんだけどね?」


扉の前には額に青筋を浮かべた野菜売りの女店主率いる近所の主婦達が、腰に手を当てバルドを睨め付けていた。



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