お薬いかがですか?

ほる

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第一章

19.

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汗と体液が混ざり、独特の匂いが充満する部屋で、ギシギシと木が激しく軋む音に、女の甲高い嬌声が混ざり響く。
一際甲高く女が鳴いた後、響く音は荒い息遣いのみに変わった。

「…良かったぞ、モルガ。」

男が満足そうに言えば、モルガと呼ばれた女は腫れた唇をペロリと舐めて笑う。口元の黒子が、汗で火照った白く柔らかな身体と相俟り、より艶かしい。
男は再び灯りはじめた熱を女に沈めてもらおうと、女の腰へと手を伸ばす。だがモルガはその手を避けるように、すっと寝台から起き上がり、自ら出現させた水をグラスに入れて飲み干した。

「流石にもう無理ですわ。明日起きれなくなりますもの。」
「む…そうか。」
「ふふ。また次にお会いする時まで、良い子に我慢してくださいませ。」
「ああ…待てばおまえの味もより深くなりそうだ。」

モルガは再びグラスを水で満たし男に手渡しながら、聞き分けのない子供をあやす様に不満気な男の頬を撫でる。
男は受け取った水を一息に飲み干してから、集まりかけた熱を散らす為に何か違う事をと考え、モルガに聞いた。


「何か変わった事はなかったか?」
「変わった事…そうね。今日、珍しいものを見たわ。」
「珍しい?」
「ええ。冒険者ギルドの長と、副長。連れ立ってこちら側に来ていたの。」
「副長というとエルフか。それは珍しいな。」
「ええ。だけどもっと珍しい事に、長が腕に子供を抱いてたのよ。それも随分と懐いて。」
「…子供? あの、人攫いと間違えられて毎日捕まっている男がか?」


モルガの言葉に男も片眉を上げる。この街に住み着いたエルフが出歩くことも珍しいが、あの冒険者ギルド長が子供に懐かれているのが想像できない。明日は槍でも降るのかと、男は冗談めかしてくつくつと笑う。


「それだけじゃないの。その子供、ハーフエルフだったわ。」
「…ほう。」


男は笑うのをピタリと止める。
ハーフエルフはこの世に存在してはならない者だ。エルフ族は他種族と契る事を禁忌としていて、罪を犯した者は漏れなく処刑されている。
それ故にハーフエルフという存在は決して産まれない。その筈だ。


「エルフも連れ立って居たのにか? エルフの子供と見間違えではないか?」
「私もエルフの子供だと思ったけれど、色彩と容が少し違うのよ。」


モルガの言葉に、男もふむ、と考えるように視線を上へ漂わせ顎を摩る。
それから何か面白い事を見つけた悪戯な子供のように、にやりと口元を歪ませた。


「そういえば、変な話を聞いたな。盗賊に襲われ死んだ筈の商人が生きていたと。」
「…あら、襲わせた、の間違いではなくて?」

モルガが咎めるように微笑めば、男は、ふん。と鼻で笑う。
盗賊が商人から奪った品は、このモルガの店にも流している。それを自分は感知していませんと言外に言うのだ。いざと言う時はこの女は自分だけさっさと逃げる気だろう。だがこの女のそういう強かなところも、男は気に入っていた。


「…その殺した筈の商人どころか、二人の従者までが生きてこの街へ辿り着き、門で盗賊に襲われたと騒いだそうだ。今ガルクスが捕らえて話を聞いているんだが、妙な話をしているそうだ。」
「死んだ筈の者が生き返った以外にも、妙な事が?」

ガルクスが「話を聞く」と言うのは拷問の事だ。あの残虐な狂った男は、理由を付けては弱者を甚振るのが大好きで、ガルクスに「話しを聞かれた」者は生きて戻る事は無い。
近い内に近くの森で獣に食い荒らされた姿で見つかる事だろう。
これまでの商人達のように。


「正しくは死ぬ間際だったそうだ。死を覚悟した時に、薬をくれた子供が居たと。」
「子供…?」
「ああ。その薬のお陰で、切られた筈の場所には傷跡ひとつ残っていなかったそうだ。商人の護衛に扮して襲わせた、切った本人達に確かめさせたのだから間違いない。確かに腹を深く突き、横に引いたと。」
「…そんな大怪我を薬で治せるのかしら? 教会でさえ無理そうだわ。」


モルガが疑うように眉間に皺を寄せれば、モルガの興味を引けて機嫌が良くなったのか、さらに男は饒舌に語り出す。


「エリスティア共和国と隣のメルティア皇国で、画期的な薬が売られ始めたのを知っているか? この国の薬術士共が必死で存在を隠したがっている薬だ。」
「そんな話は聞いた事が無いわ。」
「ふむ。おまえが知らぬと言う事は、あいつらはきちんと仕事をしていると見える。」
「…ねぇ、まさか…。」
「何。この国に余計な情報が入らないように、目と耳を良くしているだけだ。そのついでにいろいろと収穫があったがな。」


モルガは男を睨み付けながら、男から距離を取るように後退る。
男はそんなモルガの様子に、くつくつと可笑しそうに喉で笑いながら寝台から降りると、後退るモルガの頤を強く掴んだ。

この女がこそこそと、どこかと連絡を取り合っているのを知っている。
この女の雇い主が欲しているものも。


「…なあ、モルガ。良い子に出来るな?」


先程自分に向けたモルガの言葉を、男は敢えて使う。
男は楽しそうに目を細め、必死に虚勢を保とうとしているモルガを眺めた。
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