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第一章
28.
しおりを挟む「…ピピ角牛狩りに出て、人狩って来るんじゃないわよ。」
「…。」
冒険者ギルドに戻ったバルドは、眠っているマリールと連れ帰ってきた二人を見せるなり、アエラウェから冷たい視線を頂いていた。
「しかもマリーちゃん怪我させたでしょ!? バルド、アナタ俺が居るから大丈夫だ位の事言ってたわよね!?」
「う…。すまん。」
「ああ、もう! こんなに服ボロボロに溶けて…! だけど勝手に着替えさせる訳にも…。」
「なんでだ?」
「バカね! 小さくても女の子なの! しかも中身は立派なレディなの!」
アエラウェの怒りにバルドは首を傾げる。子供の内は男も女も一緒に素っ裸で水遊びをしたり風呂だって入っているじゃないか。自分が子供の頃はそうだったし、今もきっとそう大差無いだろう。そう、バルドの顔が言っていた。
そんなバルドにアエラウェは深く息を吐く。この朴念仁には乙女心という物が全く理解出来ないようだ。
「エドナが来たら世話を頼みましょ。それまでに起きてくれれば良いけど…。そっちの二人もね。」
アエラウェはそう言うと、ピピ角牛の毛皮に簀巻きにされていた二人、それにバルドと眠るマリールにも浄化の魔法をかけてやった。放って置けばこの清楚で可憐な冒険者ギルドが血生臭くなって敵わない。
他の冒険者ギルドならば当たり前のように血生臭かったり、酒臭かったり、風呂数週間入ってないです臭がしたりするものだが、メルクの冒険者ギルドはハーバルでフローラルな香りで満たされているのが普通なのだ。
「助かる。この二人は二階に寝かせてくる。」
「ええ。一応結界石もかけといて。」
「ああ。」
結界石というのは鍵の役割をするもので、結界魔法が込められた魔石の事だ。石の使用者以外は部屋から出る事も出来ず、外から入る事も出来ない。
この二人が突然知らぬ場所で目覚めたら、混乱して飛び出し兼ねない。何故あんな場所でスライムに捕食される破目になったのかは知らないが、一応匿っている形だから、騒ぎになられても困る。
マリールは目を離すのが心配なので、バルドはこのまま抱っこ紐で抱えているつもりだ。マリールを即席抱っこ紐で抱えたまま、バルドは二階へと続く階段を人二人担いで上がっていく。
「…抱っこ紐、やっぱり必要だったわね。」
その後ろ姿は完璧に子育て中のシングルファザーのようだ。
バルドに合うサイズの抱っこ紐が、果たして店に売っているだろうか。
アエラウェは頬に手を当てながら、眉間に寄る皺を深めた。
-----
夜の帳が降りる頃、冒険者ギルドにエドナと飲食組合長の女がやってきた。
エドナと良く似た年頃の女は、名をエレンと言う。
エドナの姪っ子だそうだ。
エレンを二階のアエラウェの執務室に通して、エドナにはバルドの部屋で寝ているマリールを着替えさせてもらっている。着替えはマリールが起きないと鞄から取り出せないので、アエラウェのコレクションであるレースクロス数枚と飾り紐を渡してある。服を買うにも、もう店が閉まっている時間で苦肉の策だった。
バルドは一時もマリールの側から離れたがらず、着替えさせている部屋の前で飼い主の心配をしている犬のようにウロウロと出てくるのを待っていた。余程山での出来事が堪えている様だ。己の迂闊な判断のせいで、マリールを危険な目に合わせてしまったのだから。
「話は叔母…エドナさんに聞きました。本当なんですか、その、飴のような薬の話。」
「ええ。エドナの変化を見たでしょう? どう? 協力して貰うのは無理かしら?」
アエラウェの執務室には、身分がある客でも持て成せるように応接机とソファがある。ふかふかのソファーにも華美な彫刻が施されているテーブルも、やっぱり白の高級そうなレースクロスが掛けられていて、粗相をして茶でも零しようものならすぐに染みになるのが間違いない、大変緊張する応接セットだった。
そんな緊張の応接セットに、絶世の美人エルフのアエラウェといきなり二人きりにされてしまい、緊張に緊張を重ねて記憶まで飛びそうになるのをなんとか堪えていたエレンだったが、沈黙が続く時間に耐え切れなくなったのか、遠慮がちに口を開いた。
アエラウェはエドナとバルドが戻るのを待つつもりだったが、エドナから聞いているのなら話が早い。早速協力を取り付けようと前のめりになる。
ぐっと距離を縮ませてくるアエラウェに対し、エレンは顔を赤くし仰け反った。美女にしか見えないオネエルフだが、その細長く筋張った手や、耳の後ろから鎖骨に繋がる筋も男性的な美しさを覗かせている。美女とも美男ともとれるアエラウェの色香に、エレンは直視できずに思わず目を逸らした。
「そ、その、協力するのに、条件があります!」
「あら、なあに?」
だがこれでは話が進まない。エレンは本題に入るべく、意を決したようにアエラウェを見…ようとして、やっぱり目を逸らしてしまった。
小首を傾げてこちらを見つめるアエラウェの破壊力と言ったらない。
流石、この国どころか隣国まで「アエラウェ様を尊ぶ会」や、「アエラウェ様に踏まれたい会」等々の信者を増殖させる程の美しさだ。ちなみにエドナは「アエラウェ様を尊ぶ会」の会員№1で、広場で遭遇したアエラウェに心酔している騎士のイクスは会員№136である。
「根性…! あたしの根性よ奮い立て…!!」
エレンは自分で自分を励まして、目を逸らしたまま条件を明示する。
根性はアエラウェを目視する事を拒んだようだ。
「薬を…! 私にも売ってくれないでしょうか!!」
「…誰か薬が必要な人がいるのね?」
「その…肉屋のハンスさんに…。」
「あらぁ。」
頬を染めながら出された名前に、アエラウェも驚き目を瞠る。
肉屋のハンスと言えば、エドナと年がそう変わらない。隣同士で店を開くほどエドナと良い雰囲気なのに何十年も一緒にならなくて、アエラウェとしてはヤキモキするのを通り越して呆れている二人だ。このまま二人は独身のままなのではと予想していたのだが。
「そ、その、子供の頃に助けてもらって…! そのせいでハンスさん、冒険者を辞める事になったんです。…知ってますよね? ハンスさんの左足が、義足なの…。」
「そうねぇ。何で怪我したのか一切言わなかったけど…そう、そうなのね。」
エレンも恐らく子供の頃に助けてくれたハンスに惚れている。身近な人々にもなかなかに複雑な背景があったようだ。アエラウェは愉しそうに目を細めた。
「登録するのは青い薬だけのつもりだったのだけど、マリーちゃんが起きたら聞いてみましょう。だけど足が再生されてもハンスには隠して生きて貰わないといけないわ。それでもいいのかしら?」
「ハンスさんに事情を話して巻き込むつもりです。エドナ叔母さんもきっとそうしたいと思います。」
「…勝手に決めるんじゃないよ。」
「叔母さん…!」
「あら、エドナ。…まあ!」
アエラウェとエレンの二人きりだった執務室に、エドナの声が割って入る。
振り向けば、エドナの後ろには眠るマリールを抱きかかえたバルドも立っていた。マリールの身に着けている布は、重ねたレースクロスに紐を折り込み、布を身体に巻きつけて、紐でホルターネックのドレスのように仕上げられている。良く考えたものだとアエラウェは素直に感心した。
「随分と可愛らしくしてくれたじゃないの~! 凄いわね、布と紐だけでドレスになるなんて!!」
「ああ、辛い料理を屋台で売ってる行商人の国、フルッカって国あるでしょう? あの国に直接スパイス買い付けに行った時に教えて貰ったんですよ。あそこじゃ布一枚あれば、ドレスでも鞄でもなんでも応用利かせて活用してましてね。」
「凄い知恵ねぇ…。」
「何でも『異界の迷い子』のお授けってことですよ。」
「ちょっと行ってみたいわね。」
「叔母さん!」
フルッカ国の話で盛り上がるエドナとアエラウェに、エレンが慌てたように割って入る。エドナは目を眇めてエレンを見た。その厳しい視線に、エレンがぐっとたじろぐ。
「身体の欠損が治ったりなんかしたら、誤魔化しようもないじゃないか。アタシもだけどさ、ハンスも怪我が治ったらきっとじっとしてられなくなる。アイツが隠し事が出来る頭、持ってると思うのかい?」
「酷い言い様だけどその通りだわね…。」
「そんな…! じゃあずっと叔母さんとハンスさんは結婚出来ないじゃない!」
「あらぁ。」
アエラウェは交互にエドナとエレンに合いの手を入れながら、なかなかに面白い展開になって来たと目を輝かせた。
バルドは女達の会話に付いていけず、ただマリールを抱き抱えて突っ立っているしかない。腹も減って来た事だし早くアイツラ戻ってこないか等と、いつも自分をいじり倒すホビット達に救いを求めていた。そこへ。
「たっだいまー!」
「肉買ってきたよ、肉ー!」
「速く食べよー!!」
勢い良く現れたのは、口の周りに串肉のタレや食いカスを付けまくった、バルドの救世主ホビット達だ。遅いと思っていたらどうやら買い食いしてきたらしい。三人とも肉料理だけが入った袋を両手で抱えていた。
「もう食ってるじゃないか…!」
「まーたチビ共、肉ばっかり買って食ってるんじゃないよ!!」
「「「ええ~? だって腹減ってたし。屋台に野菜なんて売ってなかったし。」」」
「あっ」
ホビット達が無遠慮に白いレースクロスの掛けられたテーブルへ肉料理の袋をドサドサと置くものだから、エレンが小さく悲鳴を上げた。肉油の染みは中々取れないのだ。
そんな事は気にも留めず、アエラウェも肉料理の袋を開けて覗くと、スパイスの強い香りが漂う串肉があった。この串肉だけ真っ赤な粉と黄色の粉が塗されていて、見るからに辛そうだった。
「あら、辛い串肉も買ってきたの?」
「うん。エドナばあさん辛いの好きだろ? 俺等は辛いの苦手だけどさ。」
「良く食えるよなぁ、こんな辛いの。」
「食ったら頭痛くなってブワって汗吹き出るよな!」
「馬鹿だねぇ。それが良いんじゃないか!」
一気にわいわいと食事する事になって、エレンも戸惑いながら串肉のご相伴に預かる。バルドも肉を取ろうとテーブルに近づいたところで、眠るマリールの鼻がひくひくと動くのに気づいた。
「マリーちゃん、肉の匂いに反応してね?」
「肉の匂い嗅がせたら起きるんじゃね?」
「マリーちゃーん、肉だよ、肉~。」
ホビット達が面白がってマリールの鼻先に串肉を近付ける。だが反応は今一だった。
「肉じゃないのか?」
「これじゃないかい?」
エドナが自分の好きな辛い串肉を、マリールの鼻先に持っていく。
すると。
「…こいつは…カレーの香り!!」
マリールはカッと目を見開き、見事覚醒を果たしたのであった。
「マリール!」
「「「スゲー! 辛いやつすげー!!」」」
「ほらね。辛いのはいいもんなんだよ。」
気付けにも効果があるスパイスの香り、恐るべしである。
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