お薬いかがですか?

ほる

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第一章

29.

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「かっらー!!」
「からーい!!」
「水! 水ちょうだい!!」
「死ぬ! 死んじゃう!!」


マリールを覚醒させたカレーの香りを漂わせる黄色い串肉と赤い串肉を、マリールと一緒に釣られてホビット達も食べた。
エドナによれば『異界の迷い子』が広めた辛い料理と言う事だから、きっと旨辛いものだと思ったのだ。だが転生前はカレーを食べ慣れていたマリールも降参する程の辛さであった。思った以上に辛い。


「ちょ、これ何辛なんですかね!?」
「ああ、確か赤いのが10辛で黄色いのが8辛って言ってたよ。」
「やっぱりコ○イチかー!!」


辛さ段階が皆大好きコ○イチカレーの基準であった。辛さをわかり易くする為にカイエンペッパーとクミンがそれぞれ塗されているようだが、黄色いクミンは香りがカレーなだけだが、赤いカイエンペッパーは辛さを増し増しに押し上げている。
つまり10辛より辛い。


「そんなに辛いかねぇ? フルッカ国じゃもっと辛い料理があってね。屋台で出してるのはこれでも辛さを抑えてるって話だよ?」
「フルッカ国…ちょっと行ってみたかったけど、料理が辛いのばかりは嫌だわ…。」
「私の居た世界の辛い料理の本場でも、ヨーグルトとかフルーツとかココナッツを入れる地域の料理は子供でも食べやすかったんですけど…。フルッカ国の『異界の迷い子』先輩が激辛好きなら期待できない…。激辛先輩まじ激辛…。」


スパイスの栽培に適した国に現れた『異界の迷い子』こと激辛先輩。きっと激辛を極めるべく、日々邁進しているに違いない。そのストイックさにマリールも尊敬の念を抱き涙を零す。あまりの辛さに自然と涙が止まらないのかもしれないが。


「へぇ。それ食べてみたいね。今度作っておくれよ。スパイスなら分けてやるからさ。」
「あ、じゃあ評判良かったら食堂で出してみようかな? スパイスって薬として扱われたりもするので、薬膳料理に欠かせませんからね。…ちょっと色々試してみようかな~んふふ。」


エドナのリクエストに、マリールは機嫌良く承諾する。スパイスの組み合わせは無限だ。スパイスの沼に嵌ると抜け出せないと言われるほど奥が深い。これに薬草も混ぜればヤバイものが出来上がるかもしれない。マリールの探究心に火が点いてしまったようだ。


「…なあ、確かマリーちゃんの試すって。」
「「不具合確立30パーセントの要因?」」
「…どんな不具合が出るのか、知ってみたいけど知りたくないな。」
「…あのー…そろそろ本題戻っても良いですか?」


辛い串肉の香りのお陰でマリールもスッキリ覚め、バルド達の腹も膨れて落ち着いたところで、申し訳なさそうにエレンが小さく手を上げた。

すっかり激辛先輩の広めた激辛料理に話題を浚われてしまったが、エレンは薬の事を諦めていなかった。エドナはそんなエレンを、咎める様な鋭い視線で見詰めている。

アエラウェから受ける大凡の話の流れを、マリールは考え込むように目を閉じて、時折うんうんと頷きながら聞いていた。


「なるほど。肉屋のハンスさんという方に、黄色い薬を飲んで貰いたいんですね?」
「ええ。…その、薬を作っているのが貴女みたいに小さい子だとは思わなかったから…ううん、大人だったとしても、やっぱり駄目よね。低級の青い薬だけでも危険だって言うのに…。」
「良いんじゃないですかね?」
「「へ。」」


マリールがあっさりと承諾するので、エドナもエレンも揃って間の抜けた顔でマリールを見る。この子供は自分がどんな危険に晒されているのか理解していないのだろうか。


「アエラウェさん達は一生懸命、私が危険に晒されないようにって色々考えてくれてるのに申し訳ないんですけど、なんかもう、いいんじゃないかなって。」
「マリーちゃん…。」



どこか投げ遣りに話すマリールを、アエラウェは眉を寄せ、心配そうに見た。




「…山で、花柄スライムを追いかけてたら、スライムに食べられてる人達が居たんです。…あの時は夢中で気づかなかったけど、私がメルクに来る途中で一度薬で助けてる人でした。」
「…やっぱあの獣避けの布玉って、マリーちゃんのだったか。」
「あ、持っててくれたんですね…。そっか…。」


トートの言葉に、マリールはへにょりと眉を下げて、力なく笑う。
自分の薬で一度助ける事が出来た人達が、別れ際にあげた獣避けの布玉をずっと持っててくれた。けれど恐らく自分が助けたせいで、また殺されてしまったのだ。

何もかもが自分のせいな気がして、ツンと鼻が痛くなって、じわじわと目頭に熱が溜まってくるのがわかる。潤んできてしまう目を隠すように、マリールは俯いた。


「…バルド、あの二人起こしてきてくれない? 多少手荒くしてもいいわ。」
「ああ…。」


弱弱しく俯くマリールを、アエラウェは厳しい表情で見詰める。
同じ二階の部屋から連れて来るのだから、そう時間はかからないだろう。二人は既に目覚めていたのか、バルドは直ぐに二人を連れて戻ってきた。

バルドの巨体に異常なまでの怯えを見せていた二人だったが、促されるように部屋に入るなり、目に飛び込んできた小さな少女に目を瞠る。


「君は…!」
「無事たったんですね…!!…良かった…。」


二人はソファーに座るマリールに駆け寄ると、膝を突いてマリールの小さな手を取り、感謝するように額に手を当てた。助かったのは商人の男、そして従者の片割れだった。


「…あの山に捨てられて、一度は命を失くしたと思っていたのに無傷で目が覚めたから…もしやと思っていたのです。 君がまた、助けてくれたのだと…!」
「私も…二度も貴女に命を救われました。本当に何とこの感謝を伝えれば良いのか…!」
「…私のせいで、また殺されてしまったのに…?」
「君のせいではありません! あの後、私が欲を出さずに引き返していれば、こんな事にも…付いて来てくれた二人を危険に晒すことも無かった…。」


マリールが俯いたまま言えば、商人の男は違うと頭を振る。
この少女のせいでは決して無い。全て自分の欲のせいだ。


今から2日前、山側のメルクの門へと繋がる森の道で、マリールは盗賊に襲われた商人達を助けていた。その時は商人と従者の一人はかろうじてまだ意識があり、護衛と従者の二人は息絶えていた。四頭居た大きな幌馬車を牽く馬は二頭が足を切られていて、一頭は死に、もう一頭は引き綱を切られ逃げてしまっていた。

マリールの薬で助ける事が出来たのは、商人と二人の従者と一人の護衛。それと二頭の馬。

一人だけ盗賊に仕込まれていなかった護衛の冒険者は、メルクに入るのは危険だと主張して、商人達とは別れて引き返していった。残った馬二頭と幌馬車は、払えなくなった護衛の報酬として持っていかれた。

商人は盗賊の被害を届ける為に、盗まれた商品の目録を作ると言うので、マリールはそこで商人と別れ、先にメルクへ急ぐ事にしたのだ。別れる際には獣避けの布玉をお守り代わりに渡していた。



「ひとり、助けられなかった…。」
「いいえ! きっとあの森で、私たちは死ぬ運命だったのです。それなのに私は…、そうだ、私はなんと言うことを!」



マリールが泣きべそをかきながら商人を見る。
自分のせいではないと言ってくれる商人に、心が逃げる道を求めているのかもしれない。

心を痛めているマリールに、決してマリールのせいではないと伝えようとしながら、だが商人は自分のしてしまった事を思い出し、みるみると顔を青ざめさせた。



「…言ったのね、マリーちゃんの事を。」
「…はい。子供が薬をくれて、助けてくれたと。」



それを黙って見ていたアエラウェの瞳が、怒りで若葉色から枯れ草の色へと変わる。
少し考えればわかるだろうに、こいつは自分可愛さに助けてくれた子供を売ったのだ。

アエラウェの殺気に、マリールとエレン、それに従者と商人がひっと身を縮みこませた。漂ってくる氷点下のような冷気が、アエラウェの執務室を満たす。


「…し、仕方なかったんです! 『真実の口』を持ち出されて…!!」


嘘を言えばその口が閉じる『真実の口』。バルドが山からの帰りに使われた獣の彫られた石版だ。拷問されながら『真実の口』を使われれば、うまくはぐらかし隠そうとしても痛みで思考が回らなくなる。唯人である商人が、それに耐えられる筈も無い。


「…薬が飴のようだとは、言わなかったのか?」
「は、はい…。薬とだけ…。」


商人はそれでもなんとか情報を隠そうとはしたようだ。
バルド達はお互い顔を見合わせる。ばれているのは子供が蘇生もさせる事が出来る薬を持っていた事だけ。それと他国で画期的な薬が流通し出した事だけだ。
だが。


「俺、めちゃくちゃばれてると思う…。」
「でもさ、門番のチェック、子供スルーしてたじゃん。」
「マリーちゃんだってもうばれてるからじゃないか? 下手するとここで匿ってるのもばれてるかも…。」
「けど、薬術士会の奴等がイチャモン付けて来ようにも、まだ薬売ってないんだろ?」
「あれ? そういえば、この人達には薬売って大丈夫だったんですか?」
「売ってませんよ?」
「「「「「「「は?」」」」」」」


ホビット達とエドナとエレンが、ばれてるばれてない会議をしていると、マリールが理解出来ない言葉を落とした。


「売ったら怒られちゃうから、売ってませんよ? 師匠も売らなければ薬術士会に許可貰わなくても問題無いって言ってましたし!」
「「「「「「「は?」」」」」」」
「だから、ゴルデア国に入ってからは、困ってる人居たら無料であげてましたよ? 売れないんだもの、しょうがないです。その代わり食べ物や物と交換してくれて助かってましたけど…。」


これも全てゴルデア国の薬術士会のせいだ。やれやれと首を振りながら溜息を吐くマリールに、一同揃って「は?」の連続である。
マリールの頭の中では師匠から教わった「売らなければ大丈夫」と言う謎のロジックが展開していた。



「ちょ、マリーちゃんの師匠って何なの??」
「確か骨と皮になってまでって…そりゃなるわ!!」
「もしかしてさ、山でマリーちゃんが置いてかないでって言ってたの…」
「師匠のことか…?」
「何? 何があったの??」


バルドとホビット達に山で起きたマリールの異変を聞き、アエラウェは締め付けるように痛む胸をそっと押さえる。バルドとホビット達も、エドナもエレンも、そして商人と従者の二人も皆、マリールの生い立ちにぐっと込み上げてくる感情に耐えていた。

マリールの師匠も、自分は食うに困り骨と皮になっていても貧しい者に薬をあげていたと言う話だから、きっとこんなに小さいのに危険を承知で無茶な独りで旅をしているのは、亡くなった師匠の意思を継ぐ為なのだろう。

アエラウェは涙の溜まった目尻にレースのハンカチを押し当てながら、マリールを痛ましそうに見詰め、その小さくまろい肩にそっと手を置いた。


「マリーちゃん…亡くなったお師匠様もきっと、マリーちゃんを見守ってくれてるわ…。」
「へ? お師匠様、バリッバリの現役ですよ?」
「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」
「出会った頃は骨と皮だったのに、私が旅に出る頃には肉がついて普通…いや、ちょっと肉付き過ぎてたかな…? まあ、食に無頓着だったみたいで、今じゃ吃驚するくらい丸っとしてます!」
「「「「「「「「「はぁぁぁぁ??」」」」」」」」」


謎が深まるマリールの師匠像に、バルド達は混乱するばかりだった。


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