お薬いかがですか?

ほる

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第一章

42.

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マリール達が穴に落ちたその頃、バルド達は順調に森へ入り、順調に襲ってくる魔獣を殺り、順調に月桂樹の採取に取り掛かれずにいた。


「あっれー? こんなに森の入り口にまで魔獣出て来てたっけ?」
「これ何匹目だよも~…。」
「31匹目かなーっと、あぶなっ!」


トートに襲い掛かる大きな鳥の魔獣の爪が、既の所で鋼蜘蛛の糸に足ごと落とされる。
ラルムとサルムは次々と土の槍で魔獣を串刺しにし、一方バルドの方はと言えばホビット達ほど出番が無く、子供達を狙い襲ってくるものだけをワンパンで沈める程度だった。


襲ってくる鳥の魔獣はピピ角牛のボスより遥かに弱いが、如何せん数が多い。そして夏の終わりの蚊と同じく執拗に飛んで狙ってくる。ホビット達も流石にこの量はおかしいと眉間に皺を寄せ、うんざりしていた。

マリールに貰っていた獣避けの布玉は、鳥や植物系の嗅覚が弱い魔物には効果が無いとは言え、こんな森の入り口に、沸く程居ただろうか?



「なあ。チビ達さ、森に毎週来てただろ? いつもこんなんだった?」
「二ヶ月くらい前から少しずつ増えてたけど…でも先週は二十匹くらいで、引率してくれたハウノおじさんが倒してくれた。」
「僕らに留めを刺す練習もさせてくれたんだよ。だから僕らちょっと強くなったんだ!」
「「「なんかすんません…。」」」


子供達の経験値上げの事等考えてもいなかったホビット達は、揃って現れる魔獣を次々始末してしまっていた。次が来たら土の檻で囲って、子供達に経験を積ませてやろうと思う。
バルドは手加減して魔獣が弱ったら子供達へ回すつもりが、突然襲ってくるのに身体が勝手に反射攻撃してしまう。

今回の引率者達は、引率者として未熟だった。


「ハウノか…そう言えばここ最近見ないな。」
「俺等は四日前見たよ? 早朝に隣のカルロクからメルクまでの護衛依頼が入って迎えに行ってた。」
「カロルクから? あそこの冒険者か全員出払う程忙しかったのか?」
「さあ? ハウノさんも首傾げてたけど、依頼金が良かったから行くって言ってたよ。」
「そうか…。」


ハウノはベテランの冒険者で、以前はエドナとハンスと共にパーティを組んでいて、遠方から難易度の高い指名依頼が入る程の実力を持っていた。

その武器は柄の両側端に湾曲した剣身があり、左右揃いの剣で獲物を狩る姿は、バルドも見事と惚れ込むほどの腕を持つ。エドナとハンスが引退してしまってから、二人が居るメルクを拠点に決めて活動していた。

そして少女趣味の冒険者ギルドでも動じない、強い精神力を持っていた。

バルドはハウノを思い出し、僅かに萎れる。
違う街の冒険者ギルドを拠点に決めて、このままメルクに戻らないのではないだろうか。


「ギルマスの精神安定剤だったからなぁ、ハウノさん。」
「ハウノさん、早く帰ってくるといいね?」
「マリーちゃんの事、嫁だよって紹介しないとね?」
「「「「嫁?」」」」


バルドをからかうホビット達の言葉に、子供達が丸い目で一斉に振り返る。
このギルドマスターの嫁が、あの自分たちと同じ年頃のマリールとは聞き間違いだろうか。それが本当なら、ルルナは今日来なくて正解だったかもしれない。

年長のマルクとビートは、キッとバルドを睨み付ける。
可愛いな、と仄かに思った女の子が、既に四倍も五倍も歳が離れてそうな怖いおっさんの餌食になっていたのだ。いくらギルドマスターと言えど、とんでもない悪者だった。
この先冒険者ギルドで依頼を受けれる年齢になる少女達には、決して一人にならないように言い聞かせなくては。

今日だけでかなり上がったバルドに対する子供達の好感度は、今正に急降下でマイナスに振り切っていた。


「そ。嫁ちゃん。書類上の期間限定のだけどなー。」
「…俺、マリーちゃんなら本物の嫁になると思う…。」
「それもとんでもない強引さでな…。ギルマス、気をつけてな…。」
「…。」


いつもはからかうホビット達も、マリールの事を思い出すと若干バルドに同情してしまう。いつか謎の新薬でも創り出して来そうだ。惚れ薬とか媚薬とかの怪しい類のを。もしかしたら既にあるかもしれない。

老齢の魂を持つ幼女は、男達に若干怯えられていた。


「あ! あれだよ、月桂樹!」


一番歳が下のティーヨとクリルが、いつも採取している月桂樹を見つけ駆け出した。
マルクもビートもそれを追うように続く。

子供達が向かった先に見えるのは、枝を大きく広げ葉を茂らせている、十メートルをも超える巨木だった。


「あーこれこれ! 懐かしいな~。」
「確か白い花と黄色い花のがあるよな。どっちが良いんだ? 花咲いてないから見分けつかないけど。」
「両方あれば問題無いんじゃね? 問題は、この巨木をどうやって持って帰るかだけど…。」
「…入らんな。」


流石のバルドの性能が良い拡張鞄でも、この巨木を二本ともなると入らない。その上確か、マリールには土も持ち帰るように言われていた。

「まだ小さい木なら、もっと奥に入るとあるみたいだよ。」
「ハウノさんが、持って帰れたら楽に採取出来るのにって言ってた。」
「ハウノ…。」


ハウノも子供達を気に掛けていた事に、バルドは胸を熱くする。やはりハウノは尊敬すべき冒険者だ。何より子供達にも泣き叫ばれないし、漢っぷりが良く女にもモテる。バルドの憧れとも言えた。


「そんじゃ、もうちょっと奥行って見る~?」
「ちび達どうする? もっと強い魔獣とか出てくるかもだけど。」
「二手に分かれるか?」
「「「「行く!」」」」
「「「…ええ~?」」」


ホビット達が子供達の引率と木の採取にどう別れるかを話し始めると、子供達が行く気満々になって目を輝かせていた。男の子は未知の場所に行きたがるものだ。その場所が危険と分かっていても、溢れる好奇心は抑えられない。
森の奥に入れば、見た事が無い良いものがあるかもしれないのだから。


「行きたい!」
「ハウノさんは危ないって連れてってくれなかったけど、兄ちゃん達強いんだろ?」
「怖いおじさんも強いし…悪者だけど。」
「「おじさん悪者なのか!?」」
「「「ぶはっ」」」
「…。」


子供達から悪者の称号を得てしまったバルドは、とても落ち込んでいた。
少しは懐いてくれたかと思っていたが、やはりエドナが言うように、マリールと一緒でないと子供達は懐いてくれない様だ。実際はそのマリールが嫁なせいで悪者扱いされているのだが。

マリールは今頃アエラウェと共に、あの近寄りがたい店で楽しく買い物をしているであろう。早く帰って、マリールの笑顔を見ながら飯が食いたい。

バルドもマリールに依存し始めているようだ。そっと腰の拡張鞄を手で押さえる。


「…飯、食うか。」
「やっりー! 待ってました!!」
「腹まだ減ってないけど、食べたくて仕方なかったんだよなー、肉餅ってやつ!」
「これも俺等が作ったんだぞー? ありがたく食えよ、チビ達!」
「「「「食べる!」」」」


お弁当を堪能したいという事で、ホビット達は張り切って周囲に罠を仕掛ける。
月桂樹から広がっていく扇形に囲むように、ラルムとサルムが土の柱を何本も立てて、トートがお得意の鋼蜘蛛の糸を細かく張り巡らせていく。月桂樹を主軸にして、かなり広範囲の罠が張り巡らされた。

サルムが手洗い用に水を出し、皆で手をきれいに洗う。出掛ける前に、マリールから食べる前に必ず手洗いうがいをさせてくれと言い聞かされていた。
自分達も子供達と一緒にマリールの言い付けを守る。破ったら何かありそうな気がするのだ。


きれいにした所でバルドが拡張鞄からマリールに預かっていたお弁当を取り出すと、ほわりと食欲をそそる香りが立ち籠める。温石も一緒に包んだから、まだ温かいままだ。


もう既に涎を垂らしているホビット達は最後にして、子供達から順番に手渡した。先程まで悪者と呼んで警戒していたのに、すっかり忘れて手ずから受け取ってくれる。

バルドはそんな子供達に目を細めた。
だがバルドの笑みは凶悪で、その顔を間近で見た子供達はビクっと身体を強張らせてしまった。産まれ持っての容姿は仕方ない事とは言え、うまくいかないものである。


「…食べるか。いただきます。」
「「「いただきまーす!」」」
「「「「いただきます!」」」」


皆が急く様に大きな葉の包みを開けて、両手の平程の大きさの平たいパンに噛り付く。
朝食べた胡椒餅というパンとはまた違い、何層にもなった生地の間に野菜と肉が挟まっていて食べ応えがある。皆が夢中でパクパクと食べた。


「うっめぇなー…! 同じ材料でこんなに違うの出来ちゃうのか!」
「雑草変えてたけどな!」
「「「「雑草!?」」」」
「そ。マリーちゃんの料理は雑草が入ってるんだよ。なんか実は薬草だったとかで、身体にいいんだってさ。」
「へぇ~」
「俺達と同じくらいの子なのに、料理出来るのか…。」
「ルルナねえちゃん、この前鍋焦がしてた。」
「あいつ火魔法の加減が下手なだけだよ。味付けも下手だけど…。」


わいわいと賑やかに進む昼食の合間に、バルドは瓶に詰めて渡されたお茶も、人数分注いで渡してやる。僅かに花の香りのする茶は、口の肉油もスッキリと胃に流し込んでくれた。


「そういや、野菜ないの? マリーちゃんいっつも野菜推してくるじゃん。」
「あるぞ。出すか?」
「やっぱあるのかー…。」
「食べるよ。でないと帰ってばれたらマリーちゃん怒りそうだし。」


バルドも野菜は無くても良い派なので出さずに居たが、それもそうだと野菜の皿を出してやる。大きな深皿の中にはトマトや玉ねぎ、緑瓜の角切りに、小さな丸いチーズのピクルスがやはり薬草を散らされて盛られていた。


「あ、意外とうまい。」
「ほんとかー…? ほんとだ!!」
「肉餅ってパン、美味しいけど油っぽかったから合うな!」
「「おいしー!」」
「兄ちゃん達いいなぁ…孤児院だと固いパンとクズ野菜のスープで、ごちそうの時はちょっと肉が入るくらいだ。」
「それでもありがたいけどな…。」
「…。」


しんみりしてしまう子供達とバルドに、トートが笑って言う。


「ちび達もがんばれば、すぐにこんなの食べられるようになるって!」
「そうだぞ。次に冒険者ギルドに来る時は、食堂も開いてるかもしれないしな!」
「ギルマスが食わせてくれるってさ!」
「「「「ほんと!?」」」」
「ああ。だが孤児院の先生や教会の人には内緒に出来るか…?」
「…うーん、でもちび達にも悪いから、やっぱいいや!」
「美味しいもの食べちゃうと、孤児院の食事我慢できなくなりそう…。」
「「…うん。」」
「…そうか。偉いな、お前達は。ちゃんと下の事も考えてるんだな…。」


バルドが思わずマルクの頭を撫でる。身体をびくつかせて驚いていたマルクだったが、バルドの意外と優しく撫でる大きな手に、くすぐったそうに笑った。


「怖いおじさん。俺も撫でて。」
「僕も!」
「僕だっこしてほしい!」


突然懐き出した子供達に、バルドがたじろぐ。だがすぐに嬉しそうに笑いながら、子供達の望む通りにしてやった。


「…怖いおじさん、笑うともっと怖いけどいいやつかもな。」
「まだわからないぞ。子供好きで嫁にするか?」


マルクとビートの会話を聞いて、ホビット達は腹を捩じらせた。


腹も満たされ、急降下していたバルドの好感度もわずかに回復したところで、罠を回収し出立の準備を済ませようと立ち上がる。だが、トートが周りを見回し眉を下げた。


「魔物避けに罠張ったはいいけどさー、失敗したな。」



マルクとビートは、うっと眉を顰め、クリルとティーヨは先程食べた美味しいものが、口から出て来ないように必死で耐えていた。


周囲には糸に気付かず突っ込んできた魔獣が、ぼとぼとと細切れにされ降って来ていた。食事している真上に落ちなかったのだけは、幸いである。
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