53 / 64
第一章
52.
しおりを挟む「…んー。こんなもんでいいかしら?」
フレスカが作っているのは、先日マリールが実験をしていたフリーズドライの魔道具だ。
鉄の箱自体はドワーフの工房に頼んで一時間もしないで出来上がり、起動させる仕掛けは既に組んである。後は魔石と連動させる術式を刻み込めば完成なのだが、水の上位魔法である氷、それに風と無魔法を組み合わせるとなると、その術式は聊か複雑になる。
フレスカが展開している術式は、真空空間の中で凍結と風を合わせて同時に起動させ、完成を知らせる音も鳴らす事が出来るようになっている。その大きな鉄の箱の内側には、何重にもなる緻密な術式がびっしりと刻み込まれていた。
フレスカが完成させた術式を目視で確認していると、腹の音が くぅ と、小さく鳴いて主張する。時計を見ればもう夕食時で、朝も昼も、何なら昨日もずっと碌に食べずに集中していたのに、気付いた途端に飢餓感に苛まれはじめた。
「…お腹空いたわね。あのお嬢ちゃんのとこに行けば、何か食べれるかしら?」
フレスカが眉を下げて平らな腹を撫でると、突然窓を ばん、と叩きつける音が響いてきた。
「…!?」
「フレスカー!! 聞きたい事があるんだよ! ここ開けとくれー!」
驚いたフレスカが暗器を忍ばせてある髪に手を突っ込み、窓のある天井を見上げれば、そこには窓にべったりと頬を張り付けて、硝子を叩くエドナの顔があった。
「相変わらず窓から来るのね…」
ほっと力を抜いたフレスカが、溜息を零しながらも天窓の開閉魔道具に触れれば、雪崩れ込むようにエドナとバルドが室内へと飛び降りた。
「だってアンタ、店の方から呼んでも何時も気付かないだろ。それよりフレスカ! モルガって女知ってるかい!?」
「ええ、以前に仕事をしたわ。高級装飾店の女主人でしょ?」
「どんな内容だ?」
掴み掛かる勢いで迫るエドナに、フレスカは両手を旨の前まで挙げて後退さる。
するとバルドまでフレスカに詰め寄って来たので、フレスカは訝しげに眉を顰めた。
「一体何なの? 顧客の情報をそう軽々と教えられないわ」
「アエラウェ様と嬢ちゃんが、その店で攫われたかもしれないんだよ! モルガがわざわざやってきて、盗賊に盗まれた宝石箱にアンタの名前を書いて入れて持ってきたんだ」
「私の名を…?」
睨むように告げるエドナに、フレスカも眉を顰めたまま首を傾げる。
「てっきりアンタも関わってるのかと思えば、やっぱり違うんだね!?」
そのフレスカの様子に、どうやら誘拐には関わっていないようだと、エドナも安堵の息を吐いたのだが。
「…関わってると言えば、関わってるわね」
「「なっ…!?」」
フレスカの言葉にエドナもバルドも驚き、そして直ぐにフレスカを拘束しようと身構える。
そんな二人の警戒に構う事無く、フレスカは軽く息を吐き出して、途端に疲れがどっと押し寄せてきた身体をカウチに沈ませた。
「…あの店の仕掛けを作ったのよ。落とし穴と、それを起動させる鏡をね。不要商品の廃棄用だって聞いてたけど…違ったのね」
フレスカが依頼されたのはダスト・シュートのようなものだ。深い穴は不要になった家具等の大物を粉砕、破棄する為だと聞かされていた。高級品ばかり扱う店が勿体無い事をするものだと聞けば、値下げすると客も安くなるまで買わなくなるから敢えてしないのだと言う。大物家具を落とす穴となると小部屋程の床面積が必要で、うっかり落ちてしまわないように別の場所から穴の開け閉めを操作したいとの依頼だった。
暗殺家業なんてやっていた位には、裏の世界にも精通していると自負していたのだが、引退して魔道具に夢中になっている間に随分と勘が鈍っていたようだ。あのおっとりとしたモルガに、まんまとしてやられた。
フレスカは怒りで引き攣るこめかみを、指で解しながら目を瞑った。
あの落とし穴を悪用していたならば、何らかの方法で被害者を生きたまま手に入れ、売買しているのだろう。
「頼む! その仕掛けがどうやって開くか教えてくれ!!」
バルドの焦った声で、そのルートをシミュレーションしていたフレスカの思考は遮られた。フレスカは静かに瞼を上げて、バルドをひたりと見つめる。
「…起動する鏡は対になっているの。落とす物を映す鏡と、落とし穴を起動させる鏡。起動させる鏡は店内ではなく別の部屋に設置して、獲物を物色している筈よ。けど、その場所は残念ながら知らないわ」
「じゃあ、どうやって獲物を運び出してるって言うんだい?」
エドナが腕を組み、口をへの字に曲げて言う。
フレスカが落とし穴しか作っていないなら、獲物の回収はどうしているのだろうか。きっと出入り口はある筈だ。
「それなのよね。廃棄用と言うからてっきり穴の底にスライムでも飼っているのかと思ってたけど、人を搬送するなら出入り口はあるんでしょう。だけど穴に結界石でも使われていたら、いくら魔法が使えても落ちた者は出る事も出来ないわね」
「結界石を上回る魔力でも、か…」
アエラウェがみすみす捕まっているのも、恐らくそのせいだろう。バルドはどうしたものかと知恵を絞るが、良い考えは一向に浮かんで来ない。
「…人身売買のルートをいくつか思い浮かべてみたけれど、ちょっと範囲が広すぎるのよ。海を越えて売るなら港側に出入り口を設けるだろうし、国内なら…」
フレスカの言葉に、エドナがそう言えば、と思い出す。
「ギーアの情報だと、地下道があるらしいね?」
「地下道?」
「ああ、盗賊に襲われた商人なんだが、警備砦から地下道を経て、違う建物に移動させられたそうだ。出る時も行きとは違う地下道を通って、出た場所の近くに商業ギルドが見えていたらしい。地下道は三つに分岐していたそうだ」
バルドの補足に、フレスカも顎に手を当てて視線を彷徨わせる。モルガの店と商業ギルドの間。大通りでは無い、人気の少ない裏通り。あの辺りは建物が密集しているから、その絞られた狭い範囲でも探し出すのは困難だろう。
「…人が寝静まった頃に運び出すと思うわ。それを見張るしかないわね。…中から何かしら目印になるものを出してくれれば良いんだけど」
「狼煙か」
「でもそれだと、落とし穴のある店内に煙が出るんじゃないかい?」
「そうなのよねぇ。けど、煙がそこから出るってことは、まだ運ばれてないってことでしょ? 落とし穴の魔道具を強制的に解除して、結界石の効果が切られたと同時に飛び込めばあるいは…」
だがフレスカが言い終わる前に、階下から店の扉を連打する音が聞こえて来た。
「…あら、こんな夜にお客さんかしら? それにしても随分と近所迷惑な客ね」
「ああ、エレンがホビット達連れて来る手筈になってたんだよ」
「あのせっかちな叩き方は間違い無くサルムだな」
サルムはいつも半鐘のように扉を連打してくるらしい。バルド達は店のある一階へと降りて、サルム達を出迎えた。サルムの後ろでは、息も絶え絶えになっているエレンが膝に手をついて己の身体を支えている。よくホビットの脚についてきたものだ。
だが、サルムの他の二人のホビットが居ない。
「おや、他のちび共はどうしたんだい?」
「あー、別件! それより大変なんだよ!!」
「どうした!? マリールについて何かわかったか!?」
大変と聞いて、真っ先にマリールの安否についてかと思い、バルドはサルムに詰め寄った。
だがサルムは首を横に振るう。
「それはわかんない! けど、マリーちゃん達が行った店から煙が出てるんだ!!」
「…わぉ」
「…ちょっとタイムリー過ぎやしないかい?」
サルムの言葉に、フレスカもエドナも思わず感嘆の声を上げる。こうしてくれればと今さっき話していた事が、タイミング良く叶ってしまった。
「行くぞ!」
バルドの号令で、皆が一斉にモルガの店へと向かう。
どうか無事で居てくれと、バルドはマリールを案じながら駆け続けた。
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる