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第一章
53.
しおりを挟む人が賑わう広場から離れれば、街灯も無い薄闇に包まれた道だけが続いていく。
月明かりに照らされて黒い影となった木々の中を、一台の馬車が急ぐように駆けて行った。
「…どこへ行っていた、モルガ」
対面の座席に座らせた女は、もう何も見えないだろう窓の外を見つめている。
馬車の主がそう問えば、モルガは小首を傾げてやっと男を見た。
「お客様の忘れ物を届けに行っただけですわ」
モルガは何もやましい事は無いのだと微笑む。
だが男は冷たく目を細めて、顎を僅かに上げてモルガを見下ろした。
「忘れ物? エルフが買ったものを、態々か? そのままにして置けば良いものを」
「あら、会計が済んだ品を、また違う客へ売る等出来ませんでしょう? 販売履歴が残ってしまいますもの」
あくまでもモルガの店は、盗品と知らずに持ち込まれた品を買い取る体を取っている。もし盗賊として働かせている者達が捕まっても、蜥蜴の尻尾切りよろしく切り離せば良いようになっていた。
買取の記録も、販売の記録も、全て商業ギルドカードに記録されているのだから、再び同じ品を売るとすぐにばれてしまう。
この国の商業ギルドならば多少は金と圧力で融通を利かせる事が出来るが、万が一商業ギルドの世界本部に情報が漏れた場合、ゴルデア国の商業ギルドは役員全てが監査対象となる。上手くやっているつもりでも綻びは出るものだ。モルガの言葉に男は僅かに片眉を上げると、疑わしい視線はそのままに、ふん、と鼻を鳴らした。
「…まあ、いい。あのエルフと半エルフの子供は、早々に買い手が付いた」
「…そうですの」
「特に子供の方は見物だったぞ。鏡越しに鼻息荒くする客が多くてな。エルフの方は脱ぐ寸前で子供の異変に気付きおったから、楽しむ間も無く落としたが」
店の飾り窓に飾った親子揃いのドレスは、アエラウェとマリールの為に用意されたものだ。店の飾り窓には、目を付けた獲物の好みを飾り誘き寄せ、試着室へと誘導していた。
マリールとアエラウェの着替えを、あの鏡の前に集まった客が見ていたのだろう。エルフが獲物になると聞いた常連客達は、こぞって毎日のようにあの大きな鏡のある部屋に足繁く通っていたのだから。
「子供の買い手はゴルデア国の薬術士会が粘っていたのだがな、結局はあの公爵の資金力に負けおったよ。エルフとセットで欲しいとな。まあ、あの男に買われれば二度とその光も見れなくなるからと、薬術士会の連中も納得していたが」
「…」
男はオークションの様子を思い出し、顔を歪ませて可笑しそうに嗤う。
モルガは表情を少しも動かさずに、じっと男が笑い終わるのを耐えていた。
「…ああ、そうそう。それと…二日前だったか。お前の店に汚い野兎が迷い込んでいたからな、巣穴に戻しておいてやったぞ」
その言葉に、モルガの瞼がひくりと動く。その僅かな反応に、男は満足そうに歪んだ笑みを浮かべた。
「…さて、そろそろ着くか」
男がそう言うのと同時に、馬車は速度を遅め、ゆっくりとした足取りになる。目的地に到着したのだろう。ゆっくりと停止した馬車のドアが従者によって開けられて、男は外へ出るとモルガに手を差し出し、機嫌良くこう言った。
「良く働いたおまえに褒美をやろう。楽しみにするがいい」
モルガの強張る表情に、男はさらに笑みを深くした。
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