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第一章
55.
しおりを挟む「どどど、どうするよー!?」
「どうするったって…助けに行くしかないだろー!?」
「けど、おっぱい尻姉ちゃんはいいのかー!?」
「うっ…」
トートとラルムは、ばたばたとその場で足踏みをしながら、すぐにでも駆け出したい衝動を抑える。まさかのアエラウェが捕まったとなれば、余程の罠に嵌められたか手練れが居るかのどちらかだ。
そんな相手からトートとラルムだけで助け出せる自信が無いのだが、かといって今から冒険者ギルドのバルドに知らせに行こうものなら、捕まったアエラウェの行方がわからなくなるかもしれない。
それにトートがやたら気にしているモルガの動向も、ここで追うのを止めればもう掴めなくなる気がした。
頭を抱えながら「ううう」と呻り歯軋りをして散々悩んだ後、トートは足踏みしていた爪先の方向を切り替えた。
「っ…おっぱい姉ちゃんごめん…!!」
「あっ! えーとえーと、尻姉ちゃんごめーん!!」
ガルクス達が消えた方向へと駆け出したトートを、ラルムも背後の領主館に居るであろうモルガに向けて謝りながら追っていく。
ホビットの足では直ぐにガルクスや警備兵達に追いついてしまうだろうから、見つからないように用心が必要だ。
二人は足音を立てぬように、だが出来るだけ速く、地下道を駆けて行った。
--------------
夕食時の人が多い時間帯。商業ギルド近くから煙が上がっているとなれば、広場や食事処で夕食を楽しんでいた者達は嫌でも気付く。
バルド達がモルガの店近くまで辿り着くと、煙だけが出て一向に火が出ない店の前に、沢山の野次馬が集まっているのが見えた。
「…随分集まってるな」
「野次馬も火事なら連携して消火活動するところだろうけど、煙だけだからねぇ。何事かと思うさね」
「あの、あれ…」
エレンが目線で示した方向から、警備兵達の叫ぶ声がバルド達の耳にも届く。
「危険ですから、下がってくださーい!」
「下がれ!」
「下がりなさい!!」
野次馬を掻き分け苦労しながらこちらへ向かってきているのは、警備兵の軽鎧を身につけた騎士、イクス達だ。
マリールを連れて商業ギルドへ行った日から顔を合わせていないが、バルドはこれまで日に何度と彼等に連行されている。特にイクスは何故かバルドには厳しく、訳の分からない尋問をしてくるものだから面倒な事この上無い。
彼等に見つかる前にモルガの店へ入りたいと、バルドが野次馬を掻き分けて行けば、バルドの巨体に驚いた野次馬達が蜘蛛の子を散らすように道を開いてくれた。
「…」
「わぁ…」
「ギルマス、ナイスゥー!」
「でかい図体も役に立つもんだねぇ」
「そうかしら…?」
「お前達! そこで何をしている!?」
だがモルガの店に押し入ろうと怪しい動きをするバルド達は、イクス達に直ぐに見つかってしまった。バルドは遠目からも判る程の巨体なのだから当然だろう。
背後から迫るイクスの怒声に、フレスカが「ほらね」と肩を竦めて見せる。それにガクリと肩を落とし、深く息を吐いてからバルド達はゆっくりと両手を挙げて振り向いた。
イクスは抜いた剣の切っ先をバルドの喉元に突きつけ、ガウェインとミケルも厳しい顔でエドナ達に剣を向ける。
「冒険者ギルド長が火事場泥棒とは、落ちたものだな!」
「違う! この中にマリールとアエラウェが居るかもしれんのだ!!」
「っ何を…! アエラウェ様を呼び捨てにするとは!!」
「いや、だからアエラウェが…!!」
「貴様っ…!! それ以上その汚い口でアエラウェ様の御名を口にするな!! 大体以前から貴様は…!!」
イクスの怒り所は住居侵入ではなく、アエラウェを呼び捨てにした事に重点が置かれているようで、なんだか噛み合わない言い合いが始まってしまった。
エレンとサルムが、ぽかんと口を開けてその不毛な遣り取りを見つめ、ガウェインもミケルも「あーあ」と呆れの眼差しでイクスを見やる。
フレスカに至っては暗器を忍ばせている髪に手を添えて「面倒だから殺っちゃつてもいいわよね?」等と物騒な事を呟いた。
エドナは仕方なさ気にすぅっと深く息を吸い込むと、目一杯に肺を膨らませた酸素を一度止めてから、一気に押し出すように横隔膜を震わせ、声を張り上げた。
「№136 イクス!!」
「はっ! 何でありましょうか! 『アエラウェ様を尊ぶ会』会長殿!!」
エドナの声にピシリと佇まいを正し右腕を折り胸の前に上げ相手に手の平を見せるイクスに、ガウェインとミケルは目を見開いた。老婦人一歩手前といった具合のご婦人に対しイクスが示したのは、上官に対する最敬礼だ。
「アエラウェ様の危機だ、そこをど退きな!! この店の下に捕らえられてるかもしれないんだよ!」
「なっ…それは真ですか、会長殿…!」
「ああ、もたもたしてたら遠くへ連れてかれちまう…!」
「っ…!!」
エドナの切羽詰った声音は、とても嘘を言っている様では無い。まして『アエラウェ様を尊ぶ会』会長であるエドナが、アエラウェの名を使って疚しい事をするとはとても思えなかった。イクスは厳しい表情でモルガの店の前に立つバルドの胸を押し退けると、自ら店の扉に向かい腰の剣に手を掛けた。
これに慌てたのは少年騎士のミケルだ。自分よりも大きなイクスに抱き付き、必死で止めに入る。
「ちょっ…! 先輩何してるんですかっ!!」
「ミケル、これは大事件だ! アエラウェ様が誘拐されていると…!!」
「落ち着け、イクス。強制捜査には申請と許可が必要だ」
ガウェインは扉とイクスの間に割って入り、いつも通りの抑揚の無い声で身を挺してイクスを留めさせる。それに感心したように、フレスカが声を漏らした。
「あら。この子達ちゃんとしてるのね?」
ゴルディア国の騎士なんてものは大体が人族の貴族籍を持つ者で、民間から騎士になれる者は滅多に居ない。居るとすれば余程の戦果を上げた者か、金で騎士の身分を得た者だ。だがガウェイン達の所作は貴族のそれで、なのに偉ぶるでも無く法に忠実であろうとする姿勢に、この国でもまともな貴族が居るものだとフレスカは僅かばかり感心をした。
「なーなー、その申請って誰に出すんだ?」
「メルク管轄の騎士長だ」
頭の後ろで手を組みイクスの暴走を眺めていたサルムが、疑問を口にする。それに律儀に答えたのはミケルにしがみ付かれているイクスで、彼もまた真面目な性分なのだろう事が窺い知れる。アエラウェが絡むと箍が外れるようだ。
「それってここにいる騎士さん以外?」
「ああ、ガルクス様がメルクの管轄騎士 長だからな。…不本意だが」
「え、アレが…?」
「まじか…」
顔を顰めて不本意だと言い捨てるイクスの言葉に、知らなかったエレンとサルムは唖然とする。ガルクスはその傍若無人な態度でメルクに住む誰からも反感を買っている。やたら威張り散らして偉そうな奴だとは思っていたが、実際身分的には偉かったようだ。
知っていたバルドもエドナも、イクスと同じように顔を顰めていた。
「あら、じゃあこの店の下で会えるかもしれないわね? そしたら好きなだけ申請とやらをすれば良いわ」
「…どういうことだ?」
フレスカの言葉に眉を顰めて睨みつけるようにガウェインが聞き返す。その鋭い視線にフレスカは目を細めると、「行ってみれば分るんじゃないかしら?」と、挑発するように口角を上げて見せた。
「…ガウェイン先輩」
「ああ、仕方ないだろう。何も無かったとしても責任は俺が持つ」
「何を言うか! 責任なら俺が持とう。それよりも今はアエラウェ様を早くお救いして差し上げねば…!!」
「…ガウェイン先輩ぃ…」
「…ああ。皆、少し下がるぞ」
普段は理想の先輩騎士として尊敬しているが、アエラウェが絡むと途端に残念っぷりを発揮するイクスに、ミケルは眉尻を下げて縋るようにガウェインを見上げた。
ガウェインはイクスにしがみ付いたままのミケルを労わる様に離すと、イクスから距離を取る。自由になったイクスは周囲に人が居ないのを確認すると、再び店の扉に対峙した。
それは一瞬。
抜刀と同時に風切りの音が鳴ったかと思うと、寸の間の静寂の後に扉が積み木のように崩れ落ちていく。それと同時に扉で抑えられていた煙がもうもうと店の中から押し出され、辺りを白く覆っていく。
イクスの剣技に瞳を輝かせていたミケルは、野次馬達が大量の煙に咳き込む中、「アエラウェ様…! このイクス、今馳せ参じます…!!」などと叫びながら煙を物ともせずに真っ白な店内へと飛び込むイクスの背中を、とても残念そうな表情で見送った。
「あっれー? あの騎士さんのがガルクスより強くね?」
「イクスは強いぞ。騎士合戦でも例年上位を争う程だ」
「へぇ。そんなに凄いのかい?」
「そうだぞ! イクス先輩は凄いんだ!!」
「へー…。けどなんか」
「イマイチ残念な騎士様よねぇ」
「そうですね…」
「…」
誰もが認めるイクスの残念さに、ミケルは半泣き顔で唇を噛み締める。アエラウェが絡まなければ本当に理想の騎士なのだ。そんなミケルの頭をぽんと軽く叩いて、ガウェインもイクスの後を追って店内へと飛び込んで行った。
「あたしらも行くよ!」
「待ってエドナ。これじゃ魔道具の解除も出来ないわ」
「煙いしなー。つかあの騎士さん達大丈夫なのか?」
イクスとガウェインは恐らく顔周りにだけ風魔法で酸素を確保しているのだろうが、店の外まで真っ白で、これでは視界が悪過ぎる。直ぐにでも中へ入りたいが、闇雲に突入しても無駄になる。どうするか思考を巡らせるフレスカ達に、ミケルが声を上げた。
「なら僕が」
「…どうするの?」
「危ないので、そのまま少し離れていてください」
ミケルはそう言うと、自らの魔力を練り上げ増幅させる。
パチリ パチリ とミケルの周囲から空気が弾ける音が鳴り、その音が段々と忙しなくなったかと思うと、ミケルの金色のくせ毛がピンと引っ張られるように逆立ち始めた。
「雷魔法…」
目を見開いたフレスカが、思わず声を漏らす。その声を合図に、ミケルは店の入り口へ向けて両手を突き出した。
ずわりと音を立てて白い煙がミケルの手の平に急激に吸い寄せられていく。
店の中からも外からもすっかり集塵した後は、天へとその手の平を向けて、小さな雷を発生させながら空高くまで煙の渦を昇らせてしまった。
「何これ…! 空気がめちゃくちゃ綺麗じゃん…!!」
「ねえ、小さな騎士様。ちょっと大事な相談があるのだけど…」
「後にしな、フレスカ!」
瞳を輝かせてミケルににじり寄るフレスカの腕を掴んでエドナが止める。
ミケルのお陰であっという間に綺麗になった視界に、野次馬達もどっと歓声を上げミケルを囲み褒め称え始めた。
「ありがたい。行くぞ!」
「ちょっ…! 僕も~!! あっ、ちょ、ちょっと、変なとこ触らないでくださっ…」
野次馬達にもみくちゃにされるミケルを置いて、バルド達は店内へと突入して行った。
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