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第一章
56.
しおりを挟む「ちょ、暴れすぎだろ、あのイクスって騎士!」
バルド達が視界の開けた店内へ押し入ると、先に突入していたイクスが暴れに暴れてアエラウェを探していた。計器も商品も何もかもがひっくり返され、しっちゃかめっちゃかに荒らされている。
呆れるサルム達を置き、フレスカはすっとその華奢なつま先を、以前自らが設置した魔道具がある店の奥へと向かわせた。
「ちょっと、そこの赤髪の騎士さん。その馬鹿な子抑えてて」
フレスカが擦違いざまガウェインに声を掛けると、ガウェインは軽く息を吐いてから、暴れるイクスの首を腕で締め上げた。「ぐぅっ」と苦しそうな呻り声が聞こえれば、これでやっと静かになった。
目を細め店内を見回したフレスカは、設置した当時の事を思い出す。その時はまだ何も無いがらんどうの店内だったが、部屋の中央奥に設置していた筈だ。
その記憶通りの場所へと向かえば、フレスカが予想していた通り、その場所には試着室が設けられていた。だが試着室の区切りは二つもある。フレスカはシャッと音を立て二つの試着室のカーテンを順番に開けると絶句した。
フレスカが設置した魔道具は一組だけだ。なのに同じものが二つある。
壁に設置されている鏡の前に敷かれている上等な絨毯を引っぺがすと、試着室の床は落とし穴の開閉板になっていた。隣の試着室も同様だ。
だがこれでは試着室を囲む三枚の壁が邪魔で、落とし穴の板を踏まずに鏡へ近づけない。
「この壁、邪魔ね」
「壊せばいいのか?」
フレスカがむぅっと眉間に皺を寄せると、バルドは壁に手を当て握りこむ。
するとまるで砂の城を崩すかの如く壁は見事に粉砕され、脆く崩れ落ちてしまった。
「ひぇっ…」
「すっげ…」
「見事だねぇ」
「どうなってるの、ギルマスさんの握力」
「「握力なのか!?」」
「…気にしないでくれ」
バルドが邪魔な壁を取り払ってくれたお陰で、開閉板の枠を渡れば鏡に手が届く。
二つの鏡を外し裏側を見れるように並べ床に寝かせれば、二つの鏡に刻み込んだ術式が全く同じものであると直ぐに解かった。それどころか素材や加工の仕方、癖までもが全く同じものだ。
「何これ…」
「どうしたんだい、フレスカ。解除出来ないのかい?」
難しい表情で落とし穴と鏡の魔道具を見つめ固まってしまったフレスカに、心配そうにエドナが尋ねる。ガウェインに羽交い絞めされたイクスもバルド達もがフレスカの様子を伺えば、フレスカがゆっくりと振り向いて口を開いた。
「私の造った魔道具が写し取ったみたいに複製されてるのよ」
「な!?」
「馬鹿な! それは不可能の筈だ…!!」
世間では魔道具士の力量は魔力量によるものと思われがちだが、実はそれだけでは無い。魔道具はどんなに真似て作っても、全く同じものにはならない。絵画や宝飾の贋作が見破られるように、魔道具も魔道具士の癖が僅かなりとも出てしまうものなのだ。だからこそ、この魔道具が複製されたものであると解かる。
だがイクスとガウェインが驚くのも当前で、この世界では『複製』する技術も魔法も存在しない。もしそんな事が可能な者が居るとすれば『異界の迷い子』くらいだろうか。
「…百歩譲って、私の造った魔道具そっくりそのまま造れる魔道具士が居たとしても、私にばれずに売るなんて出来ない筈なのよね」
模写でも模造品でも、その道具だけではなく術式も真似て造るものだ。偽者が売られれば魔道具士会に登録されている原物の術式の使用回数、販売履歴で直ぐに複製した者もそれを買った者も判明出来るようになっている。開発者に許可を取り、ロイヤリティを支払っているのなら問題ないのだが、事実フレスカの知らぬ間に、こうして複製され使われてしまっていた。
「俺、なんか似たようなの聞いたなー」
「『売らなければ履歴も残らないからバレない』だったかねぇ…」
「え、でもあれは開発したご本人が売らずにあげていただけだから、違くないですか…?」
「マリール…」
マリールの師匠仕込の不思議なロジックを、バルド達は呆れと共に思い出す。
それを聞いたフレスカと騎士二人は、理解し難い理由付けに痛む頭に、思わず目頭を押さえた。
「何なんだその屁理屈は!」
「あのお嬢ちゃんには商売のノウハウを一から叩き込んだ方が良いんじゃないの?」
「だがそれで実際、この偽物が見つかっていなかったのなら見事な抜け道だな。履歴が残らなければ取り締まりも難しくなる」
感心したようなガウェインの言葉に、フレスカは「冗談じゃない」と嫌そうに顔を顰めた。
「『売らなければ良い』が罷り通るようになったら、開発者の収入が激減してしまうじゃない。これは対策を考えないとだわ…」
「ではまずは…」
「すまんがそれは後で議論してくれ」
対策について話し始めるフレスカとガウェインに痺れを切らしてバルドが切り上げれば、イクスも「そうだった!」と我に返る。今はアエラウェを救出する事が先決だ。
「魔道具士殿、早く魔道具の解除をしてくれないか!?」
「…分かってるわ」
急き立てるイクスに鬱陶しそうに手を振ってから、フレスカは鏡の魔道具に手を触れる。複雑に、そして綿密にびっしりと刻まれた術式の内、落とし穴と連動させる術式を解くだけだ。
フレスカは髪の中から工具のノミと木槌を取り出すと、その術式の柱の役目をしている小さな文字に振り下ろし刮ぎ落とす。すると術式を淡く浮き上がらせていた魔力の光は力なく消え、掘られた術式だけが手の込んだ模様のように残されていた。
「…まず、これで相手側から操作出来ないようになったわ」
相手側からこちらの様子が見える術式は稼動させたまま、二つの鏡を無効化させると、今度は落とし穴の魔道具へと取り掛かる。落とし穴の魔道具は扉を自動で開閉させるだけの簡素なものだ。開ける、閉じる、鏡との連動。たった三つの術式の内、連動は先程鏡のほうで解除しているのだから残り二つを解けば良い。
「…せっかく作った魔道具なのに。ほんと、涙が出ちゃう」
術式としては決して難しくない開閉させる術式は、神経質なフレスカの性質が良く現れて、丁寧で無機質な並びで落とし穴の板に刻み込まれていた。丹精込めて造った製作者のフレスカによって、あっけなく解除される魔道具の物悲しさに、フレスカは哀し気に愚痴を零した。
「よし! この穴の下にアエラウェ様がおられるのだな!?」
只の板となった落とし穴の蓋を外しフレスカが離れると、イクスは勢い勇んで落とし穴へと飛び込もうと力の限り床を蹴り、高く跳び上がった。
「「「「「あ」」」」」
「待っていてください! アエラウェさ…ぐおぉぉぉぉぉぉ!!」
予測していなかった穴の反発に、ゴキリと嫌な音を立てて足首を捻る。イクスは足首を押さえながら、あまりの痛みにごろごろと床を転げ回った。
「ぎゃはははは!!」
「ダサイわね…」
「イケメンなのに…」
サルムが人差し指をさしてイクスを笑えば、フレスカとエレンの言葉が容赦の無い止めを刺す。あまり表情を出さないガウェインでさえも、拳で口元を隠し、笑うのを堪えて肩を震わせていた。
バルドが屈んで大きく開いた穴に手で触れてみると、床と同じような固い膜が張られている。
「やはり結界石が張ってあるようだな」
「って事は、まだこの下に居る可能性が高いねぇ」
「後はどうやって結界が解かれるタイミングを見張るかだが…」
「結界の上に物を置いて、落ちるのを待てば良いんじゃないですか?」
バルドとエドナが落とし穴の淵にしゃがみこんで相談していると、背後から少年の声が掛かる。目線をやれば、そこには野次馬にもみくちゃにされて髪も衣類も乱されたミケルが、唇を尖らせてふて腐れた様に立っていた。
良く見るとシャツの釦全てが毟り取られ、閉められなくなった前身頃をぎゅっと片手で握り押さえている。
「もう! 酷いですよ、先輩達も皆さんも僕を置いてくなんて…!!」
「「すまん…」」
「少年騎士さん、なんか襲われたみたいになっちゃったなー」
「実際襲われてたんですよ…!!」
集団は本当に怖い。泣きそうなミケルがくれた案に、バルドはその辺に落ちていた壁の瓦礫を穴の上へと放り投げる。瓦礫は何度か跳ねながらも、穴の範囲内に留める事に成功した。
「後は待つだけかねぇ」
「…ああ」
バルドはその時が来るのを今か今かと逸る心を抑え、瞬きもせずにじっとその瓦礫を見つめた。
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