お薬いかがですか?

ほる

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第一章

58. 毛根は間に合いませんでした。

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バルドの落下地点に駆け寄ってくるマリールに、焦ったのはバルドだ。
自分の巨体が高所から落下すれば、その衝撃で小さなマリールが潰されてしまう。
バルドは切羽詰ったように叫んだ。


「アエラウェ!!」
「はいはい」


アエラウェが手を振り上げ、風魔法で落下するバルドの速度を緩めてやれば、後から追加の声が掛かる。


「アエラウェさーん! 俺達にもよろしくー!」
「アエラウェ様ー!! このイクス、今お助けに…!!」
「…ええ? 何でイクスも居るのよ…」


サルム達だけではなく予想していなかったイクスの声に、アエラウェは嫌そうに顔を顰めた。だが嫌そうにしながらも、イクス達をも風魔法で包み、落下速度を抑えてやった。

穴に飛び込んできたのはバルドとエドナ、サルムとフレスカに、イクスとガウェインだ。エレンとミケルは地上部で待機させている。

ふわりと降り立つバルドにマリールが飛び掛り、バルドはそれを掬い上げるように抱き止める。泣きじゃくるマリールをあやしながら、バルドは心から安堵の息を吐き出した。


「…遅くなってすまない、マリール」
「っ、旦那様…! 旦那様…!!」


優しい眼差しで言うものだから、マリールは感極まってバルドの胸に顔面をぐりぐりと擦り付ける。どさくさにバルドの胸筋ぱふぱふを堪能するマリールに、サルムも「良かったー。平常通り!」と、安心して笑った。
ついでにイクスもアエラウェの風魔法に包まれると言うご褒美に悶え興奮していた。


「騎士って変態しかいないわね」
「…一緒にしないでくれ」


汚物を見てしまったような顔で言うフレスカに、ガウェインが心外だと口にした。

それを見て焦ったのはガルクス達だ。アエラウェの魔力を使い切らせる為にわざわざ長い時間閉じ込めたのに、余裕の表情で風魔法を操っている。しかも冒険者ギルド長や何かと口煩いイクス達まで来てしまった。

じり、と砂利を擦り後退さる音に、正気を取り戻したイクスとガウェインが剣を抜く。


「…ガルクス様。これはどういう事でしょうか?」


イクスとガウェインはガルクスよりも強い。ガルクスが勝てるのは生家の身分と残虐性くらいだろう。苦手な二人の騎士の鋭い眼差しにガルクスは無言で踵を返すと、配下を置いたまま走り出す。


「!?」
「ガルクス様!?」
「待ってください!!」
「煩いうるさい!! お前たちはそこで足止めしていろ!!」
「そんな…っ!?」
「くそっ」


自分達を置いて逃走するガルクスに呆気に取られたまま、下っ端の警備兵達はイクス達と剣を交える。だが頭であるガルクスが逃げてしまっては戦意も失せるというものだ。あっという間に剣戟の音は止み、一撃を入れられ倒されていった。


「ちっ。足止めにもならんのか…!」
「逃がさないよ、ガルクス! ハウノの仇だ!!」


壁を走りガルクスを追うエドナが、ガルクスを捕らえようと鞭を振るう。だが植物の蔓で出来たその鞭は、寸でのところでガルクスの剣に切り払われる。


出口へと差し掛かったガルクスはこのまま逃げ遂せると余裕が出来たのか、懐から結界石を取り出し掲げ、追ってくるエドナ達に向けて高笑いを上げた。


「ふはははははは!! お前達皆ここで仲良く暮らせばいい!!」
「待ちな…!!」
「待て! ガルクス!!」
「くっ」


イクスが剣技を繰り出そうにも、エドナが邪魔で繰り出せない。もう数歩で部屋から完全に身体が出るというところで、ガルクスの頭上からカツリと音がした。
見ればガルクスの掲げ持つ結界石に、小さなナイフが突き立っている。


「!?」
「一人だけ逃げるなんてダサイわね?」


フレスカの言葉と同時に、石に刻まれた小さな術式はナイフに拠って割られ、共に床へと落ちていった。


「くそおぉぉぉぉぉ…がっ!?」


逃走を諦めないガルクスが勢いを削がずに踏み込むが、いつのまにか出口を塞ぐように土壁が生えていて、ガルクスは無様にも弾き返されてしまった。

何が起きたのか理解が出来ぬまま、ガルクスは尻餅をついたまま土壁を見上げる。
すると土壁の上から、ひょこりと小さな頭が二つこちらを覗いた。


「じゃじゃーん! 俺達登場!!」
「やっほー。マリーちゃん達無事かー?」
「トート! ラルム!!」


壁の向こう側から降りてくるトートとラルムにサルムが駆け寄ると、二人のホビットは「にしし」と笑って抱き止めた。


「トート! お前達おっぱい姉ちゃん追ってたのに!」
「あー、そうそれ! ヤバイとこ行っちゃってさー。つか、ここどこの下?」
「そのモルガっつーおっぱい姉ちゃんの店だよ!!」


サルムの言葉に二人は目を丸くして、それからトートはがっかりしたように肩を落とした。その背中をラルムが励ますように叩く。


「…まじかー」
「ほらな! 助け行かなくて正解だったじゃん!」
「モルガお姉ちゃん、どうかしたの…?」


いつの間にか近くに集まっていたマリール達の中に見慣れない獣人の子供がいて、ホビット達は首を傾げた。


「どしたの、この子?」
「薬草採取の依頼で孤児院の子で一人足りなかったでしょう? ルルナって言うの。落とし穴に落とされてたのよ」
「「ああ~!!」」
「ティーヨが言ってた、鍋真っ黒に焦がす子!」
「…っも、もう焦がさないもん! それより、モルガお姉ちゃんがどうしたの!?」


思わぬ暴露に顔を真っ赤にしながら、ルルナがトートとラルムに詰め寄った。
それに二人は顔を合わせ、困ったように眉を下げる。それからトートは少し屈んで、ルルナの目を見上げるようにじっと見詰めた。


「そのモルガ姉ちゃんさ、店に落とし穴作ってたんだろ?」
「そんでルルナも落とされて、アエラウェさんもマリーちゃんも落とされてた」
「…うん」
「マルク達が言ってたぞ。他にもあの店から出て来なかった人居るんだって」
「ちが…!」
「それは本当か!?」


横でエドナやフレスカと共に絶賛ガルクスを締め上げ、蹴ったりつついたり毟ったりしていたイクスが、聞き捨てならないと話に加わる。

ガルクスは自慢の重鎧も脱がされて、裸同然でエドナの蔓によって縛り上げられ、散々エドナに蹴られたのか、目も当てられないほど顔が膨れ上がっている。それをフレスカがナイフ投げの的にして、日頃の鬱憤が溜まっていたのか、ガウェインが無表情で毛をぶちぶちと抜いている。鎧で蒸れて寂しくなっていた頭頂部が、もっと寂しくなっていた。


「…俺達がおっぱい姉ちゃん追った先さ、どこだと思う?」
「貴族の馬車乗ってたから、どっかの貴族屋敷だろ?」
「その貴族屋敷、三階建てだった」
「「「「「!?」」」」」
「めんどくさいのが親玉だったわね」


貴族屋敷で三階建ての建物は、この街の領主館しかない。その事実に、フレスカ以外の皆が渋い表情で黙り込んでしまった。

「そんでさ、トートがやたらおっぱい姉ちゃんの事気にするから、潜入するのに地下探ったら領主館の地下でさ、ガルクスが拷問してたんだよ。まじ胸糞悪かった!」
「え…!?」
「ごめん、マリーちゃん。もう助けられないと思う」


バルドの胸に顔を埋めていたマリールが、サルムの言葉に漸く顔を上げた。恐らくその拷問されていた人物を助けなければと思ったのだろう。だが言い聞かせるようなトートの眼差しに、「そんな…」と小さく、苦しそうに言葉を零した。


「出て来たガルクスと、森に捨てに行った下っ端のやつらの後からつけてったらさ、地下道は領主館と、多分警備兵の砦に繋がってて、途中でこの店の地下と森に繋がる道に別れてたんだ」
「拷問されてた人は手押し車に乗せられて、この店の裏手に出て行ったよ。森に捨てに行くって言ってた」
「…ギーアが言っていたのは領主館の方だったのか。確かにあの裏側は山と繋がっている」
「てっきり商業ギルドだと思ってたねぇ…」
「でもおっぱい姉ちゃんの店とも繋がってたんだからさ、結果同じじゃね?」
「それはそうだけどねぇ」


なんだか釈然としない気持ちのまま、エドナは再びガルクスを蹴り始めた。もう完全に八つ当たりだ。ガルクスは殴られる度に「へぶっ」「へぶばっ」ともう言葉にならない声を発している。

マリールはバルドから下ろしてもらうと、青い薬を取り出してガルクスに近付いた。


「な!?」
「マリーちゃん、勿体無いからやめなさい!」
「…飴、ですか?」


制止するアエラウェを無視して、マリールはガルクスの口に丸い薬を押し込んでしまう。イクスとガウェインが突然のマリールの行動を訝しげに見守っていると、すぐに驚きの変化が目の前に現れた。


「な…」
「なんなんだ、これは…」


ガルクスの腫れ上がった顔も、剣で突かれた小さな傷も、頭頂部以外全てがあっという間に治っていく。頭頂部の毛根はガウェインに引き抜かれた時点で既にもう死んでいるようだった。
治された当の本人さえも、驚きに目を瞠った。マリールの持つ小瓶には、青黄赤の小さな飴のような薬が詰められている。


「私が作ったお薬です。…これでモルガさんの事、喋れますよね?」 
「薬だと…? その飴が?」
「…あれ? てっきりご存知かと思ってたんですけど…」


だからマリールを攫おうとしたのだと思っていたのだが。どうやらガルクスは死者も蘇らせる薬の事は知っていても、マリールがそれを持っていて、しかもそれが飴のようだとは知らなかったらしい。


「「「「…マリーちゃん」」」」
「マリール…」
「嬢ちゃん…」


うっかりばらしてしまった事に、マリールは「てへぺろ」と言いながら舌を出して誤魔化した。
呆れて頭を抱えるアエラウェ達と、混乱しているイクス達とで、もう何が何だか訳がわからなくなっていたルルナの腹だけが、また「くぅぅ」と鳴った。
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