お薬いかがですか?

ほる

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第一章

60. 会員ナンバー.136、星になる〈かもしれない〉

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  陶器のように滑らかな白い頬にそっと形の良い手を当てて、アエラウェは悩まし気に、その形の良い唇を開いた。

「トートの恋の行方も気になるところだけれど」
「いや、ちげーから!!」
「あらぁ。恥ずかしがらなくてもいいのよ? トート」
「だからぁ……!」

 尚も違うと口を開きかけたトートの肩を、両側から誰かが叩く。振り返れば、そこにはラルムとサルムが、にやにやと口元と目元を歪ませ立っていた。これはもう、完全に面白がっている。こうなったらどんなに否定しても無駄だと、トートは崩れ落ちるようにして地面に両手をついて叫んだ。

「くっそーう! いつもならイジられるのはギルマスの仕事なのにぃ――!!」
「おい、待て」

 そんな仕事は請け負った覚えが無い。無いのだが、何故かいつもイジリ倒される。いちいち反応してしまうバルドも悪いのだが、その事を指摘してくれる者は誰一人居なかった。

「はいはい、わかったから。マリーちゃんとルルナは帰りましょ。もう夜中近いわ」

 往生際悪く喚いているトートに向けて、掌をひらひらと舞わせてから、アエラウェは腰を屈めてマリールとルルナに視線を合わせた。マリールはまだ平気そうにしているが、ルルナは何度も眠気の波を堪えていた筈だ。孤児院では夜の九時にはベッドに入り、朝の五時には起きて水汲みをする生活なのだから。

「でも、モルガお姉ちゃんが……」

 アエラウェに穏やかな口調でそう言われると、驚きの連続で引いていた眠気が一気に押し寄せてくる。正直このままここで床に寝転びたい位の眠気を我慢して、ルルナは尚もモルガの事を気に掛けていた。
 そんなルルナを安心させるように、アエラウェがカラリと笑う。

「うちのギルマスに任せておけば大丈夫よぉ。ちょっとどんくさいけど」
「確かにどんくさいねぇ……」

 アエラウェの言葉に、エドナも神妙な顔で頷いた。でかい図体で恐ろしい程の膂力を持って敵を圧倒し、得意の火系魔法で全てを焼き払う。なのにやたら周りに気を遣っては何でもかんでも抱え込み、自ら身動きを取れなくしてしまう。見た目で誤解されがちだが、優し過ぎるが故に傷つきやすくて、不器用でどんくさい。エドナの知るバルドは、そういう男だ。
 と、いうつもりで頷いたのだが。バルドは唖然呆然といった顔で「どんくさい……」と繰り返し呟いている。またいらぬ心の傷を負わせてしまったようだ。

「それにギルマス、今んトコぜんっぜん活躍してないもんな~」
「そーだそーだ! 任せたギルマス!」
「お前らなぁ……」

 ラルムが頭の後ろで手を組んで唇をひん曲げる。サルムも唇を尖らせて文句を垂れた。どうやら相当疲労が溜まっているようだ。
 バルドとしてはマリールの保護が第一目的だったのだから、自分が役に立とうと立たなかろうと、問題は無い。だが、確かに全く活躍出来ていない気がする。ホビット二人の散々な言い様に甘んじて、バルドは情けなく眉尻を下げるしかない。
 マリールとルルナはアエラウェに連れ帰って貰わなくてはならないし、エドナは上にエレンを待たせっ放しだ。鏡の魔道具を処理して貰う為に着いて来てもらったフレスカも、もう解放してやらねばならないだろう。

「……仕方ない。トート、二人で行くか」
「――うん。わかった」
「待て」
 
 トートが頷くと同時に、声が掛かる。振り向けば、もうとっくにガルクス達を引っ立てて行ったと思っていたガウェイン達が、しっかりと話を聞いていた。どうやら、気を失ったままのガルクスの部下達をどう運ぶかで手間取っていたようだ。 
 ガルクスを縛った蔓縄の先を持ったまま、ガウェインは淡々とバルドに告げた。

「平民が貴族の屋敷に招待も無く入れば、不法侵入で檻の中に直行だ。馬鹿な事はするべきじゃない」

 子供に泣かれて檻の中に入れられる常連が、今度は貴族への反撥行為で二度と檻から出られなくなる。こればかりは、どんなに相手方が悪いと判っていても庇い立てする事が出来ない。

「けどさ~。今行かないと、おっぱいねえちゃん助けられなくなるんだろー?」
「そうね。鏡の魔道具壊したし、遅かれ早かれ彼方側も気づくと思うわ」
「だったら早く行った方が良くね? トートいじってたから結構時間経ってるし」

 さしてモルガに興味もないラルムが頭の後ろで手を組替えみながら言えば、フレスカが頷いた。
 ガルクスが鏡の事を知らずに此方へ向かったのなら、彼方側が気づいたのは少なくともガルクスが此方へ向かった後だろう。地下道を通る事で領主館までの距離がどれほど短縮されるのか。今から向かって間に合うかどうかもわからない。
 フレスカの言葉に、ルルナは赤く大きな目を涙で潤ませて、イクスとガウェインに祈るように両手を組んで懇願した。

「お願い、騎士様! モルガお姉ちゃんを助けて……!!」
「……っしかし、」

 イクスは幼いルルナの涙にぐっと喉を詰まらせる。ガウェインも眉間に皺を寄せて目を細めたが、一瞬の躊躇いの後に、無情にもルルナの願いを拒絶する言葉を口にした。

「……手順を踏むのが規則だ」
「そんな……」

 やはりルルナのような孤児の言葉は、誰にも聞いてもらえないのだ。あんなに優しくしてくれたモルガと、もう二度と会えなくなるかもしれない。冷たい騎士達の言葉に、ルルナは絶望してよろりと後退る。今にも倒れ込みそうなルルナの肩を、フレスカがそっと後ろから支えてくれた。

「平民の命を守る気は無いって事ね。ちょっと見直してたのに、やっぱりお貴族様ね」
「……法は、守らなければならん」
「その法が、平民を守る法じゃないって言ってるの」

 尚も「法が」と口にするガウェインの言葉に、フレスカは蔑視の眼差しを彼等に向けた。その視線を正面から受け止めて、ガウェインはフレスカに対峙する。ちらりと周りを見渡せば、いつの間にかエドナやホビット達の視線も厳しいものへと変わっていた。
 貴族側の騎士達と平民のフレスカ達。二つの階級の間で常に燻っている蟠りが増していくのを皆が感じ取った時。張り詰めた空気を、惚けた声がホロリと解す。

「招待なら、されてますよ?」
『……は?』

 マリール以外の間の抜けた声が、この場に居る人数分揃う。一体この子供は何を言い出すのか。ささくれた皆の意識を自分に向ける事に成功して、マリールはにんまりと笑った。

「その領主さんのお家に、今から――えーと、ガルクスさん? に連れて行ってもらうところでした。いやぁ~。落とし穴から招待するなんて、ゴルデア国の貴族って斬新ですね~?」

 嫌味をたっぷり含めて、マリールはガルクスに向けて小首を傾げる。だが言われた当のガルクスは、意味が分からないのか呆けた顔でマリールを見ていた。ガルクスと共に呆けた顔をしていたイクスも直ぐに正気を取り戻すと、信じられないと声を荒げる。

「な!? 何を馬鹿な事を……! 現に落とし穴に落とされ攫われかけていたのだぞ!?」
「攫われてませんもーん。被害届出してませんもーん」
「んな!?」

 唇を尖らせ、つん、とそっぽを向くマリールに、イクスは開いた口が塞がらない。この子供は運良く助かったというのに、再び危険に飛び込もうと言うのだ。それもまた、無理矢理な屁理屈を捏ねて。

「……まあ、確かに届は出してない、な」

 バルドは顎を摩りながら、届け出をしていなかった事を思い出す。ハウノの件で全ての警備兵や騎士が信用できるか確信を持てなかったというのもあるが、マリールが攫われてしまったと思い当って直ぐ、届け出る前に身体が動いてしまったのだ。

「あれ? そうなの?」

 トートとラルムがバルド達と合流した時には既に騎士が二人も居たものだから、トートも既に捜索願いを出したものと思っていたのだ。そのトートの拍子抜けした声に、エドナが頷く。モルガの店の前でアエラウェ達が攫われたかもしれないとは伝えたが、事実攫われかけていたのだが、捜索願いは正式には出していない。

「……てっきり攫われたと思ったんだけどねぇ。いやぁ。騒がせてすまないねぇ、騎士様」

 マリールの屁理屈に乗ることにしたエドナは、さも申し訳なさそうに、間違いであったと訂正した。

「あらぁ。じゃあ私も招待されてるから、行かなきゃじゃないの。――っんもう。仕方ないわねぇ」
「アエラウェ様まで……!!」

 軽く溜息をついてから自分も行くと言い出すアエラウェに、イクスは目を見開いた。先程までは行く気も無さそうだったのに、マリールの一声で流れが変わってしまった。
 何とか止めなければと焦るイクスの耳に、ガルクスの不快な笑い声が聞こえる。

「――くっくくくっ。なるほど。なるほどなぁ!」

 マリールの意図している事が漸く理解出来たのか、先程まで呆けていたガルクスが愉快そうに嗤う。
 この子供はどうやらモルガを助ける為に、自ら領主館へと出向く気らしい。この場を切り抜け領主から指示された子供とエルフを連れて行けば、イクス達の事はどうとでもなる。領主館には領主の個人騎士団が揃っているし、何よりこの二人の買い手は上貴族なのだから。それに強盗や人攫いも領主の命令だと、貴族裁判でガルクスに告発されたくはないだろう。きっと自分だけは何がなんでも助けてもらえるものと、ガルクスは信じ切っていた。
 
「そう言う訳だ。枷を解いてもらおうか?」
「……」

 己に利があると思ったのか、途端にガルクスは尊大な態度で顎をしゃくり、自分を拘束する縄を持つガウェインに命じた。調子に乗ったイクスと女共もだが、特に大事な髪を毟られたのは許し難い。どう仕返ししてくれようかと、既に頭の中はガウェインを甚振る事で一杯だ。清廉潔白な騎士であると言わんばかりに何時も澄ましている顔が、己が与える痛みや絶望によって歪む様を想像するだけで、ガルクスは得も言えぬ興奮を覚えた。
 だが、直ぐにその目論見は霧散する。

「……では、私も同行しましょう」

 虚を衝かれたガルクスは、目を見開いてイクスを見る。するとそこにはアエラウェに鼻の下を伸ばし、マリールの屁理屈に振り回されていた男とは思えない程、意思の強い瞳でまっすぐにガルクスを見据える男がいた。

「いくらガルクス様の迎えがあるとは言え、誘拐されたと周囲が誤解を招く招待の仕方をする場所へ、幼い子供とか弱き女性だけで訪れるのは心許ない」
「イクス……」
「私も一応は貴族の出ですから、事情を話せば招待されていなくとも無碍に追い返されることはされないでしょう」

 眉根を寄せるアエラウェに、イクスは安心させるように微笑んで見せる。アエラウェの内心は置いておいて、傍から見れば見つめ合う二人の姿は、まるで物語に出てくる妖精の女王を守る騎士の様だ。ルルナとマリールは、ほぅ と、うっとりと溜息を零した。

 一方、バルドとホビット達は眉間に皺を寄せて首を捻る。

「か弱き……?」
「女性……?」
「え、誰の事?」
「いるか……?」
「失礼だね。アタシらは女性に入ってないってのかい!」

 そうは言っても、マリールでもないし、ルルナでもないだろう。フレスカの見た目は奇抜だし、エドナは肝っ玉も腕っぷしも太い。アエラウェはあんな見た目だが男だ。イクスの言うか弱き女性とやらは、バルド達にはとんと思い当らなかった。

「あの騎士様までくっついて来たら自由に動けないじゃないの。殺る?」
「……今はやめときな、フレスカ」

 暗器を取り出そうと髪に手を入れるフレスカの腕を、エドナが掴んで首を振る。確かにイクスまで付いて来たら邪魔に違いないが、アエラウェの為に命を張ってくれる信用だけはある。いざと言う時は囮も喜んでしてくれそうだ。

「会員ナンバー.136の命、無駄にはしないよ……」

 エドナの中ではイクスは既に殉ずるものと決まっているようだ。これから星になるであろうイクスに、エドナは慈愛を籠めた眼差しを向けた。
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