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呪われた畑
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昔々、とある森に魔法使いとその弟子が暮らしておりました。
そんじょそこらの魔法使いではございません。世界屈指の魔法使いにして、剣と魔法の国・オズテリアの魔搭主として魔法使い達の頂点に君臨していた本物の実力者です。
そんな華々しい経歴の持ち主が、なぜ人里離れた山小屋に住んでいるのか。
冤罪や無能と誤解されての追放といった、よくある展開ではございません。
単に激務に嫌気がさして「田舎でスローライフするぅ!」と、辞表叩きつけて飛び出したのです。
一文で説明できてしまう驚くほど浅い理由ですが、二週間どころか二十年間も、
「引退したい」「若い者に後を任せたい」「後任を探してくれ」
……と、辞職の意思を表明し続けたラファエロに
「いやいや、魔法のおかげで肉体は若いでしょ。経験豊富だし、あなたの他に筆頭魔法使いに相応しい人なんていませんよ」と、周囲はまともに取り合いませんでした。
自分で望んだならともかく、他人に生涯現役を強制されるなんてたまったものではありません。
*
見た目は青年、中身は老人。
とうに還暦を過ぎたラファエロですが、外見年齢は二十歳前後の若者です。
しかも無駄に美形。
一日の大半を職場で過ごし、食事は基本テイクアウト、深夜に帰宅した日には風呂キャンセルして魔法で汚れを落とすという、独身勤め人あるあるな生活を何十年と送っているにも関わらず、肌も髪も艶々です。
漆黒の髪とトパーズのような瞳はまるで夜の闇と月のようだと褒め称えられますが、ちっとも嬉しくありません。
何故なら彼はモテたくて若々しい姿を保っているわけではないからです。
むしろ色恋に関しては、昔から大の苦手でした。
――大魔法使いは、そっちの意味でも大魔法使いなのです。
ちなみに周囲はラファエロの外見から、若い頃から遊びまくっていて、今更結婚に価値を見いだせないのだろうと勝手に解釈してるので、訂正せずに乗っかっています。
実際は独身貴族を謳歌どころか、気がついたら独居老人になっていただけです。
人の身でありながら無尽蔵の魔力を持つラファエロは、成長するにつれ魔力過多傾向になっていきました。
放置すれば面倒なことになるので、魔力を消費すべく肉体を自動回復する術を常時発動しています。
術の効果で生物としての全盛期を保とうとした結果、擬似的な不老状態になっているだけで、本人の意識は年齢相応。
彼自身はアンチエイジングなんて、単語すら知らないお爺ちゃんなのです。
*
「ここに来る前はのぅ。面会希望者が午前八十人、午後百人とか明らかにおかしな数字だったものじゃ」
「師匠。確認しようのない過去の自慢話をされても『へぇ』としか言えません」
「弟子が冷たいっ。わし、師匠ぞ。とっても凄い魔法使いなんじゃぞ!」
「はいはい。退職前に比べると、今は多くても一日二人くらいですから、むしろ暇を持て余しているのでは?」
「今の方がずっといいわい。前の職場なんか『なんか忘れてる気がする……』と頭の片隅で思いながら働いて、退勤後に『あ。わし、喉が渇いてたんじゃった!』と気付くレベルの忙しさじゃったんだぞ。好きな時にお茶を飲みながら、のんびりお前さんに稽古つける今の生活は天国じゃ~」
「お願いですから、まだ旅立たないでくださいね」
ミカエルは俯いたままラファエロをあしらいました。
紫水晶のような瞳は手元の本に釘付けで、敬愛する師匠には銀髪のつむじを向けたままです。
「生返事止めい! 人と話すときは目を見て話しなさい、と言っとるじゃろ!」
師匠に叱られ、ようやくミカエルは顔を上げました。
妖精が仲間だと勘違いしそうな愛らしい顔立ちですが、今は鬱陶しそうな表情なので台無しです。
「なにを熱心に読んどるのかと思えば、農業の指南書? 昨日持ってた法律の本はどうしたんじゃ?」
「オズテリア皇室典範ですね。とっくに読み終わりました」
「嘘じゃろ! 枕にできそうな分厚さじゃったぞ!」
「たかだか二千頁ですよ。以前読んでいた法令集は六千頁だったので、半日あれば余裕です」
どちらにせよ九歳になったばかりの少年が読むものではありませんが、それを指摘するような常識人はこの場にはいませんでした。
「ところで昨夜、酔っ払って前職の愚痴を零していましたが、【特別刑法第二十四条 王室にまつわる守秘義務】に触れるので注意してくださいね」
「ほわ!?」
「業務上知り得た王族の個人情報ならびに王室の情報を外部に漏らしたら、執行猶予なしの懲役刑です。師匠の場合は実刑という名目で、強制的に魔搭に連れ戻されますよ」
「でででももう十年以上前の話じゃぞ。時効じゃ時効!」
「特別刑法に時効は存在しません。守秘義務の契約署にサインしていなくても、業務に携わった時点で自動的に対象になり生涯有効となります」
「知らんかった……」
「知らなかったでは通じないのが法律です。家の中でも気を抜くなとは言いませんが、外でうっかり口を滑らせないように注意してくださいね」
「……うむ」
このままでは面目丸潰れだと思ったラファエロは、おほんと咳払いすると話題を変えました。
「勉強熱心なのは感心じゃが、魔法使いの弟子なんじゃから、せめて魔導書を読みなさいよ」
「魔導書なんて、そこらの魔法使いが持論を書いただけの代物じゃないですか。そんなものよりも師匠の講義の方が何百倍も価値があります」
「そ、そう?」
「最高の先生に師事しているのですから、他の魔法使いから学ぶことはありません」
「しかたないのぅ」
ラファエロが満更でもなさそうな表情になったのを確認すると、ミカエルは読書を再開しました。
*
ラファエロのように強い力を持つ者は、往々にして身に余る力に振り回されたり、人間関係に苦労するものですが、彼はそんなトラブルとは無縁に育ちました。
ドラゴンが生まれつき己の力を使いこなすように、ラファエロも幼い頃から誰に習うこともなく自分の力をコントロールしておりました。
そして善良な木こりだった両親は「うちの子天才!」と鳶が鷹を生んだと素直に喜んだのです。
おかげで超越した力を持ちながら、すくすくと育ったラファエロは、魔搭主というていのいい肩書きで社畜になったり、七十歳も年下の弟子に簡単に転がされてしまう、素直なお人好し爺さんになったのでした。
そんじょそこらの魔法使いではございません。世界屈指の魔法使いにして、剣と魔法の国・オズテリアの魔搭主として魔法使い達の頂点に君臨していた本物の実力者です。
そんな華々しい経歴の持ち主が、なぜ人里離れた山小屋に住んでいるのか。
冤罪や無能と誤解されての追放といった、よくある展開ではございません。
単に激務に嫌気がさして「田舎でスローライフするぅ!」と、辞表叩きつけて飛び出したのです。
一文で説明できてしまう驚くほど浅い理由ですが、二週間どころか二十年間も、
「引退したい」「若い者に後を任せたい」「後任を探してくれ」
……と、辞職の意思を表明し続けたラファエロに
「いやいや、魔法のおかげで肉体は若いでしょ。経験豊富だし、あなたの他に筆頭魔法使いに相応しい人なんていませんよ」と、周囲はまともに取り合いませんでした。
自分で望んだならともかく、他人に生涯現役を強制されるなんてたまったものではありません。
*
見た目は青年、中身は老人。
とうに還暦を過ぎたラファエロですが、外見年齢は二十歳前後の若者です。
しかも無駄に美形。
一日の大半を職場で過ごし、食事は基本テイクアウト、深夜に帰宅した日には風呂キャンセルして魔法で汚れを落とすという、独身勤め人あるあるな生活を何十年と送っているにも関わらず、肌も髪も艶々です。
漆黒の髪とトパーズのような瞳はまるで夜の闇と月のようだと褒め称えられますが、ちっとも嬉しくありません。
何故なら彼はモテたくて若々しい姿を保っているわけではないからです。
むしろ色恋に関しては、昔から大の苦手でした。
――大魔法使いは、そっちの意味でも大魔法使いなのです。
ちなみに周囲はラファエロの外見から、若い頃から遊びまくっていて、今更結婚に価値を見いだせないのだろうと勝手に解釈してるので、訂正せずに乗っかっています。
実際は独身貴族を謳歌どころか、気がついたら独居老人になっていただけです。
人の身でありながら無尽蔵の魔力を持つラファエロは、成長するにつれ魔力過多傾向になっていきました。
放置すれば面倒なことになるので、魔力を消費すべく肉体を自動回復する術を常時発動しています。
術の効果で生物としての全盛期を保とうとした結果、擬似的な不老状態になっているだけで、本人の意識は年齢相応。
彼自身はアンチエイジングなんて、単語すら知らないお爺ちゃんなのです。
*
「ここに来る前はのぅ。面会希望者が午前八十人、午後百人とか明らかにおかしな数字だったものじゃ」
「師匠。確認しようのない過去の自慢話をされても『へぇ』としか言えません」
「弟子が冷たいっ。わし、師匠ぞ。とっても凄い魔法使いなんじゃぞ!」
「はいはい。退職前に比べると、今は多くても一日二人くらいですから、むしろ暇を持て余しているのでは?」
「今の方がずっといいわい。前の職場なんか『なんか忘れてる気がする……』と頭の片隅で思いながら働いて、退勤後に『あ。わし、喉が渇いてたんじゃった!』と気付くレベルの忙しさじゃったんだぞ。好きな時にお茶を飲みながら、のんびりお前さんに稽古つける今の生活は天国じゃ~」
「お願いですから、まだ旅立たないでくださいね」
ミカエルは俯いたままラファエロをあしらいました。
紫水晶のような瞳は手元の本に釘付けで、敬愛する師匠には銀髪のつむじを向けたままです。
「生返事止めい! 人と話すときは目を見て話しなさい、と言っとるじゃろ!」
師匠に叱られ、ようやくミカエルは顔を上げました。
妖精が仲間だと勘違いしそうな愛らしい顔立ちですが、今は鬱陶しそうな表情なので台無しです。
「なにを熱心に読んどるのかと思えば、農業の指南書? 昨日持ってた法律の本はどうしたんじゃ?」
「オズテリア皇室典範ですね。とっくに読み終わりました」
「嘘じゃろ! 枕にできそうな分厚さじゃったぞ!」
「たかだか二千頁ですよ。以前読んでいた法令集は六千頁だったので、半日あれば余裕です」
どちらにせよ九歳になったばかりの少年が読むものではありませんが、それを指摘するような常識人はこの場にはいませんでした。
「ところで昨夜、酔っ払って前職の愚痴を零していましたが、【特別刑法第二十四条 王室にまつわる守秘義務】に触れるので注意してくださいね」
「ほわ!?」
「業務上知り得た王族の個人情報ならびに王室の情報を外部に漏らしたら、執行猶予なしの懲役刑です。師匠の場合は実刑という名目で、強制的に魔搭に連れ戻されますよ」
「でででももう十年以上前の話じゃぞ。時効じゃ時効!」
「特別刑法に時効は存在しません。守秘義務の契約署にサインしていなくても、業務に携わった時点で自動的に対象になり生涯有効となります」
「知らんかった……」
「知らなかったでは通じないのが法律です。家の中でも気を抜くなとは言いませんが、外でうっかり口を滑らせないように注意してくださいね」
「……うむ」
このままでは面目丸潰れだと思ったラファエロは、おほんと咳払いすると話題を変えました。
「勉強熱心なのは感心じゃが、魔法使いの弟子なんじゃから、せめて魔導書を読みなさいよ」
「魔導書なんて、そこらの魔法使いが持論を書いただけの代物じゃないですか。そんなものよりも師匠の講義の方が何百倍も価値があります」
「そ、そう?」
「最高の先生に師事しているのですから、他の魔法使いから学ぶことはありません」
「しかたないのぅ」
ラファエロが満更でもなさそうな表情になったのを確認すると、ミカエルは読書を再開しました。
*
ラファエロのように強い力を持つ者は、往々にして身に余る力に振り回されたり、人間関係に苦労するものですが、彼はそんなトラブルとは無縁に育ちました。
ドラゴンが生まれつき己の力を使いこなすように、ラファエロも幼い頃から誰に習うこともなく自分の力をコントロールしておりました。
そして善良な木こりだった両親は「うちの子天才!」と鳶が鷹を生んだと素直に喜んだのです。
おかげで超越した力を持ちながら、すくすくと育ったラファエロは、魔搭主というていのいい肩書きで社畜になったり、七十歳も年下の弟子に簡単に転がされてしまう、素直なお人好し爺さんになったのでした。
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