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呪われた畑
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その日の午後、ミカエルは薬草畑の手入れをしていました。
魔法薬の材料になる草花ですが、ラファエロに任せると枯らしてしまうか芽が出ないかの二択になるので、専らミカエルが世話をしています。
水やりを終えた少年が玄関に向かうと、そこには二人の男性の姿がありました。
「やあ、ミカエル。ラファエロ様はご在宅かい?」
こざっぱりした短髪に黒縁眼鏡が特徴的な青年は、ミカエルと目が合うと軽く手を上げて挨拶しました。焦げ茶色の髪と常磐色の瞳はまるで森のようで、温和な雰囲気と相まって包容力が半端ありません。
「ジョンさん。こんにちは。師匠はいつも通り暇してますよ。刺激がない毎日のせいで、ボケやしないかと心配です」
少年のあけすけな物言いに、麓で貸本屋を営むジョンは苦笑いしました。
「そりゃよかった、と言っていいのかな。今日はお客さんを連れてきたんだ。あとこれはいつものやつ」
ジョンは小脇に抱えていた紙袋をミカエルに渡しました。中身は弟のお下がりの服です。
この小屋に住む師弟は容姿に恵まれていますが、二人とも衣服というかお洒落に頓着しないので、放っておくとすり切れるまで同じ服を着ています。
見かねたジョンは、もう弟たちが着なくなった服をたびたび持ってくるようになりました。
「ようやく暖かくなってきたと思ったら、季節が逆行したような日が続いているからな。ここは森の中だし、雨の日や夜はかなり冷えるだろう」
暦では初夏ですが、まだ寝るときには毛布が手放せません。
この辺りの土地はよく言えば一年を通して涼しく、悪く言えば肌寒いのです。
特に師弟が住む小屋は、やや標高が高い場所にあるうえに、立派な木々に囲まれているので一層体感気温が低いのでした。
眼鏡の位置を直しながら、ジョンは世間話の定番である天候の話をしました。
古着の差し入れは以前から定期的に行っていましたが、これからする頼み事への報酬の意もあります。
ジョン自身の困りごとではありませんが、紹介者として手ぶらというのは気がひけたのです。
「いつもありがとうございます。一緒にいる方は、はじめましてですよね。どなたですか?」
ジョンと連れ立った男を、ミカエルは見上げました。
この辺りでは見かけない垢抜けた雰囲気の男性です。
ミカエルは、顔ではなく首と手――年齢が出やすい部位に視線を走らせました。
そしてジョンと同年代だと判断しました。
「ああ、パウロは俺の幼馴染みなんだ。村を出て隣町で働いていたんだが、二年前に戻ってきたんだよ。村はずれで農業を営んでいるから、会う機会が無かったんだろうな」
「ふうん。ジョンさんのお友達なら安心ですね」
「付き合いが復活したのは最近だけど、いいやつだよ」
ジョンの実家は、子沢山の大家族です。
祖母が健在だったころは、母が妊娠する度に子供たちを祖父の家へ預けていました。
パウロと出会ったのもその時でした。小さな集落なので子供も少なく、祖父のところに滞在するたびに農家の一人息子だったパウロと連日遊んでいました。
祖母が他界した頃には、長男だったジョンが弟たちの面倒をみれる年齢になっていたので預けられることもなくなり、パウロとの交流も自然と途絶えました。
数年後にジョンが貸本屋を継ぐために村にやってきた時には、パウロは既に家を出た後でした。
「そうですか。では、パウロさん。ひとつ忠告しておきます」
真剣な顔で告げられて、気圧されたパウロの喉が上下しました。
「師匠と話すときは言葉に気をつけてください」
「あ、ああ。もちろんだとも」
パウロは助けを請う立場です。
元より礼を欠くつもりはありませんでしたが、念押しされるということは、扉の奥にいる大魔法使いは相当気難しい人物に違いありません。
*
高名な魔法使いであるラファエロの元には、噂を聞きつけた人が相談や依頼をしにきます。
本日の客人である、パウロもその一人です。
かの有名な大魔法使いが近所に住んでいると聞いていたものの、実際に会うのは初めてでした。
こぢんまりとした山小屋の中には、素朴な空間に不釣り合いな美麗な男がロッキングチェアに腰掛けていました。
ラファエロと目が合った瞬間、パウロは神聖な生き物と相対したような迫力を感じました。
「パウロさん。家に入る前に、ぼくが言ったことを覚えていますか?」
師の側に立つミカエルに、パウロは神妙に頷きました。
「見ての通り、うちの師匠は全力で若作りをしていますが、中身は棺桶に腰掛けたご老体です。語彙が半世紀前から更新されていないので、今時の言葉が通じません。話していて『あ、わかってないな』と思ったら、表現を変えて言い直してください」
「そっち!?!?」
魔法薬の材料になる草花ですが、ラファエロに任せると枯らしてしまうか芽が出ないかの二択になるので、専らミカエルが世話をしています。
水やりを終えた少年が玄関に向かうと、そこには二人の男性の姿がありました。
「やあ、ミカエル。ラファエロ様はご在宅かい?」
こざっぱりした短髪に黒縁眼鏡が特徴的な青年は、ミカエルと目が合うと軽く手を上げて挨拶しました。焦げ茶色の髪と常磐色の瞳はまるで森のようで、温和な雰囲気と相まって包容力が半端ありません。
「ジョンさん。こんにちは。師匠はいつも通り暇してますよ。刺激がない毎日のせいで、ボケやしないかと心配です」
少年のあけすけな物言いに、麓で貸本屋を営むジョンは苦笑いしました。
「そりゃよかった、と言っていいのかな。今日はお客さんを連れてきたんだ。あとこれはいつものやつ」
ジョンは小脇に抱えていた紙袋をミカエルに渡しました。中身は弟のお下がりの服です。
この小屋に住む師弟は容姿に恵まれていますが、二人とも衣服というかお洒落に頓着しないので、放っておくとすり切れるまで同じ服を着ています。
見かねたジョンは、もう弟たちが着なくなった服をたびたび持ってくるようになりました。
「ようやく暖かくなってきたと思ったら、季節が逆行したような日が続いているからな。ここは森の中だし、雨の日や夜はかなり冷えるだろう」
暦では初夏ですが、まだ寝るときには毛布が手放せません。
この辺りの土地はよく言えば一年を通して涼しく、悪く言えば肌寒いのです。
特に師弟が住む小屋は、やや標高が高い場所にあるうえに、立派な木々に囲まれているので一層体感気温が低いのでした。
眼鏡の位置を直しながら、ジョンは世間話の定番である天候の話をしました。
古着の差し入れは以前から定期的に行っていましたが、これからする頼み事への報酬の意もあります。
ジョン自身の困りごとではありませんが、紹介者として手ぶらというのは気がひけたのです。
「いつもありがとうございます。一緒にいる方は、はじめましてですよね。どなたですか?」
ジョンと連れ立った男を、ミカエルは見上げました。
この辺りでは見かけない垢抜けた雰囲気の男性です。
ミカエルは、顔ではなく首と手――年齢が出やすい部位に視線を走らせました。
そしてジョンと同年代だと判断しました。
「ああ、パウロは俺の幼馴染みなんだ。村を出て隣町で働いていたんだが、二年前に戻ってきたんだよ。村はずれで農業を営んでいるから、会う機会が無かったんだろうな」
「ふうん。ジョンさんのお友達なら安心ですね」
「付き合いが復活したのは最近だけど、いいやつだよ」
ジョンの実家は、子沢山の大家族です。
祖母が健在だったころは、母が妊娠する度に子供たちを祖父の家へ預けていました。
パウロと出会ったのもその時でした。小さな集落なので子供も少なく、祖父のところに滞在するたびに農家の一人息子だったパウロと連日遊んでいました。
祖母が他界した頃には、長男だったジョンが弟たちの面倒をみれる年齢になっていたので預けられることもなくなり、パウロとの交流も自然と途絶えました。
数年後にジョンが貸本屋を継ぐために村にやってきた時には、パウロは既に家を出た後でした。
「そうですか。では、パウロさん。ひとつ忠告しておきます」
真剣な顔で告げられて、気圧されたパウロの喉が上下しました。
「師匠と話すときは言葉に気をつけてください」
「あ、ああ。もちろんだとも」
パウロは助けを請う立場です。
元より礼を欠くつもりはありませんでしたが、念押しされるということは、扉の奥にいる大魔法使いは相当気難しい人物に違いありません。
*
高名な魔法使いであるラファエロの元には、噂を聞きつけた人が相談や依頼をしにきます。
本日の客人である、パウロもその一人です。
かの有名な大魔法使いが近所に住んでいると聞いていたものの、実際に会うのは初めてでした。
こぢんまりとした山小屋の中には、素朴な空間に不釣り合いな美麗な男がロッキングチェアに腰掛けていました。
ラファエロと目が合った瞬間、パウロは神聖な生き物と相対したような迫力を感じました。
「パウロさん。家に入る前に、ぼくが言ったことを覚えていますか?」
師の側に立つミカエルに、パウロは神妙に頷きました。
「見ての通り、うちの師匠は全力で若作りをしていますが、中身は棺桶に腰掛けたご老体です。語彙が半世紀前から更新されていないので、今時の言葉が通じません。話していて『あ、わかってないな』と思ったら、表現を変えて言い直してください」
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