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呪われた畑
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無表情で頷くミカエルの隣で、ラファエロは鑑定魔法を発動しました。
「――これはまた。見事なまでに畑部分だけ状態異常を起こしておるのう」
四人が立っている畦道は何の問題もない土なのに、外溝の内側――作物が植えられている区画だけおかしなことになっています。
等間隔で作られた畝からは、パウロの几帳面さが窺えます。それなのに、異様に雑草が多く、異臭が充満し、育てている作物は葉が変色して枯れかけています。
「魔法を使うまでも無く、ひと目で異様だとわかりますね。――お隣は異常なし。道中も似たような状態の土地はありませんでしたし、パウロさんの畑だけに起きている現象のようです」
「ウチだけとなると人為的なものですか? 原因は? どうしたら元通りになりますか?」
「ここまできっちり線引きされているとなると、自然にという可能性は低いでしょう」
「やっぱり!」
パウロの反応に三人は訝しげな顔つきになりました。
「作為的な異常を疑っているようですが、心当たりがあるんですか?」
「いえ。……でも、仕方ないかなとは思っています」
ミカエルの問いに対して、パウロはなんとも曖昧な答えを返しました。
「どういうことじゃ?」
「……地元を捨てた奴がしれっと出戻ってきて、順調に農業してたら反感を買うこともあるかなと」
少々卑屈な考えですが、地元民であるジョンも含めて、誰も否定できる根拠を持っていませんでした。
「ふむ。原状回復じゃが、通常の浄化魔法だと必要な微生物まで殺してしまうのう。異臭と雑草は消えるが、作物も育たなくなってしまうからの」
犯人や動機については触れず、ラファエロは問題解決にのみ的を絞りました。
「それじゃ、うちの畑はもう……」
「諦める必要はない。要は加減じゃ。感知魔法を使って、必要以上に浄化しなければ良いんじゃよ」
ラファエロの言葉にジョンは眉をひそめました。
彼の言うことはわかります。わかりますが、魔法使いではないジョンですらかなり高度なことを要求しているというのも同時にわかります。
「ええと、それって二種類の魔法を同時発動させつつ、失敗が許されない状況で繊細なコントロールをするってことですよね」
「そうじゃ」
はたして九歳のミカエルに可能なのかと仄めかしましたが、残念ながらラファエロには通じませんでした。
「ミカエル。ラファエロ様は、ああ言っているができそうか?」
「師匠の無茶振りはいつものことです」
「安心せい。ちゃーんと考えとるわい。おぬし等も錬金術の基礎である『質量保存の法則』は知っとるじゃろ?」
閉鎖された空間で起きた事象は、物質の状態変化だけで移動が無いために総量が変わらないという有名な説です。
基礎中の基礎なので、錬金術を学んでいなくても、教養の範疇として広く知られています。
「畑のある空間を結界で覆う――物体の出入りができないよう巨大なフラスコを作るイメージじゃな。失敗したら時間を戻せば、何度でもやり直し可能じゃ。成功するまで続ければ良いんじゃよ」
「「「……」」」
笑顔で無限リテイクを提唱するラファエロに、残る三人は無表情になりました。
「この前、読んだ教育書に書いてあったんじゃが、子どものことを信じて、やり遂げるまで根気よく付き合うことが肝要らしい。達成感は自信につながり、失敗しても見捨てられないという経験が自己肯定感を高めるんじゃと」
「「「……」」」
「疲れても回復魔法かけてやるからの。失敗を恐れず、何度でも挑戦していいんじゃよ」
天然で鬼畜です。
「ええと、……時間を戻すなんて、なにかしらの禁忌に触れそうなんですが」
「お、おれは畑が元に戻れば十分なので、そんなに大それた方法じゃなくても大丈夫ですよ」
「次元を断絶した閉鎖空間で行うから、現実では違法でも問題なしじゃ~」
なんということでしょう。完全なる不法行為でした。
ラファエロは問題視していないようですが、犯罪行為の口実にされるパウロからすればたまったものではありません。
(ついてきて良かったー!)
ジョンは内心で絶叫しました。流石にお節介がすぎるかもと、悩んだ末に同行しましたが、その判断は正解でした。
ジョンがどうやってラファエロを説得するか悩んでいると、ミカエルが挙手しました。
「すみません。挑戦する前に、お手洗いに行ってきていいですか?」
パウロが自宅のトイレに案内しようとしましたが、ミカエルは拒否しました。
「お隣に借りに行ってきます」
「わざわざ他所に行かなくても、うちのを使えばいいじゃないか」
「パウロさんのところだと、堆肥の原料にされそうなので嫌です」
「これ。失礼じゃろうが」
ラファエロが叱りましたが、ミカエルは悪びれもせず隣家に向かって駆け出してしまいました。
*
「それにしても家畜の臭いが凄いのう」
道中で何件か家畜を飼っている家がありましたが、パウロの家周辺は殊更臭いが強い気がします。
敷地の前を通り過ぎただけなのと、ど真ん中に立つのとの違いでしょうか。堆肥を使っているからか、畑の異臭も同類に感じます。
「たぶん排泄物を処理すれば、そこまで強くならないんでしょうが、うちは堆肥を作っているからでしょう」
「ううむ。子どもの頃から嗅ぎ慣れていたら、気にならんのかのう」
ラファエロはつい顔を顰めてしましましたが、パウロは平気そうです。
「両親は購入した肥料を使っていたので、堆肥を作りだしたのはごく最近の話です。まあ、おれは元々家畜の臭いは苦手じゃないので」
「こっちに戻ってきてすぐに取りかかっていたけど、堆肥ってそんなに簡単にできるものなのか?」
ジョンの質問に、パウロは頷きました。
「今は発酵石があるからな。本来なら数ヶ月から数年かかるところが、本に書かれていた手順通りに作れば二週間で完成するんだ」
「そりゃすごいな」
発酵石は近代錬金術が生み出した代表的な発明品です。
東にある発酵食品大好き島国出身の錬金術師が、故郷の調味料を留学先で再現しようとして作り出したと言われています。郷愁――いえ、食への執念は、時に歴史的な偉業をもたらすのです。
安価な発酵石は取り扱いが簡単で、市場へ行けば誰でも購入できます。
発酵石で作った甕に食材を入れて醸したり、今回のように砕いた石を混ぜ込んで反応を促進させるのが一般的な使用方法です。
「――これはまた。見事なまでに畑部分だけ状態異常を起こしておるのう」
四人が立っている畦道は何の問題もない土なのに、外溝の内側――作物が植えられている区画だけおかしなことになっています。
等間隔で作られた畝からは、パウロの几帳面さが窺えます。それなのに、異様に雑草が多く、異臭が充満し、育てている作物は葉が変色して枯れかけています。
「魔法を使うまでも無く、ひと目で異様だとわかりますね。――お隣は異常なし。道中も似たような状態の土地はありませんでしたし、パウロさんの畑だけに起きている現象のようです」
「ウチだけとなると人為的なものですか? 原因は? どうしたら元通りになりますか?」
「ここまできっちり線引きされているとなると、自然にという可能性は低いでしょう」
「やっぱり!」
パウロの反応に三人は訝しげな顔つきになりました。
「作為的な異常を疑っているようですが、心当たりがあるんですか?」
「いえ。……でも、仕方ないかなとは思っています」
ミカエルの問いに対して、パウロはなんとも曖昧な答えを返しました。
「どういうことじゃ?」
「……地元を捨てた奴がしれっと出戻ってきて、順調に農業してたら反感を買うこともあるかなと」
少々卑屈な考えですが、地元民であるジョンも含めて、誰も否定できる根拠を持っていませんでした。
「ふむ。原状回復じゃが、通常の浄化魔法だと必要な微生物まで殺してしまうのう。異臭と雑草は消えるが、作物も育たなくなってしまうからの」
犯人や動機については触れず、ラファエロは問題解決にのみ的を絞りました。
「それじゃ、うちの畑はもう……」
「諦める必要はない。要は加減じゃ。感知魔法を使って、必要以上に浄化しなければ良いんじゃよ」
ラファエロの言葉にジョンは眉をひそめました。
彼の言うことはわかります。わかりますが、魔法使いではないジョンですらかなり高度なことを要求しているというのも同時にわかります。
「ええと、それって二種類の魔法を同時発動させつつ、失敗が許されない状況で繊細なコントロールをするってことですよね」
「そうじゃ」
はたして九歳のミカエルに可能なのかと仄めかしましたが、残念ながらラファエロには通じませんでした。
「ミカエル。ラファエロ様は、ああ言っているができそうか?」
「師匠の無茶振りはいつものことです」
「安心せい。ちゃーんと考えとるわい。おぬし等も錬金術の基礎である『質量保存の法則』は知っとるじゃろ?」
閉鎖された空間で起きた事象は、物質の状態変化だけで移動が無いために総量が変わらないという有名な説です。
基礎中の基礎なので、錬金術を学んでいなくても、教養の範疇として広く知られています。
「畑のある空間を結界で覆う――物体の出入りができないよう巨大なフラスコを作るイメージじゃな。失敗したら時間を戻せば、何度でもやり直し可能じゃ。成功するまで続ければ良いんじゃよ」
「「「……」」」
笑顔で無限リテイクを提唱するラファエロに、残る三人は無表情になりました。
「この前、読んだ教育書に書いてあったんじゃが、子どものことを信じて、やり遂げるまで根気よく付き合うことが肝要らしい。達成感は自信につながり、失敗しても見捨てられないという経験が自己肯定感を高めるんじゃと」
「「「……」」」
「疲れても回復魔法かけてやるからの。失敗を恐れず、何度でも挑戦していいんじゃよ」
天然で鬼畜です。
「ええと、……時間を戻すなんて、なにかしらの禁忌に触れそうなんですが」
「お、おれは畑が元に戻れば十分なので、そんなに大それた方法じゃなくても大丈夫ですよ」
「次元を断絶した閉鎖空間で行うから、現実では違法でも問題なしじゃ~」
なんということでしょう。完全なる不法行為でした。
ラファエロは問題視していないようですが、犯罪行為の口実にされるパウロからすればたまったものではありません。
(ついてきて良かったー!)
ジョンは内心で絶叫しました。流石にお節介がすぎるかもと、悩んだ末に同行しましたが、その判断は正解でした。
ジョンがどうやってラファエロを説得するか悩んでいると、ミカエルが挙手しました。
「すみません。挑戦する前に、お手洗いに行ってきていいですか?」
パウロが自宅のトイレに案内しようとしましたが、ミカエルは拒否しました。
「お隣に借りに行ってきます」
「わざわざ他所に行かなくても、うちのを使えばいいじゃないか」
「パウロさんのところだと、堆肥の原料にされそうなので嫌です」
「これ。失礼じゃろうが」
ラファエロが叱りましたが、ミカエルは悪びれもせず隣家に向かって駆け出してしまいました。
*
「それにしても家畜の臭いが凄いのう」
道中で何件か家畜を飼っている家がありましたが、パウロの家周辺は殊更臭いが強い気がします。
敷地の前を通り過ぎただけなのと、ど真ん中に立つのとの違いでしょうか。堆肥を使っているからか、畑の異臭も同類に感じます。
「たぶん排泄物を処理すれば、そこまで強くならないんでしょうが、うちは堆肥を作っているからでしょう」
「ううむ。子どもの頃から嗅ぎ慣れていたら、気にならんのかのう」
ラファエロはつい顔を顰めてしましましたが、パウロは平気そうです。
「両親は購入した肥料を使っていたので、堆肥を作りだしたのはごく最近の話です。まあ、おれは元々家畜の臭いは苦手じゃないので」
「こっちに戻ってきてすぐに取りかかっていたけど、堆肥ってそんなに簡単にできるものなのか?」
ジョンの質問に、パウロは頷きました。
「今は発酵石があるからな。本来なら数ヶ月から数年かかるところが、本に書かれていた手順通りに作れば二週間で完成するんだ」
「そりゃすごいな」
発酵石は近代錬金術が生み出した代表的な発明品です。
東にある発酵食品大好き島国出身の錬金術師が、故郷の調味料を留学先で再現しようとして作り出したと言われています。郷愁――いえ、食への執念は、時に歴史的な偉業をもたらすのです。
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