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毒か薬か
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「法に触れない。ルカ医師(せんせい)の治療を妨げない。それでいて薬の効果が倍増する方法があります」
「マジかよ!?」
「ふっふっふ。わしにはもうわかっとるぞ」
離れた場所で二人のやり取りを見守っていたラファエロが、したり顔で口を挟みました。
「あ。たぶん不正解です」
「答えを聞かずに判定するでない! あれじゃろ、手の甲だけ時戻しを行うんじゃろ」
どんな異常も、起きる前に戻せばどうとういうことはない理論です。
「師匠。ぼくの話を聞いてましたか? 時間遡行とか、それこそ法的制裁を受ける違法行為じゃないですか」
「ひぃっ。絶対にやるなよ! この程度の痒みで、犯罪の片棒かつぐなんて冗談じゃねぇ!」
腫れと痒みで押しかけてきた大人とは思えない発言ですが、世の中そんなものです。
ラファエロの回答は見当外れにもほどがありましたが、店主を大人しくさせるという点では役に立ちました。
「ヒントは○○○法です」
「わかった。鎮静魔法じゃな!」
毒や幻覚など、敵の攻撃で錯乱状態に陥った時に使われる、状態異常を解除する魔法です。
冒険者や魔物(モンスター)討伐をする騎士が使用しますが、興奮した患者を落ち着かせるために医療現場でも使用されることがあります。
治癒魔法を使った場合は、患部が治ることで痒みが消えます。
鎮静魔法だと患部はそのままですが、痒みという感覚異常を消せます。
「……師匠。長年そうやって生きてきたので、考え方を変えるのは難しいと思いますが、そのなんでも魔法で解決しようとする姿勢をどうにかしましょう」
「え。わしもしかして弟子に諭されとる?」
「もしかしてじゃなくて、実際そうだと思うぜ。っつーか、ヒント出されてる時点で指導される側になってるじゃねぇか」
呆れ顔の店主が指摘しました。師弟の会話にすっかり毒気を抜かれたようです。
「答えは重層療法です」
鎮静魔法を使うまでもなく、店主がもう興奮していないことを確認したミカエルは、錬金術の道具が置かれた一角に移動しました。
「まずは蜜蝋とオリーブオイルに、酸化させた亜鉛を混ぜます」
患部がジュクジュクしていたら、浸出液を吸ってくれる精製スライムを基剤にするところですが、今回は肌表面に水分はないので保湿効果のある蜜蝋と植物油にしました。
鈍色の亜鉛は高温で熱すれば酸化して白くなります。今回は酸化亜鉛として売られていたものを使いました。よほど特殊なものでない限り、錬金術に必要な材料は、町に行けば簡単に手に入ります。
ミカエルは試薬の瓶に入っていた酸化亜鉛を計量し、戸棚からオリーブオイルの瓶と、蝋燭を作るために買い置きしていた蜜蝋を取り出しました。
気温が高ければ蜜蝋も柔らかくなるのですが、今の季節だと混ぜるのに力がいります。
調理用の鉢に材料を放り込み、気合いを入れて木べらで混ぜました。
*
「バターみたいだな」
できあがったものを見て、店主が感想を述べました。
「その通りバターみたいに固いので、塗るときは匙がバターナイフを使うのがオススメです」
パンにバターを塗るように、ガーゼに薬を塗り広げると、ミカエルは店主のゴツゴツした手の甲に貼り付けました。
「このままだと動いたら落ちるので固定します。今回は包帯を巻きますが、方法はお任せします。ずれなければいいのでハンカチとか、お肉用のネットでも十分ですよ」
「……うちの店は糸を巻いているんだが、カミさんにやってもらえばいいか」
「片手でやるのは大変だと思うので、家族に協力してもらいましょう。塗り直す時は、処方された軟膏を指で塗った後に、今みたいに塗ってください。オリーブオイルに馴染ませて拭き取れば、楽に薬を落とすことができますよ」
「面倒だな。これだけ手間かけるんだ。効果は確かなんだろうな」
「まずこの薬自体に鎮痒、消炎、保護効果があります。更に密封することで、下塗りした軟膏の効果を高めることができます。ルカ医師(せんせい)の薬にバフをかける形です」
「そんな便利な方法があるなら、なんであの若造はやらなかったんだよ」
「……手を布で覆わなければいけないので、お肉屋さんを営む店主さんには向かないと判断したんじゃないですかね」
ミカエルが重層療法を知ったのは、ルカの診療所にあった医学書を読んだからです。
持ち主であるルカが知らないわけがありません。
重症ではないと判断したか、患者の様子から手間が掛かる方法を提案したところ実践できないだろうと判断したのでしょうが、流石のミカエルもやっと鎮火した店主に再び火をつけるような真似はしませんでした。
「ふーん、そうか」
「日中は軟膏だけで過ごして、夜だけ重ね塗りするのもありです。処方された軟膏は一時間もすれば成分が浸透するので、その後は手を洗っても都度塗り直す必要はありませんよ」
「……そういうことなら、ちゃんと説明すりゃあいいのに、あの若造め」
「……」
ルカの性格なら、むしろ口うるさいレベルで説明したはずです。
大方あまりに説明が長くて聞き流したのでしょう。
「というわけで、不正解だった師匠は、これからルカ医師(せんせい)のところに行きますよ」
「え! なんでじゃ!?」
「まだ今年の健康診断受けてないでしょう。行かなければ、来られるだけですよ。逃げられないんだから、いい加減学びましょうよ」
「うう……嫌じゃ」
「罪人に石を投げる資格があるのは、罪を犯したことの無い者だけ」という言葉があります。
罪を犯したことの無い者などいないのだから、誰にも他人を罰する資格などないという意味で、法治国家でよく用いられる格言です。
しかしルカは、その例外に当てはまりそうな人物であり「資格があろうとなかろうと、他人に石を投げるなど恥ずべき行為だ」と言い切るような男です。
バレなきゃセーフで違法行為もなんのそのなラファエロとは対極。
しかも倫理的にも法的にもルカの方が正しいのですから、ラファエロにとっては会うたびに耳に痛いことを言ってくる天敵なのです。
「師匠。往生際が悪いですよ。いつかは行かなければいけないんだから、腹をくくってください。自分から行く方が、不意打ちで往診されるよりはマシでしょう」
「……」
ミカエルに急き立てられて、ラファエロはもそもそと外出の準備をしました。まるで市場に連れられていく子牛のような哀愁漂う背中です。
そんな二人の様子に、店主はなんとも言えない表情を浮かべました。
「マジかよ!?」
「ふっふっふ。わしにはもうわかっとるぞ」
離れた場所で二人のやり取りを見守っていたラファエロが、したり顔で口を挟みました。
「あ。たぶん不正解です」
「答えを聞かずに判定するでない! あれじゃろ、手の甲だけ時戻しを行うんじゃろ」
どんな異常も、起きる前に戻せばどうとういうことはない理論です。
「師匠。ぼくの話を聞いてましたか? 時間遡行とか、それこそ法的制裁を受ける違法行為じゃないですか」
「ひぃっ。絶対にやるなよ! この程度の痒みで、犯罪の片棒かつぐなんて冗談じゃねぇ!」
腫れと痒みで押しかけてきた大人とは思えない発言ですが、世の中そんなものです。
ラファエロの回答は見当外れにもほどがありましたが、店主を大人しくさせるという点では役に立ちました。
「ヒントは○○○法です」
「わかった。鎮静魔法じゃな!」
毒や幻覚など、敵の攻撃で錯乱状態に陥った時に使われる、状態異常を解除する魔法です。
冒険者や魔物(モンスター)討伐をする騎士が使用しますが、興奮した患者を落ち着かせるために医療現場でも使用されることがあります。
治癒魔法を使った場合は、患部が治ることで痒みが消えます。
鎮静魔法だと患部はそのままですが、痒みという感覚異常を消せます。
「……師匠。長年そうやって生きてきたので、考え方を変えるのは難しいと思いますが、そのなんでも魔法で解決しようとする姿勢をどうにかしましょう」
「え。わしもしかして弟子に諭されとる?」
「もしかしてじゃなくて、実際そうだと思うぜ。っつーか、ヒント出されてる時点で指導される側になってるじゃねぇか」
呆れ顔の店主が指摘しました。師弟の会話にすっかり毒気を抜かれたようです。
「答えは重層療法です」
鎮静魔法を使うまでもなく、店主がもう興奮していないことを確認したミカエルは、錬金術の道具が置かれた一角に移動しました。
「まずは蜜蝋とオリーブオイルに、酸化させた亜鉛を混ぜます」
患部がジュクジュクしていたら、浸出液を吸ってくれる精製スライムを基剤にするところですが、今回は肌表面に水分はないので保湿効果のある蜜蝋と植物油にしました。
鈍色の亜鉛は高温で熱すれば酸化して白くなります。今回は酸化亜鉛として売られていたものを使いました。よほど特殊なものでない限り、錬金術に必要な材料は、町に行けば簡単に手に入ります。
ミカエルは試薬の瓶に入っていた酸化亜鉛を計量し、戸棚からオリーブオイルの瓶と、蝋燭を作るために買い置きしていた蜜蝋を取り出しました。
気温が高ければ蜜蝋も柔らかくなるのですが、今の季節だと混ぜるのに力がいります。
調理用の鉢に材料を放り込み、気合いを入れて木べらで混ぜました。
*
「バターみたいだな」
できあがったものを見て、店主が感想を述べました。
「その通りバターみたいに固いので、塗るときは匙がバターナイフを使うのがオススメです」
パンにバターを塗るように、ガーゼに薬を塗り広げると、ミカエルは店主のゴツゴツした手の甲に貼り付けました。
「このままだと動いたら落ちるので固定します。今回は包帯を巻きますが、方法はお任せします。ずれなければいいのでハンカチとか、お肉用のネットでも十分ですよ」
「……うちの店は糸を巻いているんだが、カミさんにやってもらえばいいか」
「片手でやるのは大変だと思うので、家族に協力してもらいましょう。塗り直す時は、処方された軟膏を指で塗った後に、今みたいに塗ってください。オリーブオイルに馴染ませて拭き取れば、楽に薬を落とすことができますよ」
「面倒だな。これだけ手間かけるんだ。効果は確かなんだろうな」
「まずこの薬自体に鎮痒、消炎、保護効果があります。更に密封することで、下塗りした軟膏の効果を高めることができます。ルカ医師(せんせい)の薬にバフをかける形です」
「そんな便利な方法があるなら、なんであの若造はやらなかったんだよ」
「……手を布で覆わなければいけないので、お肉屋さんを営む店主さんには向かないと判断したんじゃないですかね」
ミカエルが重層療法を知ったのは、ルカの診療所にあった医学書を読んだからです。
持ち主であるルカが知らないわけがありません。
重症ではないと判断したか、患者の様子から手間が掛かる方法を提案したところ実践できないだろうと判断したのでしょうが、流石のミカエルもやっと鎮火した店主に再び火をつけるような真似はしませんでした。
「ふーん、そうか」
「日中は軟膏だけで過ごして、夜だけ重ね塗りするのもありです。処方された軟膏は一時間もすれば成分が浸透するので、その後は手を洗っても都度塗り直す必要はありませんよ」
「……そういうことなら、ちゃんと説明すりゃあいいのに、あの若造め」
「……」
ルカの性格なら、むしろ口うるさいレベルで説明したはずです。
大方あまりに説明が長くて聞き流したのでしょう。
「というわけで、不正解だった師匠は、これからルカ医師(せんせい)のところに行きますよ」
「え! なんでじゃ!?」
「まだ今年の健康診断受けてないでしょう。行かなければ、来られるだけですよ。逃げられないんだから、いい加減学びましょうよ」
「うう……嫌じゃ」
「罪人に石を投げる資格があるのは、罪を犯したことの無い者だけ」という言葉があります。
罪を犯したことの無い者などいないのだから、誰にも他人を罰する資格などないという意味で、法治国家でよく用いられる格言です。
しかしルカは、その例外に当てはまりそうな人物であり「資格があろうとなかろうと、他人に石を投げるなど恥ずべき行為だ」と言い切るような男です。
バレなきゃセーフで違法行為もなんのそのなラファエロとは対極。
しかも倫理的にも法的にもルカの方が正しいのですから、ラファエロにとっては会うたびに耳に痛いことを言ってくる天敵なのです。
「師匠。往生際が悪いですよ。いつかは行かなければいけないんだから、腹をくくってください。自分から行く方が、不意打ちで往診されるよりはマシでしょう」
「……」
ミカエルに急き立てられて、ラファエロはもそもそと外出の準備をしました。まるで市場に連れられていく子牛のような哀愁漂う背中です。
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