魔法使いの弟子、のはず ~その依頼、魔法を使わず解決します~

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姿なき呪い

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「屋敷の厨房と、商会の給湯室に、ブレンドされた茶葉がありました。あれはあなたのオリジナルレシピですか?」
「……そうですけど」

「リラックス、リフレッシュ、疲労回復、消化促進、集中力アップ……etc.用途に合わせて、安全性と効果に配慮したハーブがブレンドされていました。市販品だと、手っ取り早く効果を実感させるために、覚醒成分(カフェイン)を入れたり、即効性があるが根本解決にならないどころか長期服用に向かない余計な混ぜ物をしたり、違法ギリギリの高濃度にすることがありますが、あそこにあったものは違った。体に負担をかけたり、まやかしで症状を和らげるようなものは使わず、シンプルでありながら効果的な組み合わせでした。飲み合わせにも配慮しているので、もし全種類を一日で飲んでも、トラブルは起きないでしょう」

「あ、ありがとうございます」

 まさか手放しで賞賛されるとは思わず、ミス・グリーンは困惑しました。
 しかもミカエルの褒め言葉は浅いおべっかではなく、知識のある人間による評価です。

 ミカエルは夕食までの数時間、マリアと行動を共にして従業員や屋敷の使用人と接しています。ロベルトとミス・グリーンの関係についても聞き及んでいるでしょうに、それはそれと幼い少年がしっかり切り替えているのも驚きです。

「タンポポの根で作ったコーヒーもありましたね。ハーブと違って、市場では手に入らないので作るのは大変だったのでは?」

 タンポポそのものは、色々な場所に自生しているので入手難易度はそこまで高くありません。
 根を洗って、干して、焙煎して、粉砕して――と。計って混ぜるだけのハーブティーと違って、手間暇がかかるのです。
 ミカエルが本で読んだ製法を説明すると、作り方を知らずに飲んでいたロベルトは驚いた顔をしました。

「そんなに面倒な作業をしていたのか?」
「ええ、でも旦那様はコーヒーを愛飲されていたでしょう。せめて味だけでもと」

 ミス・グリーンが秘書になる前は、ロベルトの一日はコーヒーで始まり、コーヒーで終わっていました。
 目覚めの一杯としてモーニングティーならぬ、モーニングコーヒー。ちなみに朝食はつまむ程度。
 仕事中もお茶代わりにコーヒー。
 昼食後はデザート代わりにミルクと砂糖を多めに入れたコーヒー。
 午後も気分転換したくなったら、ティーブレイクならぬコーヒーブレイク。
 夕食はデザートが甘ければコーヒーで中和し、仕事が残っていたらコーヒーをお供に片付ける。

「……最低でも一日五杯は飲んでいますね」
「よくわからんのだが、あまり健康に良くなさそうじゃな」
「立派な依存症ですよ」
「ええ。私は旦那様に健康で長生きしていただきたいので、食生活の改善と共にコーヒー断ちを提案いたしました」
「そういえば、出発前に聞いた朝食の内容はバランスのとれたものでしたね。これもミス・グリーンの提案ですか」

「はい。お仕事柄、夜に会食されることが多く、お腹がすいていないからとコーヒーだけで済まされることもありました。今は帰宅時に消化促進のお茶を飲んでいただき、朝はサラダや野菜を中心にすることで、食事を抜くことが無いようにしていただいております」

「彼女ほど私の健康に気を遣ってくれた女性はいない。うちには二人も女が居たというのに、どちらも気がきかなかったものでね」

 当てつけのような言葉に、マリアは俯きました。

「ああ。調査中に先代の逸話をお聞きしました。随分豪快で自立心溢れる女性だったようですね。お会いしたことはありませんが『大人なんだから、自分の面倒は自分でみろ』とでも言いそうです」

 ミカエルは素知らぬ顔で、この場に居るマリアではなく、亡くなった先代に話の矛先をずらしました。

「ところで、これだけ優秀なら家庭教師ではなく、自分で店を持ったり、どこかのお抱え薬師になることができたんじゃないですか?」

 話を逸らされたことにロベルトは不満そうな顔をしましたが、続く話題がミス・グリーンに関してだったので流れを遮りはしませんでした。

「自分の店を持つには資金が必要です。私の実家にそんな余裕はありませんでした。それにスレイ城の薬師試験に応募したんですが、落ちてしまいました」
「実力があっても、なかなか上手くいかないものなんですね」

「実績のない若い女の扱いなんて、そんなものです。試験では充分手応えを感じたのに、結果は不採用でした。経験を積む機会を与えられないのに、薬師という肩書きにしがみついても無駄だと思ったので、薬とは関係ない仕事として家庭教師になりました。でも薬学の知識で誰かをサポートしたいという願望は残っていたようです。今は旦那様のお役に立てて嬉しく思います」

「ミス・グリーン……」

 感極まった表情で、若い女性の手を取ったロベルトに、ミカエルは内心で白けた目をむけました。
 マリアに対してはやたら当たりが強くて、ミス・グリーンへの態度は真逆です。

 ミカエルは先日読んだ論文を思い出しました。
 世の中には、自分が不機嫌であることを態度や口に出して、相手を威圧する人種がいるそうです。不機嫌ハラスメント――略してフキハラと書かれていましたが、ロベルトはまさにそれです。

 先代商会長は気が強い女性で、ロベルトを異性として好いていなかったので、彼が不機嫌を露わにしても怯んだりはしなかったでしょう。
 しかしマリアには効果があったようです。
 現に彼女は喪に服したくても、半端な恰好をするので精一杯なようです。父親の健康を気遣うどころか、対等に会話できていないのではないでしょうか。
 先代がこんな関係をよしとするとは思えないので、バレないようにやっていたか、死後に増長したのだとミカエルはあたりをつけました。

「ぼくは、ダルトン医師が書いた『依存に苦しむ人たち』を読んだことがあります。あの本には様々な症例が載っていましたが、どれも大変そうでした。ロベルトさんはどうやって、コーヒー漬けの毎日から脱却したんですか?」

「それこそミス・グリーンの献身の賜物だよ。彼女の努力に応えたいと思って、気合いで断ち切ったんだ」

「コーヒー断ちと並行して旦那様の生活習慣を整えました。睡眠、食事の時間を規則正しくしていただき、メニューも体に良いバランスのとれた食事を。元々は気分転換や、食後に満足感を得るためにコーヒーを飲まれていたので、代用品としてハーブティーをご用意しました。更に覚醒成分(カフェイン)を含むものを徹底排除して、味が恋しくなった時はタンポポコーヒーで我慢していただきました」

「これだけしてくれる彼女を裏切ることはできない。止めると決めた時から、わたしは一滴も飲んでいない」
「旦那様の強い意志があってのことです」

 妻は裏切ったのにな、とミカエルだけでなくラファエロも白けた顔になりました。
 キリッとされたところで、若い愛人に良いところを見せたくて必死な中年にしか見えません。
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