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姿なき呪い
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「この通り、彼女は私を真摯に支えてくれている。今や無くてはならない存在なんだ」
「それはロベルトさん個人に必要という話ですよね」
「商会にとっても必要だ。なにせ彼女のおかげでスレイ城と取引できるようになったんだからな」
「スレイって、ミス・グリーンが試験に落ちた場所ですよね」
「彼女は言ったはずだ。試験には手応えを感じたと。領主の弟君は正当に彼女を評価していたんだ。当時は採用に口出しはできなかったが、今は城で領主代理を務めていらっしゃるので、ミス・グリーンがいるならとうちと契約してくださったんだ」
「もしかして、あのブレンドティーの販売ですか?」
ロベルトは得意げに頷きました。
「へえ。ミス・グリーンにとっては、あまり印象がよろしくない相手でしょうに。随分寛大なんですね」
ハーブをブレンドしただけのお茶なので、実物があれば簡単に分析できてしまいます。大切なレシピを譲り渡したも同然です。
「まあな。女性は感情で動く生き物だが、彼女のように学のある女性は理性的なんだよ。これまでボスコ商会は同族経営でやってきていた。急な代替わりで商会が打撃をうけないよう、貴重な伝手と知識を提供してくれたんだ」
「感情で動くのは性別よりも、性格だと思いますけど」
この場で誰よりも感情的に振る舞っているのはロベルトです。
しかし今の言葉には貴重なヒントが隠れていました。
依頼時にロベルトは『うちの商会は今が正念場』と言っていた理由です。
血族であることに重きを置いていたのなら、次の商会長はマリアです。しかし実際はボスコ家の血が流れていないロベルトが新しい商会長になっています。
しかもロベルトは就任早々、若い女性を側に置いているのです。
長年働いている職員や取引相手にそっぽを向かれてもおかしくありません。急な代替わりを理由にしていましたが、本当は不義理を理由に辞めた職員や、切られた契約があったのかもしれません。
「なるほど。ところで先代は単なる不幸で亡くなったと断言して、自分は呪いの可能性を疑うのは心あたりがあるんですよね。誰にどんな理由で恨まれているんですか?」
ミカエルは昼前の会話を、更に踏み込んだ形で口にしました。
「……ボスコの直系ではない私が商会長になったんだ。不満に思う連中は多い」
「ああ、それでマリアさんへの当たりが強いんですね。正当な後継ぎは直系の娘である彼女だから」
「お弟子様!?」
「『大勢の従業員の生活を背負うのは、若い娘にはプレッシャーだろう』とか言って、一時的な措置だとでも主張したんですか?」
「なっ――!」
「その反応。当たらずとも遠からずっぽいですね。それで商会長の座を手に入れた後は、マリアさんを抑圧して、彼女を潰そうとしているんでしょうか。母親である先代は死んでも死にきれないでしょうし、忠誠心の高い人物には恨まれても仕方ないですね」
「失礼すぎる! もう我慢ならん!」
「旦那様!」
ロベルトを追って、ミス・グリーンも食堂から出ていきました。
*
「……ミカエル。晩餐の前にわしが言ったこと覚えとるか」
「覚えています。昼間は『商人に必要な資質とは何か』という、依頼から逸脱した話をしましたが、今のは依頼を達成するのに必要な情報収集です」
「わしが言いたかったのは、相手を怒らせるなということなんじゃが」
「……あの、父が私を潰そうとしているとはどうして?」
「それは『どうしてそう思ったんですか?』ですか、それとも『どうしてわかったんですか?』でしょうか」
ミカエルの言葉に、マリアは拳を握りしめました。彼女の癖――感情を押し殺す時の仕草です。
「……どちらもです」
「マリアさんは、お母様の喪に服そうとしていますよね」
「はい」
「でも装飾が少ないだけで、来ているのは喪服ではない紺色のドレスです。『商売をしているから縁起の悪い服装を避けた』という考え方もできますが、亡くなったのが商会長なら堂々と喪に服しても誰も文句は言いません。というかそれが普通です」
先代の死を悼む姿を見せた方が、周囲の同情や共感を得られます。
「出迎えの時の会話からすると、喪服はロベルトさんに止められたんですよね。亡くなって何年も経ってるならまだしも、先月ですよ。自分が喪服を着ないのは自由ですが、他人に強要するのはいかがなものかと思います」
ロベルトは娘の気持ちに寄り添うどころか、批判していました。
「今日の席順も、母親を失ったばかりの娘を配慮していなかったし、ミス・グリーンを褒めるときに先代とあなたをこき下ろしていました。客人の前で娘を下げてもマイナスしかない――本来であれば」
「……」
「軽い愚痴、ちょっとした不満、単なる謙遜。そう嘯いてマリアさんの評判を落とせば、あなたが父親を引きずり下ろして、商会長になることはないと考えているんじゃないですか。まあ、そこまで深く考えていない可能性もありますが」
これまでのロベルトの言動を顧みると可能性は半々です。
「どうして先々代――マリア殿の祖父は、ロベルト殿を婿にしようと考えたのかのう」
「師匠。人は時間と置かれた環境で変わるものですよ。当時は実直な青年だったんでしょう」
「それ九歳のおぬしが言う!?」
「お弟子様から見ても、私は父に目障りだと思われているのですね。私はどうすべきだと思いますか?」
「ついにマリア殿までわしじゃなくて、ミカエルに相談するようになってしもうた!」
年長者の面目丸つぶれです。
「酷なことを言いますが、ロベルトさんはあなたを娘ではなく、自分の地位を脅かす敵だと思っています。彼がその考えを変えない限り、良好な関係にはなれません。そして他人の考えを変えるのは難しいです」
「私が商会を継がないと宣言したらどうでしょうか。父を安心させることができるのでは」
「不確実です。単にあなたが損をするだけかもしれません。ぼくとしては一度権利を放棄すると、様々な場面で不利になるのでおすすめしません」
オズテリアの法典を読み込んでいるミカエルは、民法、商法の中から、起こりうる問題を掻い摘まんで説明しました。
「昼間、自分が幸せになる道を選ぶと言ったばかりですが、どうしたら幸せになれるのかわからないのです……」
「急いで結論を出す必要はありません。まずは自分にとって何が幸せか。優先順位を見直したり、人生において大切にしたいこと、十年後にどんな姿になっていたいか等、角度を変えて考えてみてはどうでしょうか」
「これガチな人生相談じゃん。わしが口を挟む隙がないんじゃけど」
「師匠。無理に良いこと言おうとする必要はないんですよ」
「挙げ句に弟子にフォローされる始末!」
「それはロベルトさん個人に必要という話ですよね」
「商会にとっても必要だ。なにせ彼女のおかげでスレイ城と取引できるようになったんだからな」
「スレイって、ミス・グリーンが試験に落ちた場所ですよね」
「彼女は言ったはずだ。試験には手応えを感じたと。領主の弟君は正当に彼女を評価していたんだ。当時は採用に口出しはできなかったが、今は城で領主代理を務めていらっしゃるので、ミス・グリーンがいるならとうちと契約してくださったんだ」
「もしかして、あのブレンドティーの販売ですか?」
ロベルトは得意げに頷きました。
「へえ。ミス・グリーンにとっては、あまり印象がよろしくない相手でしょうに。随分寛大なんですね」
ハーブをブレンドしただけのお茶なので、実物があれば簡単に分析できてしまいます。大切なレシピを譲り渡したも同然です。
「まあな。女性は感情で動く生き物だが、彼女のように学のある女性は理性的なんだよ。これまでボスコ商会は同族経営でやってきていた。急な代替わりで商会が打撃をうけないよう、貴重な伝手と知識を提供してくれたんだ」
「感情で動くのは性別よりも、性格だと思いますけど」
この場で誰よりも感情的に振る舞っているのはロベルトです。
しかし今の言葉には貴重なヒントが隠れていました。
依頼時にロベルトは『うちの商会は今が正念場』と言っていた理由です。
血族であることに重きを置いていたのなら、次の商会長はマリアです。しかし実際はボスコ家の血が流れていないロベルトが新しい商会長になっています。
しかもロベルトは就任早々、若い女性を側に置いているのです。
長年働いている職員や取引相手にそっぽを向かれてもおかしくありません。急な代替わりを理由にしていましたが、本当は不義理を理由に辞めた職員や、切られた契約があったのかもしれません。
「なるほど。ところで先代は単なる不幸で亡くなったと断言して、自分は呪いの可能性を疑うのは心あたりがあるんですよね。誰にどんな理由で恨まれているんですか?」
ミカエルは昼前の会話を、更に踏み込んだ形で口にしました。
「……ボスコの直系ではない私が商会長になったんだ。不満に思う連中は多い」
「ああ、それでマリアさんへの当たりが強いんですね。正当な後継ぎは直系の娘である彼女だから」
「お弟子様!?」
「『大勢の従業員の生活を背負うのは、若い娘にはプレッシャーだろう』とか言って、一時的な措置だとでも主張したんですか?」
「なっ――!」
「その反応。当たらずとも遠からずっぽいですね。それで商会長の座を手に入れた後は、マリアさんを抑圧して、彼女を潰そうとしているんでしょうか。母親である先代は死んでも死にきれないでしょうし、忠誠心の高い人物には恨まれても仕方ないですね」
「失礼すぎる! もう我慢ならん!」
「旦那様!」
ロベルトを追って、ミス・グリーンも食堂から出ていきました。
*
「……ミカエル。晩餐の前にわしが言ったこと覚えとるか」
「覚えています。昼間は『商人に必要な資質とは何か』という、依頼から逸脱した話をしましたが、今のは依頼を達成するのに必要な情報収集です」
「わしが言いたかったのは、相手を怒らせるなということなんじゃが」
「……あの、父が私を潰そうとしているとはどうして?」
「それは『どうしてそう思ったんですか?』ですか、それとも『どうしてわかったんですか?』でしょうか」
ミカエルの言葉に、マリアは拳を握りしめました。彼女の癖――感情を押し殺す時の仕草です。
「……どちらもです」
「マリアさんは、お母様の喪に服そうとしていますよね」
「はい」
「でも装飾が少ないだけで、来ているのは喪服ではない紺色のドレスです。『商売をしているから縁起の悪い服装を避けた』という考え方もできますが、亡くなったのが商会長なら堂々と喪に服しても誰も文句は言いません。というかそれが普通です」
先代の死を悼む姿を見せた方が、周囲の同情や共感を得られます。
「出迎えの時の会話からすると、喪服はロベルトさんに止められたんですよね。亡くなって何年も経ってるならまだしも、先月ですよ。自分が喪服を着ないのは自由ですが、他人に強要するのはいかがなものかと思います」
ロベルトは娘の気持ちに寄り添うどころか、批判していました。
「今日の席順も、母親を失ったばかりの娘を配慮していなかったし、ミス・グリーンを褒めるときに先代とあなたをこき下ろしていました。客人の前で娘を下げてもマイナスしかない――本来であれば」
「……」
「軽い愚痴、ちょっとした不満、単なる謙遜。そう嘯いてマリアさんの評判を落とせば、あなたが父親を引きずり下ろして、商会長になることはないと考えているんじゃないですか。まあ、そこまで深く考えていない可能性もありますが」
これまでのロベルトの言動を顧みると可能性は半々です。
「どうして先々代――マリア殿の祖父は、ロベルト殿を婿にしようと考えたのかのう」
「師匠。人は時間と置かれた環境で変わるものですよ。当時は実直な青年だったんでしょう」
「それ九歳のおぬしが言う!?」
「お弟子様から見ても、私は父に目障りだと思われているのですね。私はどうすべきだと思いますか?」
「ついにマリア殿までわしじゃなくて、ミカエルに相談するようになってしもうた!」
年長者の面目丸つぶれです。
「酷なことを言いますが、ロベルトさんはあなたを娘ではなく、自分の地位を脅かす敵だと思っています。彼がその考えを変えない限り、良好な関係にはなれません。そして他人の考えを変えるのは難しいです」
「私が商会を継がないと宣言したらどうでしょうか。父を安心させることができるのでは」
「不確実です。単にあなたが損をするだけかもしれません。ぼくとしては一度権利を放棄すると、様々な場面で不利になるのでおすすめしません」
オズテリアの法典を読み込んでいるミカエルは、民法、商法の中から、起こりうる問題を掻い摘まんで説明しました。
「昼間、自分が幸せになる道を選ぶと言ったばかりですが、どうしたら幸せになれるのかわからないのです……」
「急いで結論を出す必要はありません。まずは自分にとって何が幸せか。優先順位を見直したり、人生において大切にしたいこと、十年後にどんな姿になっていたいか等、角度を変えて考えてみてはどうでしょうか」
「これガチな人生相談じゃん。わしが口を挟む隙がないんじゃけど」
「師匠。無理に良いこと言おうとする必要はないんですよ」
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